13.接触
――目的も果たし、あとは早々にこの場を立ち去るだけのレオたちだったが……しかしだからといって、走り去るわけにもいかない。
正門へと向かう2人の足取りは、これまで通り、振る舞いを意識した慎重なものだった。
広間での鉄箱のお披露目に興味のない者もいるため、屋敷にはまだまだ多くの客が至る所に屯しており……これ以上余計な注意を引かないためにも、殊更目立たないようにする必要があったからだ。
……とはいえ、広間に集まらず、そこでの鍵を巡るささやかな騒ぎを知らないからこそ、屯する客はレオたちを呼び止めるようなことはなく、屋敷を出るのに特に問題は無いと思われた。
しかし――
「……まったく、皇国の残党どもの逆恨みも大概にしてほしいと思わないか?」
数人が集まった若い貴族の側を通り過ぎるとき、ふと聞こえてきたそんな立ち話に――マールが急に足を止める。
「おい、何を――」
何をしてるんだと、一度はマールの手を引くレオだったが……。
マールはよほど気になる話でもあったのか、なかなかその場を動こうとしない。
無理に動かすことも不可能ではないが、それではまた余計な騒ぎになりかねないと、レオは苦虫を噛み潰したような表情を一瞬で消し――しばらくマールの気が済むようにさせることにした。
……アルティナ皇国の残党には、国が滅んだのはソフラム王国の陰謀だと信じている者がいる。
……そんな連中は、王国の様々な場所で報復と称して過激な破壊活動を行っているが、報復などとは建て前で、実際はただの賊と変わらない。
……ただし、さすがにそんな過激派の連中も、〈聖柱祭〉前後となると、他の穏健派の生き残りと同じく集まって祈りでも捧げているのか、大人しくしている――。
そんな、央都では良く取り沙汰される類の話を、マールはじっと聞いていた。
しかしさすがにここで立ち止まっている場合ではないと思い直したのか、ゆっくりと足を動かそうとするものの――そこで新しく話題に上った単語に、今度こそしっかと足を止める。
「――そう言えば、知ってるか?
そのアルティナ戦役のとき、義勇兵とやらが全滅した、アドラ盆地の話」
「ああ……アドラ盆地な。
確か、予定されていたはずのバシリア卿の援軍が遅れて、陛下も危ないところだったっていう……」
「お、おいお前、滅多なこと言うもんじゃないって!
そんな言い方したら、まるでバシリア卿が――」
「……おや、儂がどうかしたかね?」
廊下の横合いから差し挟まれた、低く重いしわがれ声に……若い貴族たちは揃って飛び上がらんばかりになる。
いや――彼らだけではない。レオとマールも同様だった。
口々に言い訳を並べつつ、慌ててその場を立ち去る貴族たちに対し……つい他に気を取られて虚を突かれる形になったレオたちは、さりげなくそこを離れる機会を逸してしまっていた。
さらに折悪く、周囲に他の人間は見えず――自然、老貴族の意識はレオたち2人に向けられる。
「おお、そこの貴公は先程、ナローティに自らの見解を真っ向から主張した……」
ヘタに逃げるような真似をして怪しまれるよりは――と。
先んじて、この会場で使っている偽名を名乗り……レオは恭しく一礼した。
「先刻は、大変お見苦しいところを。
閣下が特に目を掛けておられるナローティ殿の仕事を疑うなど、自らの愚かしさに恥じ入るばかりです。
――なにとぞ、御容赦を」
「なんの、やはり若人はあれぐらいの気骨がなければな」
髭を弄びつつ、貫禄たっぷりに、しかし愛想も良く笑んでいたバシリアだったが、「ところで」と目を細める。
「連れの御婦人は貴公の奥方かな?
どこかで会ったような覚えがあるのだが……」
「……はい。ございます、閣下」
俯き気味な顔を不用意に上げることまではしないものの……しかしあからさまに身を退いたりすることもなく、マールは、レオが助け船を出すより早くそう同意していた。
「夫のもとに嫁ぐ前には、王女ユニア様の側仕えをさせていただいておりましたので。
――閣下とは、その折りに」
堂々とした澱みのない答えとともに一礼するマール。
「ふむ、なるほど。
いやしかし、もっと最近のことであるようにも思ったのだが……?」
首を傾げながら、バシリアはマールの目の前まで近付く。
そうして、その顔を間近で確認しようと、腰を折って覗き込みかけるが――。
「ッ! 閣下、僭越ながら――っ!」
「ふふ、ははははっ!」
レオが、必死に知恵を絞った制止の言葉を口に出すより先に――動作を途中で止めたバシリア自身が、快活に笑いながら身を起こした。
「いや、戯れが過ぎたな、許せ。
……卿よ、それほどに睨まずとも、儂は婦女の顔を無遠慮に覗き込むような不躾な真似はせぬよ。
まして他家の奥方、それもうら若き乙女ともなれば尚更だ」
指摘されて初めて、レオは自分の顔が険しく強張っていることに気付いたのだろう。
表情をほぐし、改めて無礼を詫びる。
「なに、貴公に落ち度は無い。妻を思えばこそのことでもある。
――そなたも、良い夫を持たれたな」
バシリアは機嫌良く鷹揚に頷き、レオに、続いて恥ずかしげに俯いているように見えるマールに、それぞれ声を掛けた。
レオたち2人は揃って礼を述べながら、互いに、自然な形で話を切るには今しかないと思ったのだろう――。
努めて自然に別れの挨拶を済ませ、何事もなかったようにその場を立ち去っていく。
「…………」
若い2人の後ろ姿が、廊下の奥に消えるまで見送ってから――バシリアは、給仕に動き回っている、通りがかりのナローティの家人を呼び止めた。
「ナローティを呼べ、今すぐに。――話がある」




