初めてのお友達
シンシア視点です。
ある週末のこと。私はとある貴族の邸宅を訪ねた。
一度カイト様に従って訪れたことがあり、場所はすぐに解った。
「ごきげんよう。シンシア・ハリスと申します。リシア様に用紙がありお訪ねしました。」
迎えてくれた使用人にそう言付けると時を計ったかのようにその人は現れる。
「シンシア様!ごきげんよう!」
溢れんばかりの笑顔を浮かべ、大きく手を振ってやってくる。
いつだって太陽みたいな人だ。
「リシア様、ごきげんよう。今日は私の為に時間を割いていただきありがとうございます。」 「そんな!気にしないでください。私たちお友達ですから。」
手みやげを渡して、今日の来訪のために時間を空けていただいた礼を述べると、そう返事が返ってくる。
友達。少しむず痒くて、とても温かい響きだ。
「友達…。そうですね。」
「ええ。」
肯定の相づちを返すと、本当に嬉しそうに笑う。
見る人みんなをとろけさせてしまいそうな、そんな笑顔だ。
「それに、私シンシア様にはたっくさん借りがありますから!」
「貸しなど特に心当たりはありませんが。」
「私にはあるんです。だからこれからもいっぱい頼ってくださいね?」
「では私も、どんどん貸して行かなければなりませんね。」
「ええ、私もいっぱいお頼りしますから。」
そんな風に言うリシア様は、全く嫌味がなく、本心から言っているのがわかる。
天性の人たらし、とはこんな人のことを言うのだろう。
「早速厨房の方に行かれますか?それとも少しごゆっくりされます?」
「それでは厨房までご案内いただければと。」
「はい!お任せください!」
私は供を一人伴い、リシア様の案内するままにその後ろをついていく。
「今日はお米を使った料理を教えてもらいたいとのことでしたね?」
「ええ、先日リシア様からいただいたおにぎりという料理が大変美味で。おにぎりや、他にお米を使った料理をご指南ください。」
「では、お米を使った料理のレシピは我が家の料理人からお供の方にご指導するよう申し伝えておきますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
運動会の時に食べたリシア様のおにぎりは、本当に美味しかった。
普段我が家にはお米を食べる文化がなく、料理人にもお米を扱った料理についてノウハウがない。
だが、これを機にそういった料理について我が家の料理人に指南いただけないかとお願いしたところ、快くお受けいただいたのだ。
「それで、なんですけど。シンシア様もよろしければ、私と一緒にお米を炊いておにぎりを作ってみませんか?無理に、とは申しませんが。」
「…本当によろしいのですか?」
「むしろ、貴族女性にこんなご提案をしてご不快ではないか心配しております。」
「いえ、是非ともそうさせていただければと思います。」
どうやらリシア様にご心配をおかけしたようだ。
確かに、貴族女性が自らの手で料理をするということはあまりない。
が、別にそれがどうというのだ。むしろ、リシア様のその料理が好きでやってきたくらいなのだから。
「ふふ、良かったです。私、お友達と家で料理をするのが好きで。」
「レベッカ様も時たま料理をされていますよね?」
「そうなんですよ。何度か一緒にも作りました。」
そこから聞いているだけで解る二人の仲むつまじい様子に少し口内の糖分濃度が上がる。
だがまぁ、仲むつまじいことは良いことだ。
◆ ◇ ◆ ◇
お米を炊く手順をしっかりと口にして説明しながら用意していくリシア様のその手際は目を見張るものがある。
無駄な動き一つなく、一つ一つが理知的だ。
本当に手慣れていらっしゃるのだなと思う。
「おにぎり自体は見目の通り、さほど難しい料理ではないのですよ。ただ、お米の炊き方さえ解れば後は簡単です。」
「なるほど。米を炊くためにはこう言った手順が必要なんですね。」
「ええ。しかし、シンシア様はあまりお米に対して怖がりませんね?」
「どういうことですか?」
「お姉さまもですけど、お米を良く知る前は虫の卵みたいと忌避されることが多くて…。」
「申し訳ありません。私も内心そう思っておりました。」
事実、白い虫の卵の様に見えるのだ。仕方ないことかもしれない。
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。」
「逆にそれで良く食べたり、触ったり出来ましたね?」
「虫の卵ってそこまで怖いものでしょうか…。」
例えば普段私たちが口にするハチミツだって、元々は昆虫由来のものだ。
お米が昆虫由来かもしれないからといって、そこまで忌避する必要があるのだろうか?
