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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに

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136/185

 フィセラが酒場を出てホテルへ到着した時とほぼ同時刻。

 メロー公爵領にて、公爵宅に男たちが集まっていた。

 

 ここにいるのはラキオン・クエル・メローが集めた王国の権力者たち。

 諸侯、貴族、大商人。メローを除いて6人がこの執務室にいた。

 もちろんこの家に客間や応接室はある。それもいくつもだ。

 だが、これからすることを思えばそれらの部屋は不適切だった。


 執務室の壁はほとんどが本に埋め尽くされている。

 この世界で本は高級という程でもないが、この数を集めるのにかかる金貨の枚数は一般庶民には縁のないものだ。

 部屋の奥には、仕事用の机がある。そこには魔法のランプ、煌びやかな装飾、まるで玉座のような椅子。

 公爵の地位にふさわしいものだ。

 手前には背の低い長机と、机の3方を囲む椅子がある。

 

 メロー公爵はその3方の一番奥、いわゆる誕生日席に座っている。

 その左右には2つの長いソファがあり、それぞれに3人ずつが座る。

 座るのは小さな子供ではなく、大人だ。それも恰幅のある方の大人達だ。

 当然、ぎゅうぎゅう詰めで座っている状態になる。


「各人、急な呼び立てに応じてくれたこと。心から感謝する」

 メローが話を切り出した。

「さて……、前置きをする必要ないな?」

 彼の眼光は鋭く、ほんの少し前まであった気の良い初老の雰囲気は消え去っていた。

「……公爵。この面々を見れば、あなたがなんの話を望んでいるのかは分かります」

 そう言ったのは、豚のように丸く太った大商人だ。額に油がのりランプの光を映している。

 若いころは端正な顔立ちをしていたのだろう。

 脂肪の付いた顔の中心のパーツは整ったものだ。

「それにこの後はご予定がお有りのはずだ」

 大商人の目線はメローの後ろの机に置かれた手紙へ向けられた。

 男の座っている場所からは、その手紙を封する蝋につけられた王家の家紋は見えていないはずだ。

 だが、この場にいる者たちに手紙の内容を知らない程度の者が混じっている訳が無い。

 メローはそれを隠す気はなかった。

「貴族会議を開くため、王都への招集令が出された。未明にここを発てば間に合う。……バーナ、オルハン殿、遅れぬようにな」

 

 この場に呼ばれた者たちの中には、貴族の位を持つ者もいた。

 短い髪を流行りの髪型に整えた青年、バーナ伯爵。

 深いしわが顔に刻まれ伸びきった眉毛が目に届きそうな老男、オルハン子爵。

 メローの言葉を聞いて元気にうなずく伯爵とそれの3倍の時間を使って頷く子爵。


「諸君であれば、その会議の議題も知っているはずだ。というより、今まさに関わっている。そうだろう?」

 全員の目を見るメロー。

 否定の言葉を返せる空気ではない。

 そこにバーナ伯爵が口を開いた。

「その関係者の代表があなたでは?公爵?」

 

 17歳で伯爵位を継いだバーナ。傲ることもなくその役目を全うしている男だ。

 公爵であるメローに怖気づく様子は少しも無い。


「代表などと思ったことは無いが…………、この状況では他者の目にもそう映ってしまうかもしれんな」

 6人からの視線を集める公爵。立場を考えても彼が筆頭だ。

「であれば、代表して。聞かせてくれ。オルハン殿の領地にある都市フラスク、その南方のアゾク大森林に出現したジャイアント族。あの巨人たちに関する情報を……」


 7人は互いに情報を出し合ったが、それはすぐに終わった。

 なぜならば、すぐに気づいたからだ。

 自分たちの持っている巨人たちについて情報があまりにも少なすぎること。

 そして、まったく同じ情報を全員がすでに知っていたことにも。


「当然だな。巨人たちを調べる者が「同じ」なら、提供される情報も同じことになるのはおかしくはない」

 その言葉に皆が口を閉ざした。

「褐色の肌、エルフ特有の長い耳。それが……2人」

 メローの言葉に全員がある双子の姿を鮮明に思い浮かべることができた。

 大商人が頭に浮かべた者たちの名前をつぶやく。

「夜と闇の双星……、英雄です」

「歌の中ではな!我々が依頼したのはその英雄か?違うだろう。我々が依頼したのは闇の中で、裏社会で生きる恐ろしいダークエルフだ」

 メローはそう言うと、椅子を鳴らしながら足を組んだ。

 その顔には少しだけ笑みが見えた。

「もう1つ聞きたいのだ。なぜ彼女たちに依頼した?」


 なぜ?その言葉に6人のほうこそ疑問符を頭に浮かべているようだった。


「ただの冒険者ではなく、抱えている情報屋ではなく。なぜ、「特別な彼女たち」に依頼したのだ?」

 メローは質問しただけだ。

 巨人たちの情報を聞いた時と同じように。

 

