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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
続編-ゴールデンウィーク編-

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109/202

第8話『洗髪の思い出-前編-』

 サクラと母さんが作った夕食の回鍋肉はとても美味しかった。

 サクラが食事の準備をしてくれたので、後片付けは俺がやることに。この時期でも水道水は結構冷たい。暦の上では、過ぎ去った冬よりもこれからやってくる夏の方が近い。それでも、まだまだ夏は遠い気がした。

 洗い終わって、食器などを拭く作業ももうすぐ終わりそうなとき、


「大輝。お風呂沸いたから、拭き終わったら文香ちゃんに伝えてくれる? 食器を戻すのは私がやっておくから」

「分かった」


 いつもは自分で「お風呂沸いたよ~」って大きな声で言っているのに。食事の後片付けも終盤だから、俺に伝えさせようと思ったのだろうか。

 食器を拭き終わったので、あとは母さんに任せ、俺は2階に向かう。

 お風呂が沸いたと伝えるだけだから、廊下から少し大きめの声で言えば済む。だけど、サクラの顔を見たくて、俺はサクラの部屋の扉をノックした。


「はーい」


 部屋の中からサクラの返事が聞こえると、すぐに中から扉が開いた。

 ノックしたのが俺であることが意外だと思ったのだろうか。一瞬、サクラの目が見開いた。


「ダイちゃん、どうしたの? 何かあった?」

「ううん。お風呂が沸いたことを伝えに来たんだ。後片付けがだいぶ終わったから、母さんに頼まれて」

「そうなんだ。後片付けお疲れ様。あと、わざわざ教えに来てくれてありがとう。いつもは優子(ゆうこ)さんは大きな声で伝えてくれるのにね」


 面白そうな笑顔でサクラはそう言った。


「じゃ、じゃあ俺は部屋に戻るよ。ゆっくり入って」

「待って」


 部屋に戻ろうとした俺の左手を、サクラがぎゅっと握ってくる。そんなサクラの顔はほんのりと赤みを帯びていて。


「つ、冷たいね。ダイちゃんの手」

「後片付けをしていたからな。サクラの手の温かさが心地いいよ。……どうしたんだ?」


 俺がそう問いかけると、サクラは顔の赤みを強くさせ、俺をチラチラと見てくる。


「……今日は一緒にお風呂に入りたいと思って。ダイちゃんと恋人になったし、ちょっとずつでいいから、一緒にお風呂に入る頻度を増やしたいって思っているの。あと、和奏ちゃんが5連休中に帰ってくるのは確定だし。……どうかな?」


 そう言うと、それまで散らばっていたサクラの視線が俺の目に固定される。

 恋人になったから、ちょっとずつでも俺と一緒にお風呂に入る頻度を増やしたい……か。俺もサクラと一緒にお風呂に入りたいと思っているので、サクラがそう言ってくれることに嬉しさを抱く。まさか、母さんはここまで予想して俺に頼んだのか?

 気づけば、両手の冷たさがすっかりとなくなっていた。


「もちろんいいよ、サクラ。今日は一緒に入るか」


 俺が返事すると、サクラは嬉しそうな笑顔を浮かべて、一度頷く。


「ありがとう。……あと、この前はやらなかったけど、今日はお互いの髪を洗いっこしない? 小さい頃、お泊まり会をしたときみたいに」

「いいよ、やろうか。ということは、この前と違って、今日は俺も最初から一緒にお風呂に入るってことでいいのか?」

「そうだね。ただ、この前みたいに見られたら恥ずかしい部分は、お互いに隠して、見ないようにしていこう」

「分かった」

「あと……入浴剤って今もある? 昔、白く濁るお湯に和奏ちゃんと3人で入ったことを思い出したから。そうすれば、前回よりも湯船にゆったりと浸かれそうかなって」

「なるほどな」


 付き合い始めた日に一緒に入浴したときは、正座の形で隣り合って座った。お湯とサクラとのキスは気持ち良かったけど、結構緊張してドキドキしてしまったのは事実。入浴剤で湯船の中が見えなくなれば、少しは緊張がほぐれた状態で湯船に浸かれるかもしれない。


