52 :四脚ケダマを降す
ゲーム中レベル7の四脚ケダマは、突進に加えて特殊攻撃に回避がある。
さっきの手応えの軽さは、それだろうか。あいつの方が素早いから、俺の踏み込みでは間に合わないだけかもしれないが。
木々の合間を跳んで渡り、枝を伝って移動する物体を目で追う。
「さあ、仕切り直しと行こうぜ、四脚ケダマ」
なんて茂みに潜んで言っても格好はつかないな。
途中で拾ってきた小石を握りしめると、静かに立ち上がる。
確認できた中で最も手近にいたケダマの視界に入るよう、ゆっくりと進む。足元の枯れ枝がパキッとか軽やかな音を立てているが、俺にNINJYAスキルはないんだ仕方ないだろ気が付かれませんように。
ツタンカメンやヤブリンの例を考えれば、目で見てるのか定かではないが、動物の器官を真似てるなら役割も似たものになるんじゃないか?
それだとケダマは植物になるな……ま、まあ鳥の方だとしても、耳はなさそうだし、音よりも目に頼っているのではないかと思う。
とにかく、あの黒くつぶらな瞳が、獲物を捉えた時に不穏に輝いてこっちを見るのは確かだ。
木の上で余所を向いている、目標のケダマの少し手前で止まり、小石を投げ付けた。本体には届かなかったが、奴のすぐ下の幹に当たった。その物音でか、ケダマがこちらを向く。
耳か、それとも振動で反応かはともかく。
「よし、来い!」
逃げる準備は万端だ!
小声で気合いを入れたと同時に、俺は小走りで来た道を戻り、ケダマはジャンプした。
すぐ追いつかれるだろうが、それでいい!
計画通りのはずだったが、数メートルと走ってないのに追いつかれていた。
「速すぎだろおおっ!」
剣を振り回して追い払うようにしながら逃げる。
背後を見るに他の仲間とは離せたと思うけど、こいつが声でも上げればすぐに追いつかれるだろう。
懸命に距離を保ちつつ走るが、どこまで追って来てくれるだろうか。
出来れば、こいつらが嫌がる結界のラインを探りたいといった目論見もあったんだ。
ほれ、もうちょっと来い。
あっちで静かにお兄ちゃんと二人っきりで鎬を削りあおうな!
「キェ!」
「おい馬鹿、返事はえーよ!」
さっと視線を走らせるが、仲間の姿は見えない。
見えないものの、遠くの枝葉が揺れたような……?
くっ……この辺が限度か。
振り返りざまの勢いでもって、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
だが四脚ケダマは、とっさに剣とは逆の二本足を下げて体を傾け、そのまま斜め上に跳ねて避けた。
渾身の一撃だったはずなのに、剣先は掠っただけだ。
「この! 変態機動しやがって!」
ただのケダマなら、避けたとしても横に転がっていたろうに!
いや、よく見ろ。
掠っただけだが、赤い筋は見えている。
素早さはカピボーなみだが、体はでかいんだ。的としては当てやすい、はずだ。
即座に前に出て何度も切りつけていたが、ぬめっと毛並みを滑るように剣先を逸らされるのを感じられた。
うえっ、やっぱこれが特殊能力の回避かよ……面倒な。
「当たれ、当たりやがれ!」
逸らされるというより、斬りつけたとしても毛の厚さか弾力のせいだかで大した傷がつかない。ただのケダマより随分とタフだ。
この調子ではモグーと戦ったときと同じく、何十と傷をつけてようやく倒せる持久戦になる。あの時は一対一だから、どうにかなっただけだ。
下から斬り上げると、ケダマが後方へ跳んだ。
そこで視線を上げると枝葉の揺れが近付いていた。他の奴らがだ。
地上に意識を戻すと、ケダマは力を溜めるように屈んで飛びかかる位置を吟味しているようだった。跳躍しようとするケダマを牽制すべく、突っ込んで剣を左右に振るが、カサカサとキモイ避け方しやがる。
殻の剣の切れ味はそこまで良くはない。切れ味だけなら、元から持っているナイフの方がある。その分、先端の鋭さを増して殺傷力を上げているのだと思うが。
って、あれ? それでいいんだよ!
剣を引いて両手で掴み腰だめに構えた。
ケダマは隙ありと言わんばかりに、気持ちの悪い動きでぴょこんと跳ねた。
俺の頭に取り付こうと、一直線に飛んでくるケダマ。
今だ――飛んでくるケダマの軌道へと、剣先を突きいれる!
「ケダュゥ……!」
「ぐぅ、おお!」
剣身がケダマの胴体を貫通し、手に重みがのしかかった。
ケダマの背後から煙が噴き上がり、一瞬の後に全体が煙となって消えた。
「オコリュ!」
「ケダャッ!」
安心するのも束の間、援軍の到着だ。
て、撤退いいいっ!
即座に反転し全速力で走ったが、翻るポンチョに一匹が取り付いた。
「ぎゃあ来るな呼んでねえ! また今度にして下さいって!」
「ゴケュゥ!」
振り切るのに肘を振ったら、重い衝撃を受け、叫びが聞こえた。
殻の肘当てもなかなかの攻撃力があるじゃないか!
今の内にと、布を手繰り寄せて悶絶しているケダマに剣を突き刺した。
走っているから煙が後方へと流れていく。今までは移動しながらといっても、そう遠ざかったことはない。
このマグ、カウントされるのか?
されないとしても足を止められない。もったいないが、今はしょうがない。
「くっそ!」
恨めしく横目に追いつつ、俺はしばらく走り続けた。
今度は馬鹿みたいに道標まで逃げ出さず、小走りに移動しながら背後をちょくちょく確認する。奥の森も、中ほどまで戻ったら追撃は止んでいた。やっぱ、あんまり奥からは出たがらないみたいだな。 この辺が、結界ラインか?
立ち止まって、ちょっと休憩。
「ふぅ……手ごわい塊だった」
四脚ケダマのやろう、見た目はケダマの倍程度なのに、強さは倍じゃ済まないだろあれ。一気に押し寄せられたら洒落にならない。
そりゃレベルは7と高いが、これでまだレベル一桁台だぞ。マジかよな。
まぁそれなりに苦労したし、一匹はまともに倒せたと思うし満足しよう。
おまけで二匹目も倒せたのはラッキーだ。
ゲームではレベル1だった二脚ケダマだが、こっちの世界ではさらに下にカピボーが存在する分、感覚的には倍のレベルがあると考えた。
おおざっぱだけどレベル1が2か3くらいに上がったのかなと。
もう無理にそんな換算しなくてもいいんだけどな。相対的に考えれば元のままでいいんだし。
不思議に思ったのは、レベル1と7の差よりも開きを感じたことだ。
同系統の魔物のはずなのに、段階的な上がり方ではない。
強くなり方が極端じゃないか?
強さといっても、腕力値よりは体力と敏捷値が高いようだったが。
「それ書き加えておくか」
特徴を紙束に書き加えると、木々の隙間から空を見上げる。すっかり昼は過ぎていた。
「やべっ、草採りと草刈り!」
戻りがけに、放置していた甲羅を幾つか担ぐと草刈り場へと走った。
南の森がそう広くないのはありがたいことだ。
できれば沼を見てみたかったな。
もうちっと四脚ケダマ対策を考えないとまずいだろう。
よっしゃ、今日は早く寝て、明日は万全の準備で挑もうではないか!




