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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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17.梟との因縁


(……何とか聞こえるな)


 幸いなことに、風も凪いだ静かな夜のためだろう――。

 ロウガほどの聴覚はないレオでも、耳を澄ませば充分に、部屋の中の2人の会話を聞くことが出来た。


 もっとも――。

 気を抜けば、早鐘を鳴らすかのような頭痛に掻き消されそうでもあったが。



 尊大な態度のバシリア卿に、ナローティが追従する……そんな、いかにも貴族とそのお抱え商人らしい会話を交わしながら、2人は部屋の奥に移動する。

 彼らが目指しているのが、あの、レオがこの場での解錠を諦めた奥の鉄箱であることは、ロウガもレオも、見えなくともすぐに察しがついた。


「……ほう、この箱がそうか。

 なるほど、大した厳重さよな」


 しわがれていながらも張りのある威厳を備えた声に、やや早口、高めで、若干耳に障る声が続く。


「はい、先日ようやく完成いたしまして……。

 例の書状は、既にこの中へ移してございます」


「うむ、確認させてもらおう。

 ――鍵は、(ワシ)の物とお主の物が揃わねばならぬのだな?」


「はい。さきほどお渡しした鍵束の……はい、今の時間ですとそちらの鍵をお使い下されば。

 ……では、私めはこちらを」


 やや間を置いてから、再びしわがれた声が、満足そうに告げる。


「……うむ、確かに。

 よかろう、この箱であれば、いかな名うての盗賊でも暴くような真似は出来まい」


「はい、それはもう!

 かの〈黒い雪(ネロ・ネーヴェ)〉であろうとも、この箱には手も足も出ないことは確実でございます……どうぞ、ご安心を」


 2人の足音は、また部屋の中央の方へと戻ってくる。


「……ところで……オルシニとかいう商人の始末は、完全に済んだのであろうな?」


「はい、ご心配には及びません。

 昨夜の内に、本人も家屋敷も、滞り無く」


「そうは言うがな、ナローティ?

 そやつが、独自にアルティナ皇族の生き残りについて調べ、あわよくば我らを出し抜いてゾンネ・パラスに取り入ろうと画策していたこと……。

 もとはと言えば、お主の監督不行届というものであろうが?」


「も、申し訳ございません……!

 で、ですが、今度は抜かりはございませんので……!」


「……まあ、良かろう。

 アスパルめも、そこまでは調べ上げておらぬようだからな」


「そう言えば旦那様、アルダバル卿と言えば……。

 今日の昼間に、アルダバル夫人が当家を訪ねて来られまして」



(……姉上が……?)

 ナローティの言葉に、レオは眉をしかめつつ口の中で呟く。



「知っておる。

 亡きレオノシス殿下の命日に、墓前に捧げる品についての相談であったと……そう聞いているが」


「はい、左様で。

 ……ですが、実のところは夫のアルダバル卿に、私どもの動向を密かに探るよう言われて来たのだ、と――いかにも不満げに、自ら仰っておられましたよ。

 陰謀などあるはずもないのに、いちいち疑ってかかるなど心配症の行き過ぎだとも。

 ……いやはや、かつては『神童』などともてはやされた才女も、地位を捨ててまで色恋の道に走った今では、慧眼も曇り、他の愚かな女と変わりない――そう貴族様方が評される通りのようでございますな」


 愉しそうに笑い声を上げるナローティ。

 ――しかし、バシリア卿の声に同じ気色はない。


「そうかも知れん。……だが、そうではないかも知れん。

 ――考えてみよ。

 お主はあの娘のことを、自ら秘密を暴露する愚者であるかのように言ったが……そもそもその秘密とやら、儂らは既にして重々承知していることでしかないのだぞ?

 あるいは、お主の警戒を解くための演技の1つであったとも考えられよう。

 ――まさかとは思うが、余計なことまで話してはおらんだろうな、ナローティ?」


「そそ、それはもちろんでございます!