「最近は使う回数は少ないけど、入浴剤はあるよ。濁り湯になるやつもあったはず。俺達の後に父さんと母さんが入るから、許可をもらえたら入れようか」

「そうしようか」


 それから、俺達は替えの下着や寝間着を準備して、1階へと向かう。

 リビングにいた両親にサクラと一緒に入ることを伝え、濁り湯になる入浴剤を湯船に入れていいかどうか訊いてみる。

 すると、両親は入浴剤を入れることを許可してくれた。あと、母さんは「お母さんも今日はお父さんと一緒に入る!」と宣言していた。父さんも穏やかな笑みを浮かべながら「いいね~」と言っているし、うちの両親は本当に仲がいいなと思う。

 俺はサクラと一緒に浴室へと繋がる洗面所に入る。

 棚に入っている入浴剤の箱を取り出し、中身を確認する。俺の記憶通り、濁り湯になる入浴剤がいくつも入っていた。サクラは檜の香りがする入浴剤を選んだ。


「じゃあ、入浴剤を選んだし……脱ごうか、ダイちゃん。互いに背を向けて」

「そ、そうだな」


 お風呂に入るためだとは分かっているとはいえ、「脱ごうか」って言われると厭らしく思えてしまう。いや、そんなことを思考になる俺が厭らしいのかな。


「私がいいよって言うまでは、浴室の方に振り向かないでね」

「了解」


 俺はサクラと背を向けた状態で服を脱ぎ始める。

 ここで服を脱ぐのは小さいとき以来だし、サクラとどんな話をすればいいんだろう。昔はどんなことを話していたんだっけ? 姉さんとサクラが楽しく話して、そこに俺が混ざったことは覚えているんだけど。

 背後から聞こえる布の擦れる音が、とても艶っぽく響いてくる。サクラも俺と同じように一糸纏わぬ姿になっているんだなと思うと……ああっ、ドキドキする。

 タオルを腰に巻いたとき、背後から電灯のスイッチを押す音と、浴室の扉の開く音が聞こえた。それから程なくして足音も。おそらく、服を脱いだサクラが浴室に入ったのだろう。


「ダイちゃん、浴室に入ってきていいよ」

「分かった」


 俺は脱いだ衣服を洗濯物カゴに入れて、浴室に入る。

 サクラが入浴剤を入れたからか、湯船のお湯は白く濁っている。檜のいい香りがして、目を瞑ると、サクラと2人で貸切温泉へと来た気分になる。サクラと日帰りで温泉デートするのもありかも。


「ダイちゃん。まずは私の髪を洗ってもらってもいいかな?」

「ああ、いいぞ……おっ」


 俺の目の前には、バスチェアに座るサクラの後ろ姿が。ただし、タオルなどを巻いていないので背中などが露わになっている。その姿があまりにも綺麗で、思わず声が漏れてしまった。