 だが、その問いの答えの対象は全く違うものだった。

 

 バーナ伯爵は眉をひそめながら、ある事を確認しなければいけなかった。

「それは巨人のことを聞いているのではありませんそれは……、我々のことを聞いていることになりますよ?」

「………………ふむ」

 メローはバーナに応えることなく、目を伏せた。

 7人の間にある背の低い長机。そこに置かれたティーカップに視線を落としたのだ。

 彼らが集まった頃に、メローが自ら淹れて配ったものだ。

 まだ誰も口をつけていない。

 メローはそんな自分のカップに手を伸ばしながら口を開いた。

「勘違いしてはいけない。この場は、誰の目も届かない場所であなた方を問いただし責める場ではない。我らしか知らない秘密の会合だ。公では話せないようなことを話すための場なのだ」

 メローはカップを持ち上げて、6人の前に掲げた。

「特製のブレンドでね。冷めないうちにどうぞ」


 男たちは動けなかった。

 権力者である彼らは、似たようなことを経験したことがある。

 始末しなくはいけない者を集め、情報を聞き出した後に人知れず消す。

 それを行う側に人間としてだ。

 だが今、彼らは集められて情報を聞かれている。

 今まで1度もその側に立ったことがなかった故の恐怖が体を支配していた。

 

 そんな中で、枯れ枝ようなしわまみれの細い腕がカップに伸びた。

 オルハン子爵だ。

「わしは………………………………」

 とても緩慢な動きでカップを持ち上げ、それを口に近づける。

 子爵がしゃべり始めた後の、その動きを全員が見ていた。

 バーナ伯爵は一向も続きの言葉を発さない老人に、ボケてるのか、とこぼすが、それでもオルハンは紅茶を飲もうとする。

 ズズーと紅茶を飲み終えカップから口を放した瞬間、潤った口はまた話し始めた。

「わしは、地位が欲しい」


 老人の独白に男達は絶句した。

 なんと言って誤魔化すか。メローに取り入るには何をすればいいか。

 皆がそんなことを考えいたところに、オルハン子爵がはっきりと口にしたのだ。

 これは自分の利益のための行動である、と。


「王都から遠く離れたわしの領地では、中央の内政に関わることもできず、この地で腐っていくのみ。跡を継ぐ愚息はどうでもよい。だが可愛い孫にはもっと良いものを残したいのだ」

 オルハン。彼は爵位を持つ王国貴族で最も高齢だ。

 だが、この時の彼の目に宿る力強さは肉体の衰えを凌駕していた。

「そのためならば、王家の黒い秘密など恐れることはない」


 オルハン伯爵の話が終わっても、メローは黙ったままだった。

 他の者は息を飲み。オルハン子爵は二口目の紅茶を飲んでいる。

 メローは長い息を吐くと、ついに口を開いた。

「あなたは領民からの信頼の厚いお人だ。それも優しき貴族であり続けたからだ。陛下もあなたを信頼しております。陛下より、…………これまでの忠義への恩賞が必ずあるでしょう」

 止めるでもなく、推奨するわけでもない。

 だが、メローの言葉はある意味でオルハン子爵の行動を肯定していた。

 彼は続いてバーナ伯爵に目を向けた。

「君は?何を望むんだ?」

 バーナは若い。メローに「君」と呼ばれるのも仕方ないほど年も地位も大きな差がある。

 それでも、自分を軽視されているように感じたバーナは胸を張り、自信をもって発言する。

「巨人たちとは友好関係を築くべきかと。例えば、奴らを奴隷にするとか……」

 友好と言いながら奴隷という言葉を使う彼に皆が笑う。

 バーナも冗談のつもりで「友好」という言葉を口にしたのだから、問題は無い。

 彼はメローから視線を外し、周囲に並ぶ権力者たちを見回した。

「皆さまは黒星の冒険者<超大剣>を見たことは?少し前にかかわることがあったのですが、見上げるほどの大きさでした。彼こそ、ジャイアント族の血が入っているのではと思いました。ですが、本物の巨大さを聞いて驚いた。4メートルを超える人類など想像できますか?」

 皆を頷きながら彼の話をよく聞いていた。

 巨人の力強さを思い浮かべながら、何を使えるかを考えていた。

「奴らは「有用」です。王国の汚点だから遠ざけるのは、あまりにも勿体ない」


「ははっははは」

 突然、高笑いを上げたのはあの太った大商人だ。

「勿体ないと言うのならば、情報はどうします?」

 バーナ伯爵は首を傾げ、話を理解できないと言った。

「巨人そのものに価値を見出すのは当然だ。だが、「巨人が現れた」という情報も金になる。それに対して王国がどう動くのか、とりわけ、王国軍の動きも分かれば、それは大金になる」

