71 戦死
ハインツの死は、ハインツ自身に原因があった。
シュヴァルツヴァルト軍の大半が、戦闘未経験者であったため、それ自体は問題がなかった。しかし、優柔不断なハインツの性格上、小隊の隊長という地位は、少々荷が勝ち過ぎていた。
ランダウ近郊での戦闘の最中、ハインツの小隊は常に安全圏から射撃の任を任されていた。補佐にそれなりに優秀と見られる人間がつけられていたため、そこは難なくこなせた。だが、ハインツは最後の最後で、臆病風を引いた。
フランカ侵攻軍の一部、フロワサール伯ルシアンの軍が瓦解を見せ、後は伯を捕縛、ないしは討ち取るだけの段となり、ハインツの小隊が組み込まれた中隊を指揮していたコンラートが気を利かせた。ハインツに手柄を取らせてやろうと、降伏勧告を行えと指示した。
ハインツは、声を震わせながら、フロワサールの大将旗に向かい、降伏を促した。だが、彼はそういった口上の知識が全くなく、また遜った言葉で、それを行ってしまった。―― それは戦力の大半を失い、顔色を失っていたフロワサール伯軍に、生気をも取り戻させる情けないものであった。
副官が、フロワサール伯ルシアンに耳打ちをした。―― 「中隊の指揮官ではなく、わざわざ小隊の隊長風情が降伏勧告を行うというのは異常です。おそらくどこぞの有力な家系の子息でも紛れ込んでいたのでしょう。あの者を人質にすれば、或いは……」
ルシアンもこれに同意し、決死の覚悟で兵力のすべてをハインツの小隊の方角へと向け、突撃を開始させた。
鎧をも貫通する新型クロスボウ=ヴァイスクリンゲだけでなく、近接兵器も持たされていたハインツの小隊であった。コンラートからも抵抗するようであれば、討ち取ってもかまわないという指示も受けていた。しかし、フロワサールの重装騎兵の決死の突撃に、ハインツは硬直した。遠間からの射撃でも副官の助言に従い、目を伏せながら指揮していたハインツであったが、至近の距離に迫る敵軍に攻撃指示が出来ないまま、立ち尽くしてしまった。
戦場での判断に、猶予の時はない。
ハインツは、倍近い体躯がある伯の護衛のひとりに抱きかかえられ、攫われた。その光景を見て、コンラートも一瞬固まり、中隊の指揮も宙に浮いた。
フロワサール伯軍は、包囲網をまんまと破ることに成功した。第二王子を置いての戦場離脱は、死罪にも値するが、自領にまで逃げ延びれば、抵抗も可能。ルシアンは騎上のまま、兵たちに重い鎧を投げ捨てることを指示された。出来るだけ身体を軽くし、逃走速度を上げるためであった。ハインツを抱きかかえていた大男も、これに従った。そして、自身の逃走の邪魔になるという判断から、高い崖の上から独断でハインツを投げ捨ててしまった。それがハインツの最期となった。
◇
打ち捨てられたハインツの遺体は、幸いにも、すぐに発見された。近くで猟をしていた男が、落下の悲鳴に気づき、無残な姿に変わり果てたハインツだったものを探し出した。装備から、それなりの人間であろうと判断した猟師は、装備の中から切れ味の良さそうなナイフその他を剥ぎ取り、後は領主にでも報告するかと考えた。そこに後を追っていたコンラートの中隊が現れ、猟師は彼らに声をかけた。
◇
「……そうですか」
シュヴァルツブルク城に帰着し、マクシミリアンから委細を伝えられたフェリクスは落胆しながら、取り乱しはしなかった。長く戦乱のなかったシュヴァルツヴァルトの人間にとっては、戦場での死はほぼ初めての経験であった。―― だがフェリクスは、不条理な死というものを、すでに前世で無数に経験していた。或いは今回の戦闘でも、そういったことが起り得ることは、フェリクスも覚悟していた。そして、実際にそうなった。
「フェリクスよ、君にこういったことを頼むのも筋違いなのだが……」
「何でございましょうか?」
「此度の戦闘でハインツに降伏勧告を指示したコンラートをあまり責めないでやって欲しい」
「……もちろんでございます。コンラート様……コンラートはハインツに手柄を取らせようと気を使ったのでしょう。不要な気遣いではありますが、それを責めるほど、私も愚かではありません」
「だが、君の元ご両親が……だな」
「っ!……」
マクシミリアンの言葉に、言葉を詰まらせるフェリクス。彼らにとっては<真の我が子>の死である。その意味を考えると、しばらく黙り込むフェリクスであった。
推敲・読み返し一切なし(え?)ではあるが、最近、投稿をサボっていたので速度重視で。
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