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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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183/185

夜中の会談

 つい手を伸ばしてしまう程大きな月の下。

 その月明かりに照らされた雲海の上。

 

 轟々と風の音が耳元で鳴り、バタバタと彼女の髪の毛を暴れさせる。

 羽織った漆黒のコートが冬の寒さを忘れさせるが、頬に当たる風の冷たさは完全には消えていなかった。

 外気温に影響されない体内から出る吐息が白息となるが、それは高速で彼女の背後に飛び去っていく。

 

「はぁ、めんどくさい」

 フィセラは雲の上に立ちながら、そう独り言を口にした。


 カル王国軍の精鋭隊のすべてが都市フラスクに集結したと、ヘイゲンに聞かされてから数日後の夜中。

 雲の下の街でも、この日が変わる時間に灯をともす家庭はもうないだろう。

 起きる者がいたとしても、雲の上の<彼女ら>に気付く者はまずいないはずだ。


 雲の上に立っているように見えたフィセラの足元が動き出す。

 それは銀色の鱗を纏い、巨大な羽を広げる竜。

 それはフィセラを背に立たせたまま空を飛ぶ白銀竜・シルバーであった。

「我が主よ、良いのか?」

「何が?」

「あなたの配下の者たちに黙ってここに来たことだ。それに、戦争とやらはもう始まるのだろう?」

 

 雑に敬称だけつければいいと言う風なシルバーの喋り方。

 フィセラに思うところはあったが、モンスターに敬語を使えと言うつもりは無いし、使ってほしい訳でもない。

 

「立場と責任があるから、砦を出るときに報告してるだけで許可を出してもらってる訳じゃないわ。それに、戦争の直前の方がベストタイミングでしょ」

「そうか……」

 そう言ってシルバーは静かに高度を維持しるように飛び続けた。


 フィセラは夜の空を睨んだ。

 変化のない星空と雲。

 その先をじっと見つめていたのだ。

「私は何をしてるんだか……」

 ――戦争……、明日は人が死ぬわね。なのに心の内に湧き上がってくるのは……、フフっ、面倒だとか億劫だとかそんなことだけ。そして思い出すのは……。


 戦争。人の死。

 それらの言葉にフィセラが思い出す記憶は、アンフルでのプレイの記憶ばかりだった。


 ――戦争レベルの戦いはアンフルで何度もやった。人も殺した。でもあれはゲーム。でも、ゲーム体験がリアル過ぎたわね。あれはただの遊びだと言い聞かせようとしても、体は前にやったことだと覚えている。それに加えて、アンフルで好き放題に暴れたこの<フィセラ>のアバターなのも、人間らしい感情を忘れさせている……気がする。多分ね。

 

 <フィセラ>だから非情に、冷酷に、残酷に人を傷つけられる。

 現実の<――――>のままなら、こんなことは出来ない。


 ――そう思わないと私が根っからのやばい奴みたいじゃんね。


 その時、シルバーがフウンッと鼻で荒い息を吐いた。

 それと同時に、シルバーの視線は雲の下に向けられていた。

 フィセラは彼が何を伝えようとしているかをすぐに読み取った。

 もとより、この場に来た目的は1つなのだ。

 彼の合図が意味することも当然1つである。


「下には私一人で行くから、あなたはここに居なさい。……逃げても分かるからね」

 シルバーはフィセラの言葉により低い音の鼻息で応じた。

 

 フィセラはシルバーの背中を歩いて翼の付け根に立った。

 滑空するために広げられた翼の膜は風を受けて強い張りがあった。 

 ちょうど人が乗れそうなほどの張りだ。

 フィセラはその上に足を置いた。

 少し沈み込むが彼女の体重を十分に支えられている。

 フィセラはブヨブヨとした感覚の翼膜の上を歩いて、さらに翼の端を目指す。

 

「すぐ戻るわ」

 翼の端に立ったフィセラはそう言って白い息を吐いた。

 まるでその吐息によって体の力が抜けていくかのように、フィセラの体は風に揺られ始めた。

 そして、彼女はシルバーの翼の上から落ちていった。


 フィセラの姿はすぐに雲の中に消えていく。

 頭から落下する彼女の髪やコートがバサバサと音を立てる。

 フィセラは雲の中で視界を閉じた。

 ――やるなら楽しみたいわよね。無双するんじゃなくて、ちょうどいい敵がいて、困難があって……でも、今回はだめね。

 

 フィセラはあるタイミングで目を開けた。

 偶然に雲の切れ間となった場所で、彼女は地上を目にしたのだ。

「思ったより小っちゃいわね、カル王国……」

 


 都市フラスク近郊で戦争が始まる前夜。

 その深夜のカル王国王都王城。

 その直上にて、フィセラは降下中であった。

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