80 :川辺でだらん
手にした葉っぱがベタベタとあちこちにくっつき、カサカサと音を立てる。
「邪魔臭いんだが……」
木々の狭間の茂みを通り道を作るように刈ってきて、それなりに進んだなと振り返った。
すだれ草だけでなく、藪には幾つかの植物が喧嘩するように絡み合っていた。細く硬い枝が蜘蛛の巣のように広がった草というか木や、ぬめっとした紫色の膨らみがまだらにくっついている触手草も絡まり、どこから手を付ければいいか分からず、とにかくナイフで切り付けた。
そんな風だからやたら嵩張る。まとめようとしたはいいがコンパクトに束ねるのは無理だ。
背高草は、あいつ刈られて人に利用されるためだけに生きてきたんじゃねえかと思える。
ちなみに森の中が薄暗いせいか、暖かい地面の好きらしいケダマ草の姿はない。
気分的に触りたくない触手草だが引っ張ってみると、そこそこ丈夫だ。ロープ代わりになりそうだし、縛って圧縮できるかな。
「おっと、嵩張るけど潰さない方がいいぜ」
一山を踏みつけたところに声がかけられた。
教えてくれるのはありがたいが、いつも後から言うなよ。
「そうだったそうだった。何も得意そうだからって押し付けただけじゃないぜ!」
本音、漏れてっぞ。
「そうそう、冒険者が無償で仕事なんか請けるもんじゃねえしな」
「こいつらも使い途があるんだよ」
ほう、そうなんだ。
なぜ先にそれを……もういいか。気が抜ける。それに俺もアホだった。
依頼と種類の違う草だし、魔物も倒せないじゃ刈るだけ損になるところだ!
「いやぁまた言い忘れてたっけ? めんごめんご」
なんで死語。
ちらと見ると、慌てて言い繕いながらも仕分けをしてくれた。すだれ草に蜘蛛の巣草と分け、触手草他はひとまとめだ。
この呼び名は適当だけど、まあ大抵のもんが見た目通りの名前がついてるから、あながち遠くもない気がする。さすがに触手草はないか。
「それで、なんに使うんだ」
「この櫛みたいな葉っぱは、敷物に使ってんだとよ。バサバサした枝の方は、細いが束ねりゃ長時間燃える。薪用だな。後は肥料にでもするだろ」
葉っぱは敷物の材料ってことは、い草のゴザみたいなもんだろうか。最近見たなゴザ。ああ、髪切ってもらったときに敷かれていたし、行商人達が敷いていたやつもこれか?
ついまじまじと見たからな。干からびていたが面影はある。
うん、気のせいだった。そんな細部まで思い出せるかよ。
「これも報告すりゃいいのか」
どうカウントするんだろうな。草の束のように指定された分量でまとめるのも、形状的に厳しいし、こんなもの用の量りなんてなさそうだ。マグでチェックするにも、量が足りないか?
「森の外までは運ばなきゃならんが、それは俺らもやるから。畑の外れで農地の倉庫管理人を呼べばいいぞ」
「依頼も欲しい奴で分かれるそうだが、その内訳も管理人がやってくれるから、俺らはギルドに証明書だけ持って行けばいい」
結局、管理人でいいのか。楽でいいけど。意外と農地もギルドに食い込んでね?
狭いからだろうけど、ほんと街全体で回ってるって感じするな。
「ひとまず端に寄せておこうか」
「このでかい葉っぱはこの辺で終わりだけどよ。もうちっとで奥まで通りやすくなるから、そこまで頼むわ」
「了解。あとちょいな!」
「おう! 気合い入れるぜ野郎ども!」
「おぉよ!」
ここまで俺一人で刈ってきたのに、なぜか皆で一斉に刈りだした。
やっぱこいつら、ベタつく葉っぱが嫌なだけだろ!
言われたとおりに刈り進んで間もなく、急に視界が開けた。
森の奥に来たはずが、日差しに反射する光が眩しく目を細める。
光を弾く帯と、せせらぎの音。
「……川?」
緑の草だか藻だかに覆われた川岸は、狭い。
川自体も、俺でも助走つけて全力で飛び越えられるレベルだ。いや、さすがにもっと足腰が強くないと無理です。
それにしても、森と森の間を掻き分けるように流れている、こんな小川とは思わなかったけど。
やっぱ、ここが中ランク場所の川面だよな?
「驚いて声も出ないか。その分だと初めて来たようだな」
ぶんぶんと首を縦に振る。
やべえ、新しい場所ってのはやっぱ嬉しいもんだな!
