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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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夜中の会談(2)

 長い夜が始まろうとするこの時、月の明かりさえも厚い雲が隠す夜、王城も真の闇に沈んでいた。

 

 王城内の灯りは松明をもって巡回する兵のものだけであり、その数は少ない。

 そのため王城に多くある部屋や大会場、ほとんどの廊下は暗闇であった。

 魔力を宿らせるだけで光源となるようなアイテムはあるが、それは王城内でも限られた場所にしか設置されていない。

 その場所こそが、玉座の間である。

 

 夜中だと言うのに、玉座の間には2人の男がいた。

 白い石造りの玉座に腰を下ろす男と、全身鎧を纏い腰に剣を下げた男である。


 その時、戦士然とした男が口を開いた。

「陛下。玉座におらずとも、控えの部屋に寝具一式を揃えてあります。そちらで休まれては?」

「よい、余はここに残る。お主こそ体を休め、英気を養うべきだ。余の代わりに休むといい」


 玉座に座す男の服は宝石に飾られ、匠の芸術が彫られていた。

 まさしく、王の衣装だった。

 であるならば、この男はこの国にただひとり存在するカル王国国王、サロマン4世である。

 

 このサロマンがこの時間に玉座へ座る理由は、ただ安全のためだ。

 彼が行くところには近衛が付き従う。

 彼らんの盾と剣が王の命を守る。時には肉の盾を用いてもだ。

 だが、それで足りぬ時もある。

 その時のため、場所事態に防御能力を持たせた施設が王城にはあった。

 それが玉座の間なのだ。

 

「余には玉座の間に施された魔法防御がある。そなたが一晩中そこに立っている必要はないのだぞ」

 そう告げられた男は顔色を変えることなく、おそらくは幾度も口にした言葉を述べた。

「陛下が我が軍にお心を尽くされている時に、私が目を閉じることなど出来ません。その逆はあろうとも……」

「ハハ、……そうだな、三極最強の男が言うのなら、そうなのだろうな」


 三極最強。

 この言葉が誰を指すものかは、国王の名と同じほどに知られている。

 三極、ニコラ・デルヴァンクール。

 巻き毛を後ろで束ね、歳よりも若い印象を持たせる顔だ。

 今日は彼には珍しく顎周りが青くなっていた。

 ニコラは人に会わないならいくらでも髭を伸ばし放題にするが、誰かに会うときは必ず髭を剃る。髪も雑に束ねることはしない。

 それをしていないのは、戦争前の余裕の無さなのか、あるいは戦いを前にして何1つ出来ぬ悔しさなのか。

 どちらにせよ、そんなもので彼の力が変わる訳もない。


 そんなニコラに鋭い眼光を向けられたサロマンは渋々と言う様子で頷いた。

「戦場に赴いた兵士たちは夜明けに戦い始める。彼らを無視して眠ることはしたくなかったが……」

「新兵ならまだしも、あそこにいるのは精兵ばかりです。緊張と恐怖を乗り越えて、合理的な判断を下すでしょう」

「合理的で無いのは余であると?」

 サロマンはニコラを睨んだが、口元には笑みがあった。

「どうでしょうか。ですがもし、私の剣が鈍ることがあれば、その言い訳は寝不足でしょうな」

 2人に笑い声が静かな玉座の間に響いた。


 サロマンが笑い終えると、彼は腰を浮かせて玉座から立とうとした。

 すかさず、ニコラはそれを制止する。

「お待ちを……、控えている者に湯を持ってこさせます。この玉座の間の控室は陛下の寝所には劣ります。横になるのは少し体を温めてからの方がよろしいかと」

 うむ、とサロマンが了承すると、彼は笑いながらこう言った。

「戦士ではなく学士のようだな。三極ほどになれば、剣とともに筆の扱いにも長けているのだろうな」

「そのようなことは、…………これは」

 

 ニコラは玉座から離れて、正面にある扉へ向かおうとしていた。

 その扉の向こう側にいる近衛や、すぐ近くの部屋で待機している従者らにお湯を用意させるためにだ。

 だが、ニコラは足を止めた。

 

 扉が見えなかったからだ。

 床が見えなかったからだ。

 ついさっきまで視界に映っていたすべてが見えなかったからだ。

 ニコラが十何年の中で数え切れぬほど見ていた光景である、彼ならば目を閉じて歩いても扉にたどり着けるだろう。

 だが、歩き出すことが出来なかった。


 いまだ灯りを灯し続けるアイテムの光を覆い隠すほどの<闇の壁>が目の前にあったからなのだ。


 だが、実際は玉座の間に何の変化も起きていない。

 部屋の真ん中にただ一人の女が立っているだけだった。

 それが意味することは単純であった。

 三極最強の男に<闇の壁>だと錯覚させるほどの尋常ではない女が一人、そこに立っているだけだということだ。


 女が口を開く。

「お邪魔するよ~。迷惑じゃないと良いんだけどな……」

 閉店間際の店に入ってきたかのような、自然な風体だった。

 だが、この空間でそんな態度を取れることこそが異常である。


 ニコラは剣を構えた。

 王の前で許可なく剣を抜いたのだ。

 だが、許可を求める段階ではないことはニコラとサロマンの2人とも理解していた。

 ニコラの剣の先はまっすぐに女に向けられる。

 そして、彼の怒声が広い部屋に響いた。

「膝をつき両手を上げろ!目を閉じ口を開くな!お前に許されるのは呼吸のみだ!それ以外の動きを見せれば、この場で斬る!」

 耳を覆いたくなるほどの咆哮だ。

 

 城下でもこの声を聞く者がいるのではという程の大きな声である。

 それも的確に女にのみ向けられたものだった。

 その証拠に、すぐ隣にいたサロマンはニコラの声に反応を示さなかった。


 だが結局、反応を示さないのは女も同じだった。

 ニコラの言葉に従ったのではない。

 彼の命令には興味なしという顔だ。

 その女が気だるそうに顔を後方へ向けて言葉を放った。

「……動くな、だってさ」


 女が喋った。

 普段ならば、ニコラは命令に従わなかった女の首筋に剣を振り下ろそうとしているところだ。

 相手が何者か分からないこの場で警戒すべきは、武器を隠し持っていないかだ。

 持っていなかったとしても魔法がある。

 あるいは目に魔法を宿した魔眼を持っているかもしれない。意味のないような言葉を模した詠唱を口にしているかもしれない。

 目前まで接近を許した時点で警戒など間に合わない。

 取るべき選択肢は、殺すことだけだ。


 だが、ニコラは動かなかった。

 またしても、動けなかったのだ。


 女が後ろの何かに喋りかけた。

 だが、そこには何もいない。

 だというのに、感じ取ってしまったのだ。


 闇に潜む存在が真っ黒な眼差しを向けていることを、濡れた体毛と我慢できずに垂れる涎が放つ悪性の臭気を、獣から漏れる殺気を感じとったのだ。

 ニコラは女の背後に何かがいると確信したが、それでもそこに何かを捉えることは出来なかった。

 

 そのニコラの様子に、女はすこし驚いて見せた。

「あれ?見えてる?おかしいな~、レベル的に視認できないと思うんだけど、あんまり目を合わせないほうがいいよ。この子、興奮しちゃうから」

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