「どうしたの、ダイちゃん。変な声出して」

「……俺に見せているのが背面とはいえ、タオルを巻いていないのが意外で」

「タオルにシャンプーの泡が付くのが嫌だからね」

「そういうことか」

「あと、ダイちゃんはしないと思うけど……う、後ろから私の体に変なことをしないでよ。胸はガードしてるけど。脇腹とか首とかを触られるとくすぐったいし」

「そこは安心してくれ」


 というか、そういうことをされるのは俺の方だったと思うんだけど。昔、サクラは和奏姉さんと一緒に背中や脇腹を触ってきて、俺の反応を楽しんでいた記憶がある。

 俺はサクラの背後で膝立ちする。

 こうして間近で見てみると、サクラの背中って白くて本当に綺麗だと思う。あと、昔に比べると髪が長くなったなぁ。昔はせいぜい杏奈と同じくらいのショートヘアだったから。


「それじゃ、始めるぞ」

「お願いします。私の使っているシャンプーはそこのピンクのボトルね」

「了解」


 シャワーを使ってサクラの髪を濡らし、サクラが使っているシャンプーで髪を洗い始める。サクラの綺麗な髪が傷んでしまわないように気をつけないと。

 こうしてサクラの髪をまた洗えるときが来るとは。感激だ。


「サクラ、こんな感じで洗っていけばいいか?」

「うん。とっても気持ちいいよ」

「じゃあ、このまま洗っていくよ。あと……こうして髪を洗うことでも、サクラの髪が昔より長くなったんだって実感するよ」


 そう言って鏡の方を見ると、サクラは優しい笑みを浮かべ、鏡越しに俺を見ながら頷く。


「3年前のことをきっかけに髪を伸ばしたからね。髪を伸ばしたら、ちょっとは大人っぽくなるのかなと思って」

「そうか。……いい感じに大人っぽくなったと思うぞ」


 小さい頃は、髪を切った直後は少年のような雰囲気のときもあったから。

 再び鏡を見ると、サクラの笑顔が嬉しそうなものに変わっている。


「それは良かった。中1までは髪が短かったからねぇ。ダイちゃんが髪を切った直後以外は、ダイちゃんの方が長かったよね」

「長かったな」

「だから、小さい頃はダイちゃんの髪を洗うとき、髪をまとめて遊んだよ。巨大な筆を作ったのは覚えてる?」

「覚えてるよ。姉さんと一緒に、形にこだわったときもあっただろ」

「あったあった」


 あははっ、とサクラは楽しげに笑う。

 小さいときのサクラと和奏姉さんにとっては、俺の髪も立派なおもちゃだった。姉さんの髪は昔から結構長いので筆にすることはなかったけど。


「ねえ、ダイちゃん。今の私の髪だったら、巨大な筆を作れそうじゃない?」

「う~ん。まあ、姉さんよりは短いからできる可能性もなくはないかな……」

「一度やってみようよ」

「……分かった。やってみるか」


 小学生の頃に自分の髪で2、3回ほど筆を作ったことがあるくらいで、サクラの髪で作るのは初めてだ。当時の感覚を頼りに、サクラの髪で筆を作り始める。その様子をサクラが鏡越しで見守る。


「いい感じにまとまってきてるね。あと、思ったよりも大きい」

「それなりに長いからな」


 膝立ちのままでは形作るのにキツいくらいに高さのある筆になるかも。

 しかし、髪のボリュームが多いせいか、それとも俺の技術がないせいか、綺麗な筆の形にはならずに(しな)ってしまった。何度かその状態から戻そうとするけど、すぐに撓る。


「……ごめん、サクラ。これが限界だ」

「あははっ、気にしないで。結構ワクワクを味わえたし」

「そう言ってくれて何よりだ。じゃあ、そろそろシャワーで泡を落とすぞ」

「お願いしまーす」


 シャワーのお湯でサクラの髪に付いたシャンプーの泡を落とす。

 サクラから受け取ったタオルで髪を拭くと、洗う前よりも艶やかな髪に。ヘアグリップで髪をまとめる。


「よし、これで終わりっと」

「ありがとう、ダイちゃん。体は……自分で洗うね」

「分かった。……はい、ボディータオル」

「ありがとう」

「俺は……まだ体を洗っていないから、湯船に入るのはまずいな。体を洗うのが見られるのが恥ずかしいなら、俺は一旦、浴室から出ているけど」


 それが一番いいのではなかろうか。

 サクラは顔だけこちらに振り返り、


「浴室の中にいていいよ。後ろにいれば、体の前面を見られないだろうし。それに、ダイちゃんが出て行くと寂しい気持ちになりそうだから」


 はにかみながらそう言った。寂しくなるって言われたら、浴室から出てしまう方がまずそうだな。


「分かった。じゃあ、浴室にいるよ。その……見えそうになったら、目を瞑ったり、手で覆ったりするように心がける」

「うんっ」


 俺は壁に寄り掛かる形で座り、サクラが体を洗う様子を見守る。ボディーソープのシトラスの香りに包まれながら。

 こうしていると、段々とドキドキしてきて緊張してくる。なので、サクラが今日買ったラノベ『従妹達が俺にだけウザい』を俺から話題を振る。サクラと楽しく話せたのもあり、気持ちが安らいでいく。

 サクラが体を洗い終えるまで、ハプニング的な出来事が起きることはなかった。

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