 アルダバル夫人におかれましても、なさる話と言えば、レオノシス殿下のご生存の噂など、他愛もない世間話ばかりでして……!」


「……ふむ。かの王子が、実は生きている――などという噂は、確かに無知な宮廷女官どもが良くさえずる類のものではあるが……」


 会話が途切れ、部屋の中をゆっくりと歩き回っているらしい足音がする。

 時折、窓から辛うじて窺える位置に来る老人は、考え事をするように顎髭を触っていた。


「よもや今になって、真実、その可能性がある――などとは申さぬな?」


「め、滅相もございません!

 彼の者どもよりは確かに、『殺した』との報告を受けております……!」



(――――ッ!?)


 ナローティが発したその言葉に、レオは目を剥いた。


 もっと足場がしっかりした場所だったなら部屋に躍り込んでいたのではないか――というほどの勢いで、食い入るように、不安定な状態の体を限界まで窓の側へと近付ける。



「だが、儂もお主も、この目で死体を見たわけではない。

 そしてお主の子飼いの賊どもは、追跡にあたった兵士どもの手により残らず討ち果たされた。

 ……結局、真相は闇の中だ」



 ロウガもまた、ちらりと、窓を挟んで反対側のレオの様子を窺う。

 果たして――夜の闇でも隠しきれないほどに、レオの顔は色を失って強張っていた。


 ……しかし、それも当然と言うべきだろう。


 かつて、自らの運命を大きく狂わせることになった出来事――その元凶かも知れない存在が、思いがけず目の前に現れたとなれば。


「まさか……母上も、こいつらと結んで……?」


 隠れていることも忘れ、小さくとも声に出して呟くレオ。

 一瞬、ロウガはひやりとするが……幸いにも、中の2人は気が付いていないようだった。



「し、しかし、旦那様。

 仮に殿下が彼の者どもの手から逃れていたとしても……王宮に戻っていないのは、紛れもない事実。

 ならば、生き残っていたとて、()()なくさまよううち、狼のエサにでもなったと見るのが適当でございましょう」


「で、あれば良いがな。

 ――もし、だ。

 もし、万が一にも、生存が裏付けられる確かな情報が入ったならば――」


「いかがなさいますか?」


「……捜し出し、殺せ。

 死んだはずの人間なのだ――墓に帰すのが道理というものよ」


「心得ましてございます。その際には、必ず」


「――しかし、だ。まずは……」


 足音が、徐々に大きくなる。

 バシリア卿は――レオたちが脇に潜む、大窓の前へと歩み寄っていた。


 勘付かれたのかと、レオたちの間に緊張が走る――が、バシリア卿はただ夜空を見上げるばかりだった。


「王の隠した、あれの捜索を急がせろ――〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉に間に合うよう、何としてもだ。

 ゾンネ・パラスの必要以上の介入を防ぐためにも……王の求心力を効果的に削るには、すべてをテオドラの背信行為とし、罪に問う必要があるのだぞ。

 ――分かるな?」


「もちろんでございます」



 ……改めて母の名が出たことに、レオはいよいよ今にも部屋に飛び込みそうになるが――。

 堪えろと言わんばかりのロウガの視線と、自らの理性で、何とか激情を抑え込んだ。



 ――その後、いかにも貴族と御用商人らしい商談へと話を変えたバシリア卿たちは、依頼の品が届いたので屋敷に送りがてら運ぶ、というナローティの提案により、連れ立って部屋を出ていった。

