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その言葉の先は、シラフで聞かせて  作者: 黒乃きぃ


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02

「マジで? 干支一緒じゃん」

「奇遇ですねえ」

「言い方。マジか、やっぱ若いな」



 歳上だろうと予想したコウタさんは案の定歳上で。何なら干支が一回りしていた。ケラケラと笑う姿は、楽しそうだし豪快なのにガサツな感じがあまりしなくて、不思議な人だなと思う。


「そういえば長女って何なんです?」

「えーっと、ほら、あのショートの子。彼女からチナツちゃんが一番歳上って聞いて」

「アヤネと飲んだことあるんですか?」

「女子大生ちゃんとも飲んだよ。俺があんま金曜日来ない…か、めちゃくちゃ遅い時間にしかいないから、チナツちゃんと会うタイミングあんまなかったのよ」

「なるほど」


 アヤネとユナの名前を覚えてるのかいないのか。それぞれを特徴だけで表してコウタさんは話す。そうか、二人とも飲んだことあるのかこのイケメンと。ほーん、と思いつつ、年齢による長女認定だったことに納得する。



「それにあんま見かけたことなかったけど、しっかり者っぽいなって思ってさ」

「ん?」

「他の二人、よくあやしてたじゃん?」

「あーまあ」


 しっかり者だから長女ちゃんね、と笑われ、いつを見られていたんだろうと悩みつつグラスに口をつける。まあまあ心当たりしかない。でも見られていたとは。コウタさんが一緒に飲んでいたという人達は、常連だけど何となく会釈しあったことがある程度というか、ほぼ話したことはない一団だったから予想外だった。しかもあだ名まで付けられていたなんて。


「この店で若い女の子の常連て珍しいし、それがしかもいつの間にか団子になってるから目立ってんだよ。知らなかったでしょ」

「知らなかったし、知りたくなかったですね…」

「まあ、変な男に絡まれたりしたら、マスター以外に俺とかあの辺の奴らも助けに入れるから頼りなね」

「え、あ、はい」


 急なコウタさんの言葉に思わず目を丸くする。この店で男性に絡まれることは稀だ。第一にそこそこ強面のマスターがめちゃくちゃ目を光らせている。それに常連さんが男女問わず気にかけてくれるのでナンパ男は大体一回来店してもその後来ないのだ。私も最近はめっきり。たまにユナが絡まれているが、逆にショットで潰しにかかっているので相手に合掌するくらいである。

 ぽかん、とする私に気付いたのか、あー…とコウタさんは歯切れ悪そうに頬をかいた。



「いや、さっき…さ」

「はい」

「ストーカーだなんだ言ってたから。ちょっと気になって」


 聞こうと思って聞いたわけじゃないから! と、身の潔白を証明するように両手を上げるコウタさんはテンパっているのが丸わかりで、思わず吹き出してしまう。


「ふふ…心配してくださったんですね、ありがとうございます」

「いやまあ…常連仲間だし、完全に知らない子じゃないし、ねえ?」


 お節介だけどさあ、と唇を尖らせて拗ねたようにビールを飲むコウタさんは可愛らしい。おかしいな、イケメンは拗ねると可愛いのか。酔いがだいぶ回ってきて、ぽやんとした思考のままクスクスと笑い続ける。


「チナツちゃん、酔ってる?」

「んー? そうですね、それなりに」

「マジか。マスター、水ちょうだい」

「大丈夫ですよ?」

「いや俺が心配だから、一回休憩。な?」

「…はあい」


 イケメンがへにょんとした顔で、な? なんて顔を覗き込んできて、それにいいえと答えられる女子がいたら是非教えてほしい。かくいう私も、渋々ではあるが頷くしか出来なかった。

 話し方がどんどんふわふわしてて危ない、なんて私に水を押し付けるコウタさんの手には変わらず何杯目かのビールが握られている。多分隣で話し始めてから四杯目くらいのそれは、変わらないペースで消費されていく。


「コウタさんてお酒強いんですねえ」

「ん? これでも酔ってる方よ、今日は」


 酔ってる、なんて嘯きながら、飲むペースは変わらない。いやまあ、ほんのり頬が赤いのと、目元はとろんとしている…かもしれないけど。この人ザルだな、と分かる飲みっぷりである。

