エピローグ・英雄の接近
「カル王国で何が起きているのかって?…………未開領域に潜んでいた巨人が千年ぶりに出てきた。王国はそんな奴らの対応をしたくないらしく、俺が歌っている唄の英雄にすがった。だが……、あの双子はこういう場合、巨人の味方につくような性格だ。それで何人か死んだな」
<英雄語り>。
男は肩までの長さの白髪を後ろで短くまとめている。
金瞳はそれ自体が光を放ち、議場に居並ぶ覇者たちの圧にその光が屈することは無かった。
姿勢よく席に座る彼は、他の者が何人もいる中で円形の議場の間反対側に座る女だけをまっすぐ見つめながら話していた。
だが大抵、彼に言葉を飛ばすのはその女以外だ。
ただし、その全員が絶対強者ではある。
「あなたの英雄というと?」
フードを目深にかぶったものが問う。
「ダークエルフの双子だ」
「ああ、双星ね」
<夜と闇の双星>の唄は人界の中でも南方でしか歌っていない。
だというのに、この者は知っていた。それもよく知っているみたいだ。
だが、それも当然だろう。
この者の拠点とする国はカル王国の隣国なのだから。
「あなたの飼っている英雄が問題を起こしたのなら、尻拭いはあなたの仕事じゃないの?無関係の顔をしているようだけど……」
「飼ってる訳じゃない。それに魔王の絡まないいざこざには首を突っ込む必要は無いだろう?俺は王国を助けるつもりも、あの双子も、巨人にも何かをしてやるつもりはないぞ」
「それは違うと思うけどな~。魔王が絡んでくるなら必要はあるけど、そうじゃないならすべては自由のはず。あなたは間違った英雄を選んだ失敗を取り返すべきじゃない?」
「俺が選んだ英雄たちだ。この人界で何が起ころうと、英雄たちの正義と信念が揺らぐことは無い!お前が試すか?花火師」
「……殺していいなら」
<花火師>。この者もやはり人類の頂点に到達し、そこからさらなる上に飛んだ者だ。
2人の無言の圧と漏れ出る魔力が空間を歪ませる。
そこへ、無言を貫いていた女が口を開く。
何らかの動物の毛皮を羽織った背の小さな女が、細い目で英雄語りを見ていた。
「それで、何が起こる?」
「戦争だ」
「私はこれ以上何もさせるなと言ったはずだが?」
「魔王は出てきていない」
「確実か?」
「…………、最後に未開領域へ入る。それで分かる」
「いいだろう。踏み込みすぎるなよ。もし貴様が新たな魔王を呼んだなら…………、その場で滅ぼせ」
英雄語りは答えずにただ目を伏せた。
そして、その姿は瞬時に消えた。
女は誰もいなくなった空間から目を逸らさず呟いた。
「人界で何が起ころうと英雄たちの正義と信念が揺らぐことは無い」
それは英雄語りが口にした言葉だ。
その言葉を口のなかで反芻する。そうして、吐き出す言葉を形を変えていた。
「ならなぜ堕ちた?…………人界の<外>に触れたか。その森には何かがいるぞ」
同じ瞬間。
とある都市の裏路地に突然現れた男は、誰にも見られていないことを確認するとため息を吐いた。
「あの双子め、面倒なことをしてくれたな。それに、大森林の探索も……」
男・英雄語りは路地裏の影から通りに出ていく。
強い日差しが直接当たるが、目がくらむような様子は無い。
颯爽と歩き出し場所を変える男は出店が並ぶ通りを行く。
老若男女様々な人間が通りに溢れ、多くの会話を繰り広げていた。
英雄語りは全ての会話を聞きながら、ただ歩き続ける。
「ついこの前近くの湖で発見されたモンスターのタレ焼き!串刺し!干物もあるよ!」「湖のモンスターって?魚か?」「違いますよお客さん。怪物ですよ怪物!冒険者組合が肉を売ってくれるって言うんで見に行ったら、すごいんですよ!」「すごいってなんだよ」「へえ、湖の主とかか?」「精がつきそうだな」「肉を買ったのはこのあたりでも数軒ですから、欲しい時に買わなきゃ無くなっちまいますよ」「おお、じゃ串焼き2本!」「干物長持ちするかな?」「数軒が買ったんだろう?なぁ他の店も回って安いところ探そうぜ」「……ケチだなお前」
ある出店の前には人だかりが出来ていた。
だが、英雄語りは器用に人混みを避けていく。
その店を後にして離れていくと、店主の大きな声だけが最後に聞こえてきた。
「さあさあ!この街の新たな名物だよ!フェアリークロス湖の怪物の肉!これが新しい名物……、フラスクの名物だよ!」
カル王国、都市フラスク。
遠くを眺めれば、南に未開領域の大山を見ることが出来る街。
魔王さえ打ち滅ぼす力が、未だ潜む魔王に着々と近づいていた。
その時、数か月前に突如、大山の中に転移した異世界の砦のとある部屋で寝息を立てる女をある音が起こした。
ピコンピコンという<通信>が届いたことを知らせる音だ。
「…………あい」
まさに寝起き。
エルドラドのギルドリーダー・フィセラはベッドで寝たままけだるげな返事を返した。
「ヘイゲンでございます。お休み中のところ申し訳ありません」
毎度の「ヘイゲンでございます」をそろそろやめさせようかと、考え始める前にヘイゲンが続けた。
よほどの問題が発生したようだ。
「カル王国軍に動きがあります。極秘ではありますが、軍の精鋭兵のみ動員した作戦が動いております」
「……うん」
この相槌のフィセラが話を理解している可能性は極めて低いが、とりあえずヘイゲンは最後まで報告をすることにした。
「今日より28日の後、都市フラスクと大森林の中間となる草原で戦線が置かれるでしょう。フィセラ様、戦争です」
「…………あい」
通信が切れたあと、フィセラは隣の顔を向けた。
彼女の話し声で目を覚ましたNPCムーン・ストーンがそこにいた。
「ムーン、私たちは半年ぐらい寝ちゃってたみたいだよ」
「ムー、……お散歩行ってきます」
寝起きでふらつきながらも、ベッドから降りるムーン。
起きたら散歩をするという機会的な命令でもあるのかと思う程スムーズに部屋のドアを開けて、外に出ていった。
――ナチュラルに無視されたわね。
「さて、思ってた計画で全然違うことになってるみたいだけど。まあ、いつものことだからいっか」
フィセラは何でもないような顔をして、まだベッドへ横になった。
目を閉じるとすぐに静寂が訪れる。
だが一瞬、その静けさを小さな独り言がかき消した。
「…………チッ!めんどくさいな。誰かに任せるか……、誰がいいかな」
第1部「カル王国編」第3章はここで終わりです。
次からは第4章に入ります。
作者の活動報告で、3章を書いた感想を書くつもりです。
読者の皆様もぜひ、3章を呼んだ感想を書いていただけると嬉しいです。
ブックマーク、評価、感想をお待ちしております。