 それを見送り……やや時間をおいてから慎重に、レオたちは部屋の中へと戻る。


「……何にせよ、良く堪えたな」


 そう労いながら、レオの肩に手を置くロウガ。

 しかしレオは、それが聞こえていないかのように無言で……未だ名残惜しげに、窓の方から目を離そうとはしなかった。


 いや――実際、聞こえていなかったのだ。今のレオには。


 ……彼とて、自分が王族という立場にいる以上、命を狙われる危険があることは幼い頃から教えられていたし――自覚というほどのものでないにしろ、意識もしていた。

 しかし、そうした謀略が、これまではただ不運だとばかり思っていた自らの受難……その始まりにあたる、人買いによる拉致に直接関わっていたこと。

 そしてその黒幕に、母もまた何らかの繋がりがあるような示唆があったこと――それらの事実は、純粋に彼を驚かせた。


 ただ、今、彼の平常心を著しく乱している要因は……この事実そのものではなかった。


 たとえ、母が彼の排斥に一役買っていたとしても――今の彼にしてみれば、憎いと思う気持ちが上乗せされるだけで、今さら動揺するほどのものではない。


 そうではなく――。


 すべてをテオドラの背信行為とし、罪に問う――。

 バシリア卿の、母を陥れようとするその言葉に彼は衝撃を受け、そして……衝撃を受けた自分にこそ、動揺していたのだ。


 自分を拒絶した母。

 8年間憎み続けてきた母――。


 今さらどうなろうと知ったことではない――いやそれどころか、報いを受けろとさえ思ったこともあるはずなのに。

 なぜ、何らかの謀略によって陥れられようとしているのを知って、こうも心を騒がされるのか――と。


「おい……レオ。おい、大丈夫か?」


「くそったれ……冗談じゃない――!」


 すっかり小さくなっていた固飴かたあめを噛み砕き、レオは窓辺から身を乗り出して外を見下ろす。


 ……折しも、屋敷の玄関前では、横付けされていた豪華な馬車にバシリア卿とナローティが乗り込み――。

 先の2人の話に出ていた荷物を積んだらしい後続の馬車を待って、出立しようとしているところだった。


「――まだだ。奴ら、まだ何か知ってるはず……!」


「何だ? おい、何を――」

「すまんロウガ、援護を頼む!」

「援護って――おい、レオ!」


 ロウガの制止の声を振り切り、レオは月が雲に隠れたその刹那、窓から飛び出した。


 しかし、もと居た部屋は屋敷の3階。

 直接飛び下りるにはさすがに無理があるその高度を……彼は2階の窓から迫り出していた、植木用の小さなベランダの枠に指を引っかけて勢いを殺しつつ、そこから身を振り子状に振って、次は離れた場所にある1階テラスのひさしへと飛び移り――。

 そして最後に、玄関近くの死角になる植え込みの陰に飛び下りて身を隠す。


 その間、時間にして10秒も経っておらず、物音らしい物音も無い――ロウガをして鮮やかと言わざるを得ない、見事な身のこなしだった。


 だが、この先は同じようにはいかない。

 レオのやろうとしていることに察しのついたロウガだが、そのためには、馬車の両脇を固める、角灯(ランタン)を持った護衛の騎士が邪魔になる。


「……ったく、あの馬鹿が……! 勝手に無茶しやがって――!」


 投擲用の棒手裏剣を使えば確実だが……そんなものが場に残れば、自分たちという侵入者の存在を明らかにしてしまう。

 第一、〈黒い雪〉という通り名の真髄は、〈仕事〉の後に同名の詩を残していくからだけでなく……その名の通り、闇に舞う黒い雪のように、見えず、音も無く――そしてそもそも『存在しない』ことにあるのだ。


 そこでロウガが使うことにしたのは、腰の財布から取り出した銅貨だった。

 雲の陰から月が顔を出さない内に、窓から少し身を乗り出した彼は……それを、別の部屋の窓の外に飾られていた植木鉢に向かって、鋭く指で弾き飛ばす。


 もともと、見映えを優先してそれほど安定が良くなかったのか、植木が生長し過ぎていたのか……。

 狙い澄ました銅貨の一撃を受けた植木鉢は、並んだ他の鉢も巻き込んで落下し、暗がりの中、派手な音を立てて砕け散った。


 何事が起こったのかと、その場の人間の注意が一瞬、音のした方へ向けられたのを見計らい――植え込みから飛び出したレオは、馬車の下へと滑り込む。



「……ヘマだけはするなよ……!」



 そのレオの動きを見届けると――。

 苦々しげな舌打ち一つ、ロウガも、そっと窓を閉じ……自分は自分で屋敷から脱け出すべく、部屋を後にするのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ママーーー!!!!(ブワッ)
[一言] お母様、自分がハメられかけてるって気付いてて、息子を守るために「あんたなんか知らないわ」って芝居うってそうですね~。
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