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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに

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山の下で

 澄んだ青空を覆う雲の列。

 曇の厚さは薄く、その背後の青色を隠しきれていない。曇りと言い切れない、そんな晴れた空。

 こう言う天気も良い。

 そんなことを思いながら、フィセラが雲を目で追っていると隣からつぶやきが聞こえてきた。


「強いんだろうな……」

 フィセラの隣を歩いているミレが彼女と同じく空を見上げながら、そう言っていた。


 フィセラの前をタラムとシオン。

 後ろにはマルナがいる。

 そして、フィセラとミレ。

 

 5人がいるこの場所は、都市フラスクではない。

 彼女らは広い平原に描かれたかのように存在する一本道を進んでいた。

 少し後ろを見ると背の高い木々が並んでいる。

 そこは「アゾク大森林」。ではなく、フラスクから伸びるラガート村への街道の途中にある小さな林だった。

 

 かつて、ラガート村を支配していた盗賊団が街道からの村への侵入を監視していた場所であり、その彼らがフィセラによって「消された」場所でもある。


 当然、生き残りなんてものはいない。

 そんな林の中を何事もなく抜けてきた彼女たち。

 すでにフィセラの視界には小さな建物が見えている。

 フィセラ達はラガート村の端に到着していたのだ。


「魔王?この前は知ってる風に話してたじゃない?」

 フィセラはミレのつぶやきに言葉を返した。

 少し意地悪な言い方をしたが、ミレは気にしていなさそうだ。

「戦うのは初めてなんだ。だから…………、なんでもねえよ」

 

 ――何でもないことないだろ!だから…………、で?なに?

 

 口を閉じてしまったミレにまた話しかけることを躊躇ったフィセラが、首を少し後方へ向ける。

 後ろにいたマルナと目を合わせたのだ。

「あ〜〜、その、魔王についてはどれぐらい知ってるの?調べたんでしょ?」

 その答えが正しければ、それはどこかの魔王のことではなく自分のことだ。

 マルナがなんと答えるかをフィセラはじっと待った。

「はい。以前、こことは違う村を調べた時、ジャイアント族に接触できたんです。彼の話では、とてつもなく強大力を持つ「人間の女」と言うことでした」


 フィセラはゴクリと唾を飲んだ。

 巨人達はフィセラの名前を知っているはずである。

 派手な登場で彼等の前に現れた事はあるが、対面するほど近くであった者は多くない。

 それでも、その数少ない巨人がミレ達に魔王の姿形を伝えているかもしれない。


「へ、へぇ。どんな感じなの?禍々しい角があったりとか、邪悪な雰囲気だ、とか」

 あくまで、フィセラは魔王など知らぬ存ぜぬという態度を貫く。

「いえ、彼は人間と言いました。ならば、人間なのでしょう。種族の知識ぐらいはあるはずですよ。私たちのことも一目でダークエルフだと分かっていましたから」

「魔王は人間なの?普通の?みんなそうなの?他にもいる魔王は……」

「異形もいれば人間もいる。何か分からんのもいる。魔王をまとめることなんてできねえよ」

 ミレが冷たい態度でそう言った。

 

 その様子を見れば、フィセラでも分かる。

「魔王に嫌なことされた?」

 軽い態度で幼稚なことを言うフィセラをミレはついに無視しだした。

 だが、マルナはそんなことしない。

「魔王は恐ろしいものです。闇の中に黒い影を見ただけで、その輪郭が瞼から消えてくれないのです。100年が経とうと、あの影を闇の中に見てしまうほど、ただ恐ろしいのです」

