饗宴(2)
全員が戦慄した。
これは自分よりもはるかに強い。
戦えば勝てない。
この場に居る者達が強者だからこそ分かってしまう実力差がそこにはあった。
張り詰めた空気の中で動くのは、カーニヴォルだけだった。
広間をキョロキョロを見渡して何かを探している様子だ。
そうして「光」を見つけた。
地上に昇る階段からかすかに漏れる光が、その先に出口があると教えてくれる。
カーニヴォルは自らの主人の命令通りに<アンサーダスト>を追っていた。
だがもうその必要はない。ゴールを見つけたのだから。
1歩。
足を前に出そうとして、やめた。
道を塞ぐ者が現れたから。
ミレはカーニヴォルの視線(頭を布で覆っているのだから、ここでは彼の意識と言うべきだろう)が、階段へ向いたことに気づいた。
その目的は明白だろう。外に出ること。
それだけはさせられなかった。
今、このカル王国で最も強いのは彼女たちだ。
だが、その力が目の前の「怪物」を止められるだけのものなのかは分からない。
だとしても、逃げればすべてが終わる。
止められる可能性が最も高い。
それだけで、「使命を得る理由」には十分だった。
「やるぞ!マルナ!」
ミレは剣を抜いて、カーニヴォルの前に立ちはだかる。
少し遅れてマルナもミレの隣に立つ。
その手には、短剣が2本。飾り気のない、無骨な両刃のナイフが両手に収められている。
ミレとは違い、マルナの顔には不安の色が残っていた。
「この巨人が呪いの子ですか?これでは……、前に立ったこの感覚はまるで……、魔王?……姉さん、本当に戦うんですか?」
「当たり前だ!こいつの力が魔王クラスなら、なおさらだろう!今逃げれば、俺たちは<次>も勝てないぞ!やるしかないんだ!」
ミレの怒声がよりいっそうマルナの不安を煽る。
それでも、彼女の心が真に折れる事はない。
弱音や文句をどれだけ口にしても、心を保てるだけの修羅場は幾度も経験していた。
とりあえず今は、彼女を不安にさせる要因の1つを解決しておく。
「敵は目の前なんですから、大声を出さないでください。あまり刺激しないように」
「うるさい!タラム達は?」
ミレは決してカーニヴォルから目を離さなかった。
そんな姉の代わりにマルナがチラリと後ろを見る。
タラムとシオンは、まだそこにいた。
100レベル。
…………勝てないかもしれないわね、これ。
タラムはカーニヴォルが現れてすぐに<中位鑑定>魔法を発動させていた。
それによれば、カーニヴォルのレベルは100レベル。
この場にいる誰よりも高く、彼女らと絶対的な差をつくる数値だった。
タラムの高速な思考は、既に剣を抜いたミレの後に続くべきかどうかの是非を決めかねていた。
ミレとマルナが86レベル。
シオンがおよそ60、制限をなくした「シヨン」だとしても65レベル。
私も同じ。全力を出せば90レベルだけど、まだ足りない。
10レベルの差を埋めるには、90レベルが3人は必要なのよ。
それが最低条件。
そもそも、私達はヘイゲン様に本来の力を行使することを禁じられているわ。
フィセラ様がこの場にいないからと言っても、これは…………。
「タラム、フィセラ様は無事だろうか?」
シオンが耳打ちをしてきた。
彼女の心配は至極真っ当だ。だが、敵のレベルを知っているタラムからすれば心配など無意味なことだった。
「あの御方なら、この程度は敵にもならないわ。貴方が心配する必要はありません」
「ミレとマルナはアレを知っている風だった。アレは迷宮の下から来たということじゃないか?フィセラ様から逃げて来たのか?それとも、逃がされた?」
「おかしなことを感がるのは」
「アレは私達と互角なんだろう?恐ろしく戦力が拮抗している。そうなんだろう?つまり、私達を試そうとしている?ならば……」
シオンは無意識に剣の柄を握っていた。
タラムはその動きを見て、彼女に言った。
「戦いたいの?死ぬわよ」
シオンはニッと口角を上げて、毅然とした態度で口を開いた。
「死なないさ!……もうな」
シオンは剣を抜き、ミレ達の後ろに続く。
タラムはため息をつきながら、杖を地面に突き立てた。
「まったく……、守ってあげるから無理はしないでね」
「それは無理な相談だ」
少しの迷いを捨て去り、4人は武器を構えた。
その時、彼女らと同じようにカーニヴォルも困惑していた。
ここに来るまで、ただ岩壁を砕くだけだったからだ。
目の間に立ちふさがった彼女らをどうするべきかが分からなかった。
だが、4人が武器を構えた瞬間に彼は感じた。
壁を感じたのだ。
ならば、やるべきことは変わらない。
我が道を塞ぐ壁ならば、ただ、打ち砕くのみ!




