若き英雄の出立
アゾク大森林でフィセラがカル王国の行く末を決めた日。
あれから5日後。
冬空からの雨が止み、人々は行く道の凍結を心配していた時。
タン!タン!
タタン!
軽い何かを打ち叩く音が響いた。
それも高速で、連続でだ。
耳を澄ますと、2人の男の息遣いと彼らの足音も聞こえてくる。
ここはカル王国王都の軍舎。
訓練場と呼ばれる大きな広場がある施設である。
この日、砂地の円形広場に何十人もの軍人が集まっていた。
そこにいる者たちは厚い革製の手袋や胴着を身に着け木剣を手に持っている。
そんな彼らは剣を振るわずに広場の真ん中の2人へ視線を注いでいた。
たった2人を囲む彼らの視線は奇怪なものを見る目のようだが、そこには尊敬や畏怖の念が混じっているように見える。
西の国境から王都まで戻ってきていた西方精鋭隊第14部隊。
その若き英雄の2人。
ユーゴとケネスの模擬訓練を皆が見入っていたのである。
実直。そんな言葉を体現するような戦い方のユーゴ。
対するケネスの戦い方は変幻自在だった。
正面からの振り下ろしを放つユーゴ。
ケネスは柔らな動きでそれをいなすと、ユーゴの懐に入り込む。
だが、ユーゴはその動きを予期していた。
ケネスよりも早く踏み込み、いなされた剣ではなく自らの肘を彼の胸に押し込んだ。
ケネスは後方へ弾き飛ばされる。
ドタドタと足を動かしながら、どうにか倒れまいと彼らを囲む人だかりまで下がっていく。
そうしてケネスは人の壁にぶつかってようやく止まった。
「ふぅ……、少し借りるよ」
胸の痛みを顔に出すことなく、彼はまた前に出る。
その時、近くに居た兵士から木剣を奪って行った。
それと同時に奪った木剣を空高く投げ上げた。
ユーゴはクルクルと空へ昇っていく剣を一瞥してすぐに顔を下ろした。
もうすでにケネスが駆け出して接近していたのだ。
「1人1本だぞ!」
「戦場のすべてを使え、だ!」
軽口を叩きながら、彼らが交えた剣の衝撃はそれが木剣だと疑わせるほどのものだった。
そうした数度の剣戟の後、ユーゴは下段から打上げを放つ。
狙うのはケネスの木剣、それも彼の手元スレスレだ。
ユーゴの狙い通りにケネスの剣は彼の手元を離れていく。
ケネスの右後ろへ彼の剣が飛ばされる瞬間と同じ時、ユーゴの視界にはもう1本の剣が映っていた。
彼の頭上から現れ、その左側へ落ちようとする新たな木剣だ。
それはケネスがつい先ほど空へ投げたあの木剣だった。
「ずるいぞ!」
ユーゴはそう叫びながら、とどめの一撃をすぐに防御に切り替えた。
ケネスが落ちてくる剣を掴みとり、攻撃に転じる方が速いと分かったのだ。
そして、ユーゴの考えは正しかった。
ケネスが逆手に持った木剣がユーゴの脇腹に打ち込まれる寸前だったのだ。
「惜しい!」
ケネスは悔しそうに後ろへ下がるが、ユーゴはそれを許さなかった。
逆手持ちをするにはこの木剣は重く長い。
ケネスの隙を逃さずユーゴは連撃を放つ。
「おい、ちょ、持て!」
「待つわけないだろ!」
ユーゴはケネスの逆手の左手とは反対側、彼の右側に向けて上段から振り下ろす。
逆手で受け切ることが出来ず、ユーゴの木剣はケネスの右肩に着地する。
「俺の勝ちだ!」
「……まだだよ!」
そう言いながら、ケネスは左手を木剣から離して空へ向けた。
不自然なその行動を理解できないユーゴは一瞬固まってしまう。
だが、そんな風になっているのは彼だけだった。
観衆にはすべてが見えていたのだ。
そうして、3本目の木剣が彼の手に握られた。
彼が周りの兵士から奪った剣は2本だったのだ。
それは器用に重ねて持ち空へ放り投げた。
さらに器用に力の調整をして時間差で落ちてくるようにしてだ。
そして、気付かれないために素早く接近してみせたのである。
「敵が死ぬまで油断はするなよ!」
ケネスは素早く右手で彼の木剣を掴む。
そして、左手の木剣をがら空きのユーゴめがけて振り下ろそうとした。
だがその前に違和感を感じた。
木剣を掴む右手が熱いのだ。
それだけではない。
木剣が置かれた右肩、首、顔までも尋常ではなく熱いのだ。
まるで、顔の右すぐ近くに火があるように。
「ぅぉおお!あつ!」
耐え切れずにケネスはユーゴから距離を取った。
この熱の原因が彼にあると分かっていたからだ。
「おい!そっちの方がズルいだろう!」
ケネスが指さす先にあるのは木剣、ではなく<燃え上がる剣>であった。
「出来るんだから仕方ないだろう?」
「この!少し魔法が使えるからって調子乗りやがって」
ケネスの言葉とは違い、周りの兵士がユーゴの剣を見て口にする言葉は感嘆な声が多かった。
「おお!あれが噂の……」「剣術に魔法も、魔剣士ってやつか」「それも三極の剣術に加えて、あの魔法師団長の母親の才能だろう?すげえな!」「おい!その魔法隊はこの前の白銀竜の時に……」「あ、そうか」
そんな周りの声は2人に届くことは無かった。
そうしていると、ユーゴの足元にポロポロと黒い何かが落ちた。
それは炭となった焼けた木片だ。
それに目ざとく気づいたケネスが口を開く。
「剣の破損も負けだぞ」
彼のその言葉を待っていたのか、燃える剣からはより大きな破片がぼとぼとと地面に落ちた。
火の勢いは目に見えるほど弱まり、ユーゴの木剣はほとんど燃え尽きてもう柄の部分しか残っていなかった。
「やはり木製じゃ耐えられなかったか。だが、まだ<剣>は折れていないぞ」
ユーゴは残った柄に力を込めて魔力を流し込んだ。
魔力は火に変わり柄から伸びていくと、瞬く間に赤い剣身が出来上がった。
それは燃える木剣ではなく、正真正銘の火炎で出来た剣であった。
「<炎剣>!」
ユーゴがそう口にする。
待て、と叫ぶケネスに向かって踏み出そうとしたその瞬間。
ヒュン、という小さな音とともに、剣を持つ右手が弾かれた。
そこへ響いたのは間延びした少女の声だった。
「やりすぎですよ~2人とも~」




