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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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夜中の会談(3)

 女が不敵に笑う。

 敵意を持った笑みではない。

 場所と状況さえ違えば、万人が見惚れる笑顔だ。

 

 だが、その顔をこの場で作れる人間が普通だろうか、と問う者はいるかもしれない。

 ニコラはそれを問う人間だった。

 彼はサロマンを背にしたまま彼に話し始めた。

「……陛下。隠し通路を使って城内の兵舎にお行きください。残っている者がいるでしょう。彼らを犠牲にしてでも」

 小声ではあるが、女には聞こえているだろう。

 そんな風にお構いなしなのは、女が何をしようとサロマンだけは女の前から逃す、これだけは必ず果たす覚悟があったからだ。


 だが、その覚悟を無下にしたのは他でもないサロマンであった。


「よい……それに、王が逃げる前に、本当に逃げるべきかを確認しなくてはな」

「……アレは私には」

 ニコラは苦い顔をしながら呟いた。

 目の前の女に自分は敵わないと言うことを口にしようとしたのだ。

 サロマンはすぐに彼の言葉を止めた。

 重ねて、そうでは無い、とも付け加えた。


「さて、真夜中のご客人よ。先に名を訊くべきだが、今宵ここへ訪れた目的を先に訊いてもよいだろうか?」

 サロマンは落ち着いた様子でそう口にした。

 一切の笑みを排除した顔でだ。

「おしゃべりよ。ただのお喋り……だけで、終わらせたいな」

 女の言葉にサロマンは深く頷いた。

 

 そして、ニコラに言った。

「剣を納めよ。失礼だろう?」

 

 その言葉は、この場が力を比べる戦いの場では無いことを示した。

 

 ここは頭を使った舌戦の場なのだ。


「臣下が失礼した。では……名を聞こうか。ご客人」

「……フィセラよ。どうも」

 

 この女・フィセラが舌戦に備えているかは別の話である。

 ――な〜んでこの人たちこんな夜中に玉座でスタンバってるの?ずっとそこにいる系のNPCなの?そんな訳ないでしょ。

 フィセラはようやく話を始められることに安堵しながら、頭の中で文句を思い浮かべていた。


 そこへサロマンが眉をひそめながら口を開いた。

「フィセラ……?そうか、それだけか?」

 このような場で名乗るとすれば、本名を口にすることが常だ。

 そのため彼は家名や中間名、補助名を隠す彼女を不信に思ったのである。

 

 だがフィセラにしてみれば、それだけと言われることが理解出来なかった。

「ええ、ただのフィセラよ。何か問題が?」

「いや問題では…………まて、フィセラ?」

 その時、サロマンは動きを止めた。

 代わりに頭を働かせた。と言うより、記憶を掘り起こしていた。

「その名前に聞き覚えがある。たしか……」

 

 当然、この名前はニコラにも覚えがあった。

 それも正確にだ。

 そのため、「陛下」と声をかけたが、サロマンはもうすでに思い出していた。

 と言うより、そういうフリをしただけだったかのかもしれない。

 自分を待ち構えていた男より、愚かな男の方が相手は油断する。それは道理であった。


「白銀竜を討ち落とした者だな?だが、聞いていた様子とは少し違うようだ」

「そうかな?……そうかも」

 ――あの時は変装してたっけ?名前はそのまま言ってたかかもだけど、それ以外全然覚えてないわ。

 

 白銀竜の調査及び討伐のために王都から送られた三極の内の2人とある冒険者たち。

 彼らのこと、彼らと話した内容。

 それは彼女の記憶に残影を置いて消えていた。

 

 だからこそ、この質問はフィセラにとって望むものではなかった。

「あの森で会った者がいるはずだが、彼らの名を覚えているか?…………本人なのかどうか、このような真偽を確かめるような真似を許してほしい。だが、答えが必要だ」

「……あ~~」

 フィセラは記憶の海を辿る船をこぐためのオールを持ち上げたところで、旅をあきらめた。

「覚えてないわね。でも、三極って人たちがいたのは知ってる。そっちの彼みたいなね」

 フィセラはニコラを指さした。

 ――レベルで比較すれば、こいつが残りの三極のはず。隠してる切り札の可能性もあるけどね。

 ニコラが何の反応も示さなかったのでフィセラは続けた。

「もう少し詳しく言えば、そこの彼よりも……弱いわね。あの時の2人ともあなたとはかなり差があるみたい」


 ニコラは静かに頷いた。

 それは目の前の女が、「あのフィセラ」であることを認めたということだった。

 だが認めた理由は、あの場にいた三極、デッラ・サンデニとマクシム・ミドゥの実力を口にしたからではない。

 比較をしたところで、ただの強者ではあの2人を弱いと表現できる訳がないのだ。

 それを言える者は、人の域を逸脱したものだけだった。

 それも、このニコラ・デルヴァンクール以上にである。


 サロマンがニコラの反応を見て、フィセラの発言を止めた。

「よい。そなたがかの英雄であることを認めよう。そして、非礼を詫びよう。本来ならば、歓迎の式典を盛大に開き、正式に余から感謝と……そなたの望むものを与えるべきなのだが、今は間が悪い」

「英雄?」と聞き返すフィセラ。

 それを聞くサロマンの顔と言葉には、真の敬意と感謝の念が込められていた。

「さよう、……あの日、余の忠実な臣下である三極が、白銀竜を討ち落とした者の言葉を持ち帰った。それは、アゾク大森林にいる自分を放っておいてくれ、と言うものだった。余はそれを認めた。他でもない白銀竜を下した者であったからだ」