 

「そうなんです? 全然変わらないから。…ビールが好きなんですか?」

「そうだな…ビールよりは日本酒派なんだけど、ここだとビールが多いな。チナツちゃんは?」

「私も日本酒好きですよ。ここだとカクテルかワインばっかりですけど。ビールは苦手で」

「お、日本酒イケる口? この近くの焼き鳥屋知ってる?」


 酒飲み定番の好きな酒トークを振ると、まさかの私も好きな日本酒という回答で、思わず笑みがこぼれる。するとテンションが上がったのは相手もそうだったようで、お! とかなり上機嫌な声が返ってくる。

 

「……焼き鳥バルみたいなやつ? 入ったことないです」

「え、じゃあ今度そこ行こうよ。俺金曜日空けるから」


 さらりと、恐らく二人で飲む誘い。誘い方がスマートだ。私がほぼ金曜日しかこの店にいないのを常連は大体知ってる。だからこその日程の絞り方が、にくい。


「良いんです? 金曜日あんまり来ないんじゃ?」

「良いの良いの。仕事の飲みが入りやすいからあんま来ないだけ。いつ空いてる?」

「基本いつでも大丈夫です」

「そしたらとりあえず連絡先教えてよ。空いてる日送るからさ、チナツちゃん選んで」

「分かりました」


 流れるように連絡先を交換する。この店で、四人目だ。マスターとアヤネとユナ以外で初めて連絡先を交換した。『金子浩太』と表示される画面を、ああこういう漢字なのだな、とぼんやり眺める。アイコンは今掛けているものだろう、眼鏡と酒のグラスだ。酒飲みらしいアイコンに笑いがこぼれる。


「アイコン可愛いね」

「ん? ああ、遊園地で撮ってもらったやつですそれ」

「ふーん。実物も可愛いけど、これは雰囲気違ってまた可愛い」

「…ありがとう、ございます」


 スマートフォンの画面を眺めたまま、さらっと可愛いと言われて、瞬間的に頬がカッと熱を持つ。絶対この人、たらしだ。

 アイコン写真は友達に撮ってもらっためちゃくちゃ盛れてるのにしてるから、実物も、なんて褒められ方をして照れないわけがない。割とアイコン詐欺している自覚はあったので。


「チナツちゃんは職場近いの?」

「割と近いですね。コウタさんは?」

「俺はめちゃくちゃ近所。だから仕事の飲みがなけりゃここ直行なんのよ」

「あ、それで二人とは飲んだことあるって」

「そうそう。あの子たちは結構いつもいない?」

「来てるみたいですね」


 コウタさんが顔を上げる前に、どうにかお冷を一気に飲んで頬の赤みを落ち着かせる。ふう、と一息ついていると、まあ定番ですねな問いが飛んでくる。大体バーで隣あったりすると、好きな酒・職場・どのくらい店に通ってるのか…辺りが話題になる気がする。


「家からも職場からも程々に近いんで、金曜日は終電まで飲むって決めてるんです」

「なるほどねえ。ちなみに終電何時?」

「ん? …あ」


 問われて、時計を見て。思わずフリーズする。終電まであと三分。平常時でも、ダッシュして間に合うかどうか。今日に関してはこの酔い具合だ、絶対無理。


「え、終電逃した?」

「やっちゃいましたねえ」

「うわマジか。ごめん!」


 はは、と乾いた笑いを漏らせば、さあっと顔色を悪くしたコウタさんが両手を合わせて頭を下げる。それにぎょっとしつつ、頭をあげるよう促す。

 

「え、なんでコウタさんが?」

「いや…俺が長々付き合わせちゃったからさあ」

「いや、楽しくて時計見てなかった私の自己責任です。それより今日割と落ち込んでたので、一緒に飲んでもらえて助かりました」


 年長者としての気遣いを前面に出して落ち込む姿が憎めない。それにへらりと笑って、腹の内を吐き出してみる。時計も見ずに、いつもより早いペースで飲んでたのは、無自覚だったけれど絶対今日の日中の出来事のせいだろう。店に来た時は残業とのダブルパンチで最悪な気持ちだったけれど、アヤネとユナと話して吐き出して、コウタさんにたくさん笑わせてもらって。かなり気持ちが晴れていた。