「狭いけど、水生の魔物がいるよな?」
ここまで来たら特有の魔物がいるだろう。
水生の魔物といえばケロンにヤドカラがうざい魔物筆頭だったはず。
余裕でレベル10超えじゃねえか……。
「心配すんなって、ここの魔物は森の中よりは上だが、こんだけ人数が揃ってるなら楽勝よ」
「うむうむ。ま、お前だけだと危ないけどな」
「あんだと? うっせぇな毎回噛みつきやがって!」
「ぎゃーっ」
でか岩男と、森男の二人が暴れ出した。
どうやらあの二人が中心になって禄でもないことをやらかす担当らしい。
「仲がいいな……」
「ははは! 分かりやすいよな。故郷からずっと一緒らしいからな」
「俺たちも街に来た時期が一緒で、ずっと組んでるけどよ」
ふと、こいつらを見かけたときのことが思い出された。前の下見で声をかけてきたときではなく、ギルドの待合室だろうと思うが、道で通りすがっていてもおかしくはない。
ほんと狭い街だ。住人の構成員は、農地と冒険者で半々って感じだもんな。残りがわずかな商工業ってところか。そんな割合だというのに、この短期間でさえギルドですれ違う奴らをどことなく覚えてきた気がしている。
で、気になったのはそこじゃない。ギルドで見かけた面々を思い返した違和感は、こいつらの人種構成だ。それに、他の奴らは三人パーティーが多いように見えたが、こいつらは四人だ。
「あのさ、変なこと聞いたら悪いんだけど、なんで岩腕族で固まってんだ?」
「えっ、なんでって、なぁ?」
「あ、あぁ、そうか。タロウは人……いや」
えぇ、逆に気遣われてる?
「人族だから? 別に気にしないから教えてくれ」
「おっ、そうか? たんに慣れてない内は、ギルドから組むように言われるんだ」
「低ランクから中ランクの下位は、場所の難度に合わせて人数を増やされるんだよ」
ほう、そんな決まりが。
大枝嬢も受付はしてくれたが、扱いからしてお情けの例外っぽいもんな。
それに、お荷物を他の駆け出しに押し付けるのは危険だろう。俺だって勧めない。
「それに、まだパーティーの役割がどうとか言えるほど、技量がないっていうかな」
「ま、てめぇの戦い方が分かってきたら、追々他の奴らとも組んでいくさ」
意外と、考えてんだな……。
「そうか……なんとなく、依頼先でかち合うのかと思ってた」
「ああ、そういう時もあるぞ」
「他の場所に行こうかってときに別行動になることもあるが、なんとなく行き先も似てくるからなあ」
「まだ低ランクだから行ける場所も多くないし、結局はおんなじ面を見るはめになることばかりよ。むさくるしいったらないぜ」
ふと、クエストボードの内容が思い出された。
貼り出されてある枚数の割に、依頼の種類が多くは思えなかった。
依頼を受けるのは冒険者の自由と言ったって、各ランク者が食っていけるだけの依頼を受けようとすれば、自ずと内容は集中するだろう。
危険は嫌だというやつが増えて討伐数が減っても困るだろうし、逆に特定の採取依頼なんかも面倒だと思う奴が多くなっても困る。
軍のように命令できないが、防衛してほしい討伐箇所へと適正ランク者を割り振るなら? そういった依頼は報酬を上げたり定員数を増やしていた。
なるほど。ギルドの采配なんだろう。
「なあ、そういや花畑は行かないのか。低ランクには広くて戦いやすく、魔物のマグ量もそこそこ美味しいと聞いたんだけど」
注意、俺以外の冒険者にとってはです。
「えぇ花畑? まあ時には向かうけどな。あそこはなぁ登録したら真っ先に派遣されるからよ。行き飽きたっていうかな」
「蜜の採取はやらなきゃならないし、あの作業にイラついてくるっつうか。なにより一番マグ量のあるスリバッチが少ないから、すぐ終わっちまってやる気が出ねえ」
「へぇ、そんなもんか」
なんてこった……本来ならあそこが登録後に真っ先に送られる先だと!?
思わずへこみかけたが暗雲を追い払う。知りたかったのは内容だよ。情報!
フラフィエが言うには、魔技石などの道具を作成するのに必ず必要だが、少量で済むものらしい。俺にはちょっとした時間を埋めるのに、ちょうどいい依頼に思えるが、こいつらは心底面倒臭そうだ。不人気なのを分かっているから、ギルドも初めに送るのかな。
やっぱり、ギルドの采配で回ってんだな。なんとも不思議な気持ちだ。
自己責任で自由に生きているはずが、大きな組織の手のひらの上って感じでさ。
良し悪しは一概に言えないか。そうやって、まとめてくれる人達がいないと、単純脳筋武闘派集団に好き勝手されても恐ろしい気がするし。
しかし俺は、そんな輪からも外れかけというか、ギリギリしがみついてるんだろうなって気がしてきたよ。
いや前向きに考えれば、冒険者として一番の自由を謳歌しているってことだな!
笑いあったり暴れたりしている奴らを、多少の不安と期待感で見守る。俺一人では無理な場所まで来たんだ。できれば新たな魔物が見たいに決まってる!
暢気な奴らをしり目に周囲を見渡した。