 白銀竜とカル王国。

 両者の歴史は長い。

 何百年の中で、白銀竜によるカル王国への2度の飛来。言葉を変えれば、それは2度の惨劇とも言える。

 今回も含めれば3度目だ。

 実際のところは、1度目の飛来は現在の白銀竜<シルバー>の母に当たる竜であったが、それはこの先も互いに知ることのないことである。

 だとしても、その因縁は深い傷としてカル王国に残されていた。

 千年前に衝突を起こして、今は忘れ去られようとしていたジャイアント族よりも、カル王国にとっては複雑な念を抱く相手であった。

 

「フィセラ殿。そなたの成した偉業がどれほどのものかを語るには、少々……夜の数が足りない。特に今夜は……、語らうには向かない夜だ」

 フィセラはサロマンの話に理解を示すように何度も頷いた。

「分かってるわ。いなくなった敵よりも、目の前の敵の相手で忙しいわよね」

 

 温情を見せる彼女だが、ニコラの視線は依然冷ややかなものだった。


 サロマンは笑みを浮かべながらフィセラに問うた。

 目の奥深くにさらに冷たい感情を隠しながらだ。

「目の前の敵とは何のことだろうか?」

「…………もしかして、巨人たちと戦争を始めようとしてるのは秘密なの?4千人も兵士を投入してるんだから隠せる訳ないでしょ」

「4千、具体的な数字だ。意図を隠すため散り散りに行動させていた精鋭隊を追っても、それほどの正確な数字は出ないだろう」

「そんなことないわ。今日の日暮れ前にフラスクの近くで待機している兵士を数えただけだもの」


 都市フラスク。

 その郊外に駐屯する精鋭隊。

 明朝に開戦を控えている今、もうすでに全精鋭隊が集結しているはずだ。

 その数は確かに4千人に及ぶだろう。

 日暮れ前に数えたという、フラスクからこの王都までの距離的にありえない話を信じるに足る正確な数字だ。


 サロマンはさらに問いを続けた。

「そなたは今も、フラスクからの目と鼻の先であるあの森にいるのか?今や巨人どもの住処となったあそこに?」

「ああ~」とフィセラは何やら考え答えようとしたが、途中で口を閉じた。

 ――めんどくさいな。これ。

 

 流石のフィセラでも分かる。

 今サロマンが探ろうとしていることは、カル王国が敵と定めた巨人たちと白銀竜を討ち取った英雄の繋がりだ。

 そして、今日フィセラはそのことを隠す気は少しも無かった。

「……あのさ、全部一気に聞いてくれない?腹の探り合いとかしなくていいから、知りたいことを全部!……なんでもいいよ」

 フィセラは両手を広げて、ささやかな胸のふくらみをさらけ出した。

 

 もうこの時、サロマンに笑みは残っていなかった。

「何が望みだ」

「ああ!それね!いいね!直球で」

 大げさに答え、笑うフィセラだが、サロマンはただ解答を待っていた。

「……はぁ、長い話になるわよ。私は……私には望みなんてなかったの。最初からずっと流されるままだったわ。毎回、誰かが私に何かさせようとしてくる」

 

 白銀竜の出現。

 ラガート村への先遣隊の横暴。

 大山の裏でのジャイアント族とゴブリンたちの戦い。

 ミレとマルナを送り込んできた王国貴族。


「分かってる分かってる。どこかで私が拳を下ろせば良かったのよ。そしたら、こんなことにはならなかった。でも大丈夫。もういいの……、今回で終わるから」

 サロマンは彼女の言葉を理解できずに眉をひそめた。

 それに気づいたフィセラはより正確に彼の問いに答える。

「何が望みかって?そんなの気にしなくていいのよ、すぐに殺してあげるからさ」

「……言葉を交わす気はないか」

 サロマンはフィセラに対して侮蔑的に、あるいは幼稚なものを前にした憐みの情でそう口にした。

 それを聞いたフィセラはケロリとしていた。

「好きに言いな、みんなそればっかり言うのよね……」


 サロマンも彼女と同じように彼女の言葉を聞き流そうとした。

 だが、頭の片隅にある言葉が引っ掛かってしまう。

「みんなが言う?」

 サロマンは気にとめた言葉を口から漏らした。

 

 黙って聞いていたニコラには自らの王を理解することが出来なかった。

 続ける質問の意図にもだ。


「フィセラよ。そなたはどこから来た?」

「は?……言っても分からないわ。ここじゃないどこかよ」

「では、カル王国を恨み理由は?」

 今度はフィセラが首を傾げた。

 恨み、なんて言葉を自分は口にしていないのに、サロマンがそんな質問をしてきたからだ。

「別に恨んでなんかないわ。私そんなこといった?」


 サロマンはフィセラをまっすぐに見据えた。

 虚ろの眼窩の中に火を宿した瞳でだ。


「よい。知るべきことは知れた。そなたにこれ以上の用向きがなければ去るといい」

「あっそ。じゃ帰るわね。…………戦争がどうなるにせよ。また明日、ね」

 

 フィセラは踵を返して玉座の間を歩く。

 黒のコートの飾りの紐が一緒に揺れる。

 揺れに従って部屋の光源が揺らぎ闇が深くなる。

 フィセラは闇の中に消えていった。

 扉を開ける音や、風の音もなく、フィセラは姿を消したのだ。

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