山の下で(9)
フィセラはアルゴルの背中が見えなくなると長いため息を吐いた。
最後を息を消え入りそうになりながらも吐き終えると、姿勢を正し振り返った。
その姿にミレが声をかける。
「どうした?セラ」
「別に、これから頑張らなくちゃいけないのかと思うと、ね……」
気にしないでと言うフィセラだが、ミレはまだ目を逸らさなかった。
「まだ聞いてなかったな。セラ達が戦う理由を」
「あーはいはい」
フィセラにはまともに答える気が無かった。
そもそも、これ以上ここで会話を続けるつもりも無かった。
「……もういいよ」
その言葉とは反対に、フィセラの目は生き生きとしていた。
その彼女の変化に他の4人はただ驚くだけだった。
特に驚愕の表情を浮かべているのはタラムとシオンである。
その心情は、今なのか?だ。
そして、その答えがはいであればこの時から2人はタラムとシオンではなく、ルビーナ・ラムーとシヨンとなるのだ。
緊張するそんな2人をよそにフィセラは続ける。
「始めようか……、ヘイゲン」
時が止まったかのような静寂が大森林を包み込んだ。
それを破ったのは、マルナであった。
「セラさん、いったい何を?へいげんとは――」
この時、マルナも言葉を詰まらせてしまうほどに平静ではなかった。
何故ならば、ミレが剣の柄に手を置いていたからだ。
何十年と共に生きてきたのだから、マルナには分かる。
ミレが抜剣を出来る状態になっているということ。そして、それと同時に首を撥ねるつもりだ。
「ね、姉さん。待って……」
マルナが目を見開いた。その視線の先はフィセラではない。
ミレの背後を見て固まったのだ。
だが、それも一瞬。
「姉さん!うしろ!」
ミレは音よりも速く剣を抜き、背後を向いた。
そして、そこにあるものを見て舌打ちをした。
そこにあったのが、剣では切れない、樹々の間から漏れ出てこちらに迫りくる霧だったからだ。
その瞬間、ミレとマルナは合図もなしに自然と互いに背中を合わせた。
この霧がただの霧ではないことなど明白だ。
体の内への侵入を極力減らすために、目を閉じ呼吸を止める。
少ししてミレは敏感な触覚で霧が何なのかを確信した。
少し冷たく、肌を濡らす。ただそれだけ。
これがただの霧だと気づくと、ミレは目を開けてマルナを呼んだ。
「マルナ、セラはどこにいる?」
「分かりません。……タラムさんとシオンさんの気配も感じません」
「……だろうな」
すでにそこに居ないのか。
あるいは、この霧がただの霧ではなかったのか。
「ここまで来て偶然なんてのを信じる方が馬鹿か」
ダークエルフの双子は覚悟を決めた。
そうしなければいけなかったのだ。
彼女達はすでに死地へと踏み入っていたのだから。
「ええ、その通りね。ここからは偶然なんて起こらないわ。全部、私の言う通りにお願いね」
声が霧の中から聞こえてきた。
だが、ミレではない。マルナでもない。
それは間違いなく彼女だ。
「セラァァ!」
ミレの怒号は空気を震わせ気霧がそれを可視化させるほどだった。
「そうそう、フィセラだから。フィ、セ、ラ。間違えないでね」
「てめえは何なんだ!?魔王の手先か!?」
「…………手先?フフッ、私が?」
この時、フィセラの声がまた消えた。
そして霧が光った。
正確には、霧にある光が当たったことで霧の中を反射したのだ。
光は彼女たちの背後、大山の方向、樹々の壁があった場所から彼女たちを照らしていた。
そして、また霧が震える。
だが今度はフィセラの<宣言>だ。
「魔王!フィセラが!…………、あなた達を歓迎するわ。じゃあね」
その言葉で彼女はすべてを言い終えたのだろう。
それ以上、声が聞こえることは無かった。
すると霧が光の中に吸い込まれ始めた。
このタイミングでミレ達は気付いた。
その光は樹々の壁の中に出来たトンネルから出ていたのである。
その白く輝くトンネルを見てミレとマルナは互いに目を合わせ、迷うことなく駆けだした。
「行くぞ!」「行きましょう!」




