2.奪還への一手
マールたちがさらわれたときについてのロウガの質問に、フレドはさして考えることもなく、勢いよく言葉を紡ぎ出す。
どうやら彼なりに、それを予想して答えを用意していたようだった。
「オレさ、ちょっとチビたちと外に出てて……で、帰ってきたとき、ちょうど姉ちゃんたちが、傭兵みたいなヤツらに連れて行かれそうになってて……。
……すぐ助けに行きたかったけど、チビたちもいるし、ヘタなことしちゃダメだって思って――隠れて様子を見てたんだ。
そしたら姉ちゃん、馬車に押し込められるとき、オレが近くに居るのに気付いてさ。
声には出さなかったけど、口の動きで伝えてくれたんだ。
――〈礼拝大門〉、山道、それに祭司って3つの言葉。
……うん、見間違いとかじゃない。絶対その3つだった!」
「……上等だ、フレド。
自分で無茶せず我慢したのも良い判断だし、よくやったな」
ロウガは大きな手でくしゃりとフレドの頭を撫で回すと、レオたちを振り返る。
それに対し、先んじて口を開いたのはアスパルだった。
「――南の〈礼拝大門〉、そこに山道、祭司が絡むとなれば……潜伏先は十中八九、〈聖盾の丘〉のディアリス神殿と見て間違いないでしょう」
迷いのない断言。
レオと王もその意見に異を唱える様子がないのを見て、ロウガは一人訝しむ。
「あっちの郊外は、昔からの参拝者の多さに、繋がる外門に〈礼拝大門〉なんて名前が付くぐらい、大小様々な神殿が点在してるはずだろう?
どうしてそこだと言い切れる?」
答えたのはレオだった。
「お前も知っているように、ソフラムを中心とした周辺地域の多くは、〈一なる柱〉だけでなく、それを中心に、様々な形で〈一なる柱〉を支え守るという他の神々も信仰されている。
その度合いの偏りは地方によって様々だが、〈聖柱祭〉を催す王家が、特に〈一なる柱〉を奉る神殿と祭司の後援を担っているように……。
主要な貴族は、代々、自家がいずれかの神の系譜であると証明するために、その神の神殿と祭司を何かと援助してきた。
そして――空の神ディアリスの神殿にその援助を行ってきたのが、当のバシリア家。
……つまり、何かと融通が利くってわけだ」
「そういうことだ。
それに、神殿は我ら王家であろうと、正当な理由がなければおいそれとは手出しが出来ない、文字通りの聖域。
さらった人間を監禁しておくにはうってつけであろうな」
「付け加えれば――」
続けてアスパルが口を開く。
「〈聖盾の丘〉のディアリス神殿は、丘そのものが険峻な地形に囲まれている上に、もともとその地に建っていた堅牢な城砦を改修する形で築かれたものだ。
守るに易く、攻めるにはひたすらに難い」
「ああ、その辺、地理的なことは俺も知ってる……あの、参拝者用の曲がりくねった険しい山道しかねえ神殿だろ。
景色は良さそうだし、いずれは一度参拝してみるのも悪かねえと思ってたが……まさか、こんな形で機会が巡ってくるとはな」
ロウガのその物言いに、アスパルは眉をひそめた。
「その言い草、いかにも姫様の救出に参加するのが当然と考えているようだが……」
「そりゃあな。――と言うか、俺たちがやるしかねえだろ。
地回りみたいなならず者に任せるとなると不安はあるかも知れんが……レオにはほれ、嬢ちゃんを屋敷から連れ出した実績もあることだしな。
まさかこの期に及んで、正規軍を動かせば何とか出来る――なんて、甘っちょろいことを思ってるわけじゃあるまい?」
「ん、む……」
ロウガの反論に、アスパルは言葉を失う。
まったくその通りだったからだ。
先にガイゼリック王が言ったように、一種の聖域となっている神殿に軍を向けるとなれば、それ相応の理由が必要になる。
失踪すら公表していない王女の救出など当然名目に掲げるわけにもいかず、仮に押し通したとしても、軍が迫っているとなれば、マールたちを拘束している側がそれ相応の行動を取る――つまりはより事態を悪化させる可能性が高い。
それに何より、まずそれだけの準備に費やす時間が無いのは明白なのだ。
「その者の申す通りだな」
物静かながら有無を言わせぬ口調で、王がロウガに同意する。
「ロクトールめは、マールを屋敷から人知れず連れ出したのは、奴がマールの出自を調べ始めたのに気づいたわしの、警戒のための行動だと考えておるはず。
――レオ、お前が生きていて、しかもマールを連れ去った張本人だった――などとは、夢にも思っておるまい」
「……つまり、自分たちは行動を警戒されているから派手に動けないが、僕らはそもそも存在からして認知されていないから、秘密裏に事を成すには都合が良いってことだろう?」
「そうだ……わしらにまるで気取られること無く、マールを連れ出したその手腕も認めた上で、な」
言って、王はレオに向かって深く頭を下げた。
「陛下……!」
「この上、さらに息子に難事を押しつけるのも気が咎めるが……どうか、頼む。
わしのためにとは言わぬ。
テオドラのため、マールのため、そしてこの国のため――マールを救い出してやってくれ」
「マール『たち』だ。勘違いするなよ」
厳しい口調で釘を刺して、レオは王に背を向ける。
「2人が連れ去られた責任は僕にもあるんだ。
やるだけのことはやるさ――言われなくてもな」
「……すまぬ――そこのお主も」
「なに。ウチの縄張りで起きたことだ、落とし前はつけなきゃならないんでね」
ロウガは小さく手を振る。
「だが……あの神殿は天然の要害で、道は正面に繋がるものしかない。
その道も、今は事情が事情だけに警戒を厳にしているだろう。正体が知られていないからといって忍び込めるものでもないはずだ。
それに、時間も無い……どうやって侵入するつもりだ?」
アスパルの問いにロウガは、既に考えを巡らせてあったのか……さして間も置かず、何かを思い出すような目をしながら、物見塔、と呟いた。
「……は?」
「確か、あの辺りに今は使われてない立派な物見塔があったはずだろう?
そいつを利用させてもらうさ」
「季節柄、方角的にぴったりな、海からの風も申し分ないしな」
特に言葉は交わしていないが、レオも考えていることは同じだったのだろう。
そんな一言でロウガに同調する。
「……一体、何を……」
「別に知らなくてもいいことだ。
それよりも、アスパル――お前には別にやってもらうことがある」