「軍の動きだと?それは」

 バーナ伯爵が大商人の話を理解した時、彼は笑みを浮かべていた。

「ドワーフが買う」

「敵国だぞ!」

「国境で砦やら川やらを取り合っているだけじゃないか。それに商売自体は正式に許されている」

 メローが鋭く彼の話を断つ。

「国内の機密事項の取り扱いも許さているのですか?」

「もちろん……」

 大商人はそう言いながら、肩をすくめた。許可など無い、という意味だ。

「ですが今が売り時ですよ。隣国の軍に何やら動きがあります。内地の軍なので、戦争の気配はありませんが、何かが起こったようだ。そんな時は心配でしょう?日頃、小競り合いをしている隣の国がそれを嗅ぎつけて侵攻してこないか、と。互いに、相手をする暇がないほど忙しいと分かれば安心だ」

「王国軍はその動きを察知しています。国境ではすでに停戦状態です。それでいい、…………情報は売る必要はありません」

 メローは視線はきつく大商人を捉えている。

「……お望みのままに」

 大商人はたまらず視線をそらし、頭を下げた。


 メローは少し語気を落ち着け、全員に語り掛けた。

「だが……、これは特権でもあります。最初に動いた我々だけが持つ権利。協力こそすれど、不必要な干渉は抑えるべきかもしれませんね?」

 

 その言葉に皆の顔は今までになく明るくなった。

 このメロー公爵からの圧力が一番の不安材料だったのだ。

 それが今、本人の口から否定されればそれぞれが内に秘める計画も恐れずに始めることが出来る。

 

 メローはティーカップを持ち上げた。

「ワインで祝えればいいのですが、アルコールが苦手でしてね」

 皆はそう言われて、遅れまいと急いでカップを掲げる。

「すべては……、カル王国のために!」

 王国のことなど気にしない者たちの前での宣言。皮肉だ。

 その権力者たちは大いに笑いながら、メローと共をつけへ口をつけた。


「そう…………、これは王国のためなのだ」

 メローはカップをソーサーに置くと、そのソーサーに掛かれている紋様を指でなぞりだした。

 指が触れるとその紋様は、赤、緑、紫と不気味に発光し始めた。

「いったい何を……、ウ゛!ングゥ!」

 メローを除く6人の顔が突如青白く色を変えた。

 口から血を吐き出し、目は充血、全身の血管が太く浮き出ている。

 

 数秒にも満たない。そんな短い時間で、皆は呼吸を止めた。


 だが一人だけ、かろうじて意識を保つ者がいた。

「……なぜ!」

 血の涙を流しながら、真っ赤な目をメローに向けたのはバーナ伯爵だ。

 彼は震える手で自身のローブに付いた装飾の1つを強く握りしめている。

「毒抵抗のアイテムか。貴族であれば当然持っているものだ。…………オルハン殿も持っているはずだが、起動させる素早さが無かったか」

「なぜだ!」

 ただ眺めるだけのメローに、バーナは強く叫ぶ。

 バーナに何もせずとも、見ているだけですぐに命を落とすだろう。

 メローはそれを分かっていたが、ただ無視することは出来なかった。

「言ったはずだ。王国のためだとね。王家と民のため……、力をもって生まれたのならそのために行動するべきだ。だが、お前たちは自らの地位、権力、金のために王家や民を裏切ろうとする」

 メローは6人のカップを見る。

 そこに残っている紅茶は黒く変色していた。

 それは、メローのティーカップソーサーの施された魔法を発動させることで、効果が出る強力な毒によるものだった。

 そして、バーナに視線を移す。

 目は赤く、耳からも血が垂れている。

 すでに視力と聴力は無いだろう。

 それでも、メローは彼に声をかけた。

「お前たちこそが、カル王国にとっての毒である」

「慈悲を……」

 苦し紛れの最後の言葉だ。

「慈悲ならば与えてきた。愚かなお前たちを今日まで生かしてきた…………、十分だろう?」

 メローの言葉は聞こえず。そうして、バーナのアイテムを握りしめていた手が力なく垂れた。

 

 少しして、メローの執務室のドアを誰が叩いた。

 メローは返事をしなかった。

 それを合図にして、ドアが開かれる。

 そこにいたのは、3人の使用人だった。


 執務室の惨状を見ても彼らは驚くことなく、そればかりか何も言わずに6つの死体を片付け始めた。

 使用人の1人が死体の1つを持ち上げようとした時、座ったままでいたメローが口を開いた。

「丁重に敬意をもって……、送りなさい」

 そう言われた使用人はゆっくりと体を下ろし、もう1人の使用人を呼んで2人がかりで死体を部屋から出していった。

 

 残った最後の使用人は音を立てずにティーカップを片していく。

 その男にメローは声をかける。

「準備は?」

「王都への馬車は準備できております。いつでも……」

「そうか。会議が終わればすぐに戻る。だが、その間に「彼女ら」が来るかもしれない。少し待たせておきなさい」

 使用人は頷き、片づけを続けた。


 そうして、元の執務室に戻っていく様子を見ながらメローは呟いた。

「我が罪は、誰が裁くのだろうか…………」

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