仲間の予感(2)
そんな姉妹のやり取りを耳にして、シオンはようやく剣から手を離した。
それでも眼光はダークエルフに注がれている。
「まったく!フィ……セラ様のために用意した荷物に座るなど、エルドラドの者なら処刑ものの大罪だぞ!」
「やめなさい」
「だが、せっかく用意したものがくずれていたら……」
タラム達は、エルドラドに保管された数多のアイテムを使う権利を持っている。
それと同時に、現地の冒険者として持ち得ないアイテムの使用も禁止されていた。
マジックポーチに荷物を入れずに、こんな大きな荷物を持っているのがその理由だ。
昨日の晩、タラムはシオンが一生懸命に荷物を詰め込む姿は見ていた。
彼女が怒る理由は理解できるが、今はそれよりも優先するべきことがあった。
「あの2人に殺気を放つのをやめろ、と言っているんです」
「ウッ、わかったよ」
シオンはすぐに殺気を抑えて、ついでに口も閉じた。
タラムからほんの少しだが怒気を感じたからだ。
無意識にだろうが、魔力も漏れ出していた。
怒られた子犬のように固まるシオンを無視して、タラムは杖を地面に突き刺した。
「少し静かに、ね」
<プロテクトドーム・ノンマジックポイント>。
<プロテクトドーム・サイレンス>。
<ミスターゲット>。
三重の隠蔽魔法。
そうしてようやく、タラムは周りを気にせず口を開いた。
「もういいですよ」
そう言われて、シオンは溜めていた長い息を吐き出した。
「ふぅー。……随分と警戒するんだな?消音の魔法まで使ったのか?」
「ええ。そうです」
正確には、魔法を使ったことを気づかせない<プロテクトドーム・ノンマジックポイント>、こちらに注意を向けづらくなる<ミスターゲット>も同時に発動させていたが、タラムは説明が面倒なので黙っておいた。
「それで……、戦うのか?」
「はい……え?戦う?」
キョトンと気の抜けた顔で互いに見つめ合う。
相手の考えを理解できずに固まっていたが、先に視線を外したのはタラムだ。
「これだから戦士職の人は……、門番しか出来ないわけです」
「な?!私達こそが、真にかの砦を守護する使命を持っているのだぞ!馬鹿にするな!」
シオンは顔を真っ赤にして、激昂する。
「門番」という職務こそが彼女らの生きる意味なのだから、それも仕方ないだろう。
「ごめんなさい。あなたの役目を蔑ろにするつもりは無いわ。御方々の座す場所を守ることは立派よ」
タラムは本心から謝罪していた。
エルドラドのどんなNPCだって、他NPCに与えられた「生の意味」を、下に見ることなどできない。
それに、そうすることも無い。
「私が言いたいのは、その役目を任された人たちは単純な考えたの方々ばかりね、ということよ」
「そ、そうか?馬鹿にする気がないならそれでいい、怒鳴って悪かったな」
何1つそれでいい事など無いが、シオンは怒りを静めた。
とりあえず、彼女の単純さは証明されただろう。
「さて、本題に入るけれど……、いいわね?彼女たちには手を出さないように」
彼女たちとは、当然ダークエルフの姉妹のことだ。
シオンはチラリとそちらに視線を向けたが、すぐにタラムに止められた。
「姿を隠す魔法は使用していません。あまりキョロキョロしないで」
「そうなのか?わかった!」
シオンはブンッと首を回してダークエルフたちと反対の方向へ顔を向ける。
タラムはそれを冷ややかな目で見ていた。
目立つな、と言ったつもりなのだが……。
だが、ダークエルフたちに意識を向けさえしなければ、<ミスターゲット>が効果を発揮してくれるはずである。
今は本題を終わらせることを優先する。
「彼女たちは貴方よりも強い。出来れば注目されたくありません。戦闘などもってのほかです」
シオンは少し驚いて、思わず彼女たちの方へ顔を向けそうになった。
それをギリギリで我慢して、代わりにタラムの顔をしっかりと見つめる。
「お前が恐れるほどなのか?確かに今の私たちはアイテムでレベルを下げているが」
「……言葉が足りませんでしたね」
タラムはシオンの言葉を遮って、話を続ける。
「あのダークエルフの2人は、貴女の本来のレベルよりも遥かに高いレベルです。最重要事項である「生存」を優先するべき私たちからすれば、この国の調査を無視して関わりを持たないように、と考えるほどです」
自分よりもレベルが高い。
シオンは、タラムのその言葉を疑わなかった。
それでも、確認しなければいけないことがひとつあった。
「練士であるお前よりも、か?」
修練場に生まれたNPC。
練士と呼ばれる彼ら、彼女らは皆一様に90レベルである。
それを超えるようであれば、この世界は危険だと判断しなくてはならない。
シオンはタラムの答えをじっと待つ。
唾を飲む音が、自分の耳に大きく響いた。
そんな空気をよそに、タラムは呆れ気味な声色でシオンの心配を一蹴する。
「そんな訳がないでしょう。練士を侮らないでください」
馬鹿なシオンにため息を吐きながらも、自分を誇るように少し胸をはった。
「……彼女たちはどちらも86レベルです。まぁ、力を制限する必要がなければ、2人同時に相手をしても私は問題ありません。貴方は……戦おうとせずに逃げることをお勧めします」
「86レベルなら、そうするべきだな。…………あれがこの世界で英雄と呼ばれる者たちか?」
タラムは考えるそぶりをしてから、ゆっくり首を横に振った。
この事実が目の前にある状況を認めていいのか、と迷ったのだ。
「英雄クラスは貴方のレベルより少し高い程度です。あれは…………英雄を超えています」
パンッ。
空気を変えるように、タラムが手を叩いた。
シオンはタラムの目論見通りに驚いている。
「とりあえず、街に帰ったらヘイゲン様に報告をします。私たちが出来ることはそれだけです。刺激しないように!刺激されないように!……お願いしますね」
「き、気を付ける」
ズイッと顔を近づけて凄むタラムに、シオンはたまらず一歩引いてしまう。
「ん?」
その時、シオンが何かに気付いて反応する。
彼女はそのまま洞窟をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……お戻りになられたようだ」
すぐに暗闇から響く足音が聞こえてきた。
近くにいた監督員たちが最初に気づき、周りに居た試験者も音を耳にする。
皆が視線を洞窟に注ぐ中、ある2人だけはなんとも幸せそうな顔で洞窟を登る者を迎える。
「……や!待った?」
フィセラが洞窟から出て来た。