 マルナは空を見上げていた。

 闇とは無縁な青空と雲の切れ間から差し込む太陽の光で、その影を消し去るように。


 そう、とただ一言を残してフィセラは前を向いた。

 かけるべき言葉が分からなかったのだ。

 だが、黙り込むミレには別だ。

「…………実体験?」

 フィセラがそう言いながら顔を覗き込むと、人を殺せそうなほど鋭い眼光がミレから向けられた。

「…………昔の話だ」

「確かに、100年は昔よね。でも、忘れらない。嫌な記憶ってのはそういうものよね。たとえそいつがもういなくても」

 フィセラの言葉をミレが鼻で笑った。

「まだ倒されてない。アレはまだどこかにいる。絶対に」


 ――100年たってるのに?100年は意外と最近のようね。


「いつか会うかもね。そしたら、私が倒しといてあげる。あなた達の代わりにさ」

「なんで代わりなんだ?」


 ――だって、あなたたちは今日で…………。

 フィセラはその続きを考えるをやめた。

 当然言葉にすることもない。


 フィセラは変わらぬ笑顔でミレに言う。

「私たちの仲じゃない!魔王ぐらいやっつけてあげるわ」

 ミレはフィセラの顔を見る。

 戦いの前に正気を失っているのではと思ったが、そういうことではないらしい。

「…………元からか」

「ん?何が?」


「セラ様!」

 フィセラを前を歩いていたタラムが名前を呼んだ。

 だが、フィセラはタラムの顔を見るだけで何も言わなかった。

 ――…………セラ?……ああ、私か!

 自分の名前を忘れかけていたフィセラをいったん置いて、タラムは伝えるべきこと報告を優先する。

「もう到着ですよ。アゾク大森林の手前に位置する、ラガート村です」


 ミレとマルナは確認することがあると言って、村に入っていった。

 対してフィセラは面倒くさいと言って村の外で待つことにした。

 

 ラガート村の住民のほとんどは、フィセラの変身した姿だけを知っている者がほとんどだ。

 金髪のエルフ。といっても、顔のつくりはほとんど同じなのだ。

 本当の姿を知っている村長やソフィー、その父でなくても今のフィセラと以前村に来たフィセラを比べて、あまりに似ている姿に驚愕することだろう。

 ――適当にごまかすことは出来るし、村長当たりは協力してくれるだろうけど、ソフィアは無理だろうな。

 ならば、今日のところは村人には接触しない。

 フィセラはそう決めたのだ。


 ラガート村のはずれにある畑。

 フィセラはそこを囲う木組みの作に寄りかかっていた。

 顔を見せないために村を背にしているが、村人が物珍し気にフィセラ達を観察していることは音と気配だけで分かる。

 

 フィセラは彼女と共に残ったタラムとシオンに声をかけた。

「ねえ、あの人たちをどう思う?」

 突然の質問に2人は応えることが出来なかった。

「え?……あ、申し訳ありません!すぐに追い払ってきます!」

 シオンがそう言って走り出そうとするが、タラムがすぐにシオンの腕をつかんだ。

 タラムはフィセラの顔を見てそんなことを言っているのではないと分かったのだ。

「ここの村人たちは幸せに生きていると思う?」

「そうは当然で――」

 反射的に答えるシオン。

 そんな彼女をまとタラムが抑える。


 エルドラドの「シヨン」からすれば、このラガート村はフィセラと関係を持っている村だ。

 それも友好的な支援という形でだ。

 とすれば、村人たちが幸せかどうかなど、議論する余地もないのである。


 だが、ここにいるのは冒険者「シオン」なのだ。

 興味と警戒からフィセラ達を遠巻きに見る村人たちの幸不幸を推し量ることなど出来るはずがない。


 フィセラも答えを求めて、二人に声をかけたのではない。

 ほぼ独り言と言っていい。

 そんなフィセラの思案を邪魔しないよう、タラムはただ静かに気配を消した。


 フィセラは肩越しに村人を一瞥した。

 ――少し服がきれい……かな?巨人たちが大森林から持ってくる木材や素材の取引をさせてるから、お金が入ってるのね。

 事実、農作業に使用する作業服以外の服を新たに買うことが出来るほど、村人のほとんどに余裕が生まれていた。

 ――盗賊団のつけられた傷も少しは癒えたようね。


 ――客観的に見れば、いやこの世界の住人から見れば。……この村は魔王と関わっていることになる。でも、村人は幸せになっているはず。

 私は間違ったことをしたの?私はいない方がいいの?

 フィセラは寄りかかった柵を指でトントンと叩いた。

「……んな訳ねえよなぁ?」

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