クリスマス・イブ その1
「神の母よ、罪深いわたしたちのために、今も、死を迎える時も祈って下さい。アーメン。」
教会に集まった多くの人たちの前で祈りを捧げ、祈りで静まり返った民衆を背に壇を降りる。
裏手に引っ込むと、お姉さまが笑顔で迎えてくれる。
「さすが、神託の聖女だ。今このとき、救われた人々がどれほど居ようか。」
「大袈裟ですよ。私が一番信仰していないくらいなんですから。」
「そうは言うが、説諭、祈り、全て完璧だった。あれを聖女と呼ばずして誰を聖女と呼べようか。」
「ただ厳しく仕込まれただけですよ。」
クリスマス・イブの朝、私たちは領都の教会にいた。
一応これでも神託の聖女である私だ、信者たちの前で説諭を行い、祈りを捧げる業務がある。
王都からは無理やり離れた手前、どうしても領都での業務からは逃れられなかった。
「来年ももしリシアがここで祈りを捧げることになれば、きっと教会は溢れかえってしまうだろうな。今のうちに教会を大きく建て替えることも視野に入れなければなるまい。」
「私は静かにお姉さまと過ごしたいんですけどね…。」
「だが、さすがに人前に出さず聖女を信者たちから取り上げてしまうわけには行かなくてな…。」
「わかっておりますよ。これでも聖女ですから。私の素晴らしさを理解したお姉さまは普段からもっと私を崇め奉って下さい?」
「普段からもっと大事に離さないよう抱きしめておこう。」
「あ、これダメな奴だ。」
お姉さまがぎゅっと抱きしめた手をはたき、修道服から着替える準備をする。
さすがにこのままではすぐに信者たちに見つかってまともに帰れないだろう。
「何だ、着替えてしまうのか?」
「ええ、このままだと信者の方々に見つかってしまうでしょうし、それにあんまり教会の広告塔になりたくないので。」
「王都の教会の連中が嫌いなのだったな。なのにこんなことをさせてすまなかった。」
「いいんですよ。お姉さまのためなら。私のお陰で色々やりやすくなったんじゃないですか?」
「ああ。こちらの教会勢力も取り込めたし、民衆からもこれからもここに居て欲しいという評価が得られたよ。」
「お姉さまが私をちゃんと活かしてくれるならなんとでも。」
更衣室のカーテンを隔てながら、そんな話をする。
更衣室の前で番をするお姉さまはどんな気持ちだろうか。
「お待たせしました。」
「ああ。このまま帰ってリシアの誕生日とクリスマスを祝うか?」
「せっかくならイブ当日のマーケットを見てから帰りましょう。信者の方々に捕まったら帰る感じで。」
「わかった。そうしよう。」
「では、エスコートしていただけますか?」
お姉さまに手を差し出すと、すっと握り先導してくれる。
私たちは街に繰り出した。
◆ ◇ ◆ ◇
街を歩いてすぐに、私はとある物が目に入る。
良いな。これ。
「お姉さま、ちょっと見ていきましょう?」
「なんだ?」
お姉さまの手を引き、店に入っていく。
「やはり変装が必要だと思うのですよ。」
「ほう。」
私はサンタを模したであろう白く大きな付け髭をつけてみる。
「似合いますか?」
「ははは、なんだそれ。似合ってるぞ?」
お姉さまは腹を抱えて私の顔を見ながら笑う。
この後何をされるか知らずに。
「ではお姉さまも。」
「私もか?」
お姉さまをかがませ、トナカイの角と赤い鼻をつけさせる。
「大きなトナカイですね…でもお似合いですよ?」
「私は変装する必要ないのでは?」
「私だけにさせるんですか?店主さん!このままつけて行くので、お会計お願いします!」
微妙な顔をするお姉さまと、ほほえましいものを見る顔で会計してくださる店主さんの顔を交互に見ながら会計を済まし、店を出る。
「ちょっと恥ずかしいな。」
「今日なら、イブで浮かれた二人程度で見て貰えますよ。」
大きな体を縮こませて歩くトナカイの背中を思いっ切り叩いてあげて伸ばし、私たちはさらにクリスマスイブの街を歩いた。
この世界にキリスト教はなく、他の宗教が存在しますが、クリスマスはほとんど実世界のキリスト教と同じ宗教行事として行われています。