「落ち込んでた…ってあの、3人で話してたアレ?」

「ああ…まあ、そうですね」


 声を顰めて気遣わしげにこちらを問うコウタさんに、頬を掻きつつスマートフォンの通知欄を見せてみる。ブロックして以降静かになったスマートフォンだが、消す前の通知履歴は大変な事になっている。


「半年前に別れた元カレです」

「え、半年前?」

「はい。ちなみに向こうの浮気が原因で、別れてから一回も連絡取ってなくて、今日です」

「……なんで今更?」

「さあ?」


 半年前の、というととても怪訝そうになるコウタさん。分かる。めちゃくちゃ分かる。私も思ったし多分みんながみんな思う。うわーとドン引きした顔で、ブロックした? と問われて、頷いておく。


「何、チナツちゃんて魔性の女かなんかなの?」

「え、なんでです?」

「なんだっけ、アレだ。沼らせ? たの?」


 部下の女子から教わった、とさっきも聞いた沼らせという単語を口にするコウタさんに、いやいやと首を振る。コウタさんにさっさと消しなと言われ、地獄のような通知欄はサクッと全削除した。


「沼らせてたらそもそも浮気されてないと思うんですよね」

「あーなるほど? そっか」


 ふうん、と頷いて。ポン、とコウタさんの手が私の頭に乗る。え、とかたまっていれば、ポンポンと何度か大きな手が私の頭を優しく撫ぜた。これが職場やらなんやらであればセクハラ一択だが、いやらしさのない―――というか、労りを前面に出した温もりが髪を梳く。


「大変だったな、お疲れ様」

「……ありがとうございます」


 思いもよらない形で与えられた体温が、あまりにも心地よくて。酔いで緩んだ涙腺のせいで、少し目元がツキンと痛んだ。


「今は? 彼氏とか、なんかいないの?」

「いませんね。面倒になって合コンとかも行ってないですし」


 マッチングアプリは性格的に向かなくて、一回だけダウンロードしたけれど爆速で退会した。一回会っただけで『俺の運命』とか言い出す十歳上とか怖すぎる体験をしたもので。そんな感じだから私の場合、合コンかナンパくらいしか出会いがない。職場関係は何があっても断固拒否なのでノーカンとする。


「ふうん。男友達とかは? あんまいない感じ?」

「? そう、ですね?」


 グイグイ聞かれる交友関係ネタに目を白黒させていると、うーんと腕組みしてしばし悩んだ仕草の後、コウタさんは所在なさげに首元に手をやって唸る。意を決したように、あーと息を吐き出してから見上げられた眼差しには、こちらを気遣う色が浮かんでいた。


「なんかヤバそうになったら俺に連絡くれてもいいよ。男が出てった方が丸く収まるケースもあるでしょ」

「…!」


 聞けばコウタさんの部下の女性にも、ここ数年でストーカーまでいかなくても付きまとい系の被害に遭われた方がいるようで。彼氏(偽装)としてコウタさんや同僚の皆さんがタッグを組んで撃退したらしい。確かにそういうケースを考えると、頼れる男性、しかも彼氏として呼んで無駄に誤解とかをせず助けてくれる人はめちゃくちゃ有難い。

 けれども。でも、どうして? と思う。だってまともに話すのは今日が初めてだし。そんな風にぐるぐる悩んでると、余程の百面相でも見せてしまったのかコウタさんが吹き出して笑った。


「急に言ったから驚かせたな、ごめん」

「あ、いえ…有難いなとは、思ったんですけど」

「まあ常連仲間のよしみと…チナツちゃん可愛いから、ね?」



 ふっと横目で小首を傾げるコウタさんは色気に溢れていて。さっき魔性の女扱いされたけれど、そっちが魔性かなんかじゃないですかね? と、悔しくてむうと唇を突き出す羽目になったのは言うまでもない。

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