43 乱舞
恐る恐る望遠鏡を覗き込んだクレメンスは、たしかに大きな衝撃を受けた。だが、その反応はマルティンが想像していたそれとは少しばかり違った。
クレメンスは、望遠鏡本体に付くレンズの大きさや位置、焦点の合わせ方などを丹念に確認しながら「なるほどのぉ……これは実に素晴らしい。レンズをふたつ扱うだけで、このようなことまで出来ようとは……」と囁くように呟いた。
「父上はいったいそれがどういった物なのか、まさかその構造までをもご理解なされたというのですか?」
マルティンはレンズの存在そのものを知らなかったが、クレメンスはすでに一度、半島で片眼タイプの眼鏡の試作品を手にしたことがあった。そのため、マルティンが想定していた驚きよりもワントーン低い反応となったが、それゆえにクレメンスを唸らせることともなった。
「これは悪魔の所業などというものでは断じてない。正に文明の粋を集めた逸品と言えよう……これもやはりフェリクスによる発明だとでも申すつもりか、お前は?」興奮を通り越し、むしろ完全な冷静を取り戻したクレメンスは、落ち着いた口調でマルティンに問うた。
「は、はい……それもやはりフェリクス様によるご発明……とお聞きしておりますが……父上?」
「ふん……そんなわけはあるまい。これほどの発明をひとりの少年が? いや、発明がこれだけであれば、或いはそのような偶然の奇跡も起こり得るのやもしれぬ。だが、これまでお前から聞かされた話がすべて本当にフェリクスによる発案、改革だというのなら、小僧には必ず何か大きな裏が……いや、裏の存在などはこの際どうでもよい。ともかく、シュヴァルツヴァルト領内におけるそれらの知識諸々を我々も何としてでも手に入れねばならぬのではないのか、マルティンよ?」<完全なる現実主義者>であるクレメンスは、神や悪魔といった空想は完全に排除し、極めて現実的な方向で頭をフル回転させ始めた。
「ええ……まさにその通りにございます、父上。ですのでフェリクス様からは改革の概要と導入の手引き、その他もろもろの資料なども噂の活版印刷によるものでいただき……」
「にゃ、にゃんじゃと!?そ、それはまことか??」
◇
マルティンが持ち帰った活版印刷で製本化にされたフェリクスからの贈り物(=改革の資料)を片っ端から見開き、ひとつひとつに奇声を上げ、小躍りを見せる大司教クレメンス。
彼はもともと<本の虫>であったが、それゆえに聖書の矛盾と不整合性に不信感を持ち、「信じられるものは金だけ」という思考となった少々憐れな側面も持つ男であった。傍から見れば、ただの拝金主義者にも映る彼である。だが、その裏にはなかなかに他者からは理解のしづらい屈折があり、息子であるマルティンからも、その点はあまり理解されてはいなかった。それゆえにマルティンには、この光景が「悪魔憑き」のようにも映り、今度はマルティンが唖然とする番となった。
「ち、父上……」
「ち、なんだ、この忙しい時に!」
「フェリクス様からのご提案の話がまだ……」
「何だと、それを早く言わぬか!このうえ、フェリクス様からのご提案とはいったい何だ?おそらく儂は何だって聞くぞ?」
「ええとですね……もし、そこに書かれている改革等に興味を持たれた場合、割安での資材の提供と人員派遣、無利息での融資などもご提案いただき……」
「……神なのか?本当に神なのか、フェリクス様って?もうこうなったら儂は何だって協力するぞ、フェリクス様のためだったら!」完全にキャラ崩壊を起こす大司教クレメンスであった。
……完全にワルノリ回。
いったい、いつからこの作品はコメディーになったんだい?
また書きっぱなしの推敲なしなので、いずれ改稿予定(本当かよ)。