「私は虫の卵は食べれませんけどね、きっと。」
「なのにお米を食べる習慣があるというのも、不思議な話ですが。」
「確かに、そう言われるとそうですね?」
なにがきっかけで食べるようになったのが、少し気になったが、リシア様がこれ以上話を広げる気がないようなので、私もそれ以上つっこまない。
「さて、お米を水に浸してから炊きあがるまで一時間ほど掛かりますね。少しのんびりしましょうか。」
「そんなにかかるんですか。でしたらそうしましょう。」
厨房の端にあるテーブルスペースへ案内される。
「ここはお姉さまと料理するときの暇な時間にお茶するために作ったんですよ~。」
「それでこんなところに。」
まさしく二人の為の空間と言った感じだ。
「そんなところにお邪魔していいんですか?」
「まぁ、お姉さま専用というわけではありませんし。」
「知ったら妬かれるのでは?」
「でしょうね。まぁ、ほっときますけど。」
そこにはレベッカ様が妬こうが別に揉め事にはならないという信頼が見え隠れする。
今からお茶を飲むのにいい感じに口が甘くなったと思おう。
「それで、お姉さまなんですが、この度エドワード様との婚約をお断りする方針になりました。」
「やはりですか。遅かれ早かれそうなると。」
「ですね。それで、お姉さまはローエンリンデの正式な当主となるべく努めるそうです。」 「なるほど。現ご当主は既に…?」
「…らしいですね。」
「そうじゃないかと、思っておりました。」
我がハリス家はローエンリンデ公爵家の派閥員であるが、最近はローエンリンデ公爵とお会い出来ていないとお父様が漏らしていらっしゃった。
おそらく、一部の人間はすでに感づいているだろう。
「となると、現在のレベッカ様では少し厳しいかもしれませんね。」
「お姉さまもそうおっしゃってました。軍部閥から反対がある限り当主になれないと。」
「レベッカ様なら全員叩きのめすくらいのことはしそうですね。」
「…それもそうおっしゃってました…」
「本当にやる気でしたか…。」
正直、半年前のレベッカ様ならまずそれも無理だったろう。
私でも解るくらいに、弱っていた。
でも、今ならそれも視野に入る。
「レベッカ様がご当主になられたら、リシア様もローエンリンデに?」
「お恥ずかしながら、そのつもりです。」
少し照れ気味に、幸せそうな顔をする。
本当に仲がよろしいことで。
だが、応援してきた甲斐はあった。
「おめでとうございます。…後はエドワード様のご動向ですか…。」
「この冬は早めにお姉さまの領地に行き手を出しづらくしようかと思っています。」
「それがよろしいかと。」
リシア様に忠告しないといけないことがある。
今更、こんな話はしづらい。だが、言っておくに越したことはない。
重たい口を開く。お友達のために。
「…私がリシア様の課題を捨ててしまったときのお話なんですけど…。」
「なんでしょう?その件なら私もう本当になにも思っていないので。」
「ありがとうございます。その、きっかけは、エドワード様の発言でした。エドワード様は、多くの場所や人の前で、よくこういったことをお話しされていました。リシアの応対について、レベッカと揉めている。どうやら、レベッカはリシアが僕のそばに居るのが気に入らないようで、花見の時の弁当にも手を着けなかった。だが王家としては近寄ってくる神託の聖女を無碍にするわけにも行かず、困っていると。」
「完全な大嘘じゃないですか。」
「ですが、エドワード様は真剣にそうおっしゃってました。私もとあるところで、エドワード様がそうおっしゃっているのを聞いて、なぜか許せない気持ちになって…不思議なんです。今ならきっと同じ状況でも、まずは自分の目で見てから判断するのに、その時は信じてしまった。」
「ああ…なるほど…。」
リシア様は何やら思い当たる節があるようだ。
「あの、何か心当たりが?」
「いや、そう言うわけでは。それより続きをお願いします!」
きっと私には言えないことなのだろう。少し寂しい気はするが、そこも深く追及はしない。
そう思い、話を続けようとすると、リシア様が口を開く。
「いや、それはお友達に少し不義理ですね。…説明は難しいんですけど、私とエドワード様の間には因縁があって、人を不思議な力で動かす力があるんです。きっとそれに引っかかったのだろうなと。」
「そういうことでしたか。リシア様は神託の聖女の力もありますから、そう言ったことも不思議ではありませんね。」
「信じてくれるんですか?」
「お友達の言うことですから。」
私たちは顔を見合わせ、笑いあう。
話してくれて嬉しい。
そうしてリシア様が人の心を動かすのは、今も変わりない。ただそれだけだ。
「それで、リシア様とエドワード様の間を割くべく、あんなことをしでかしてしまったのですが…今思うと、あれはリシア様とレベッカ様の仲を割くのがエドワード様の狙いだったと思います。」
「その頃から、悪意を持って私たちを離そうとしていたと?」
「おそらくは。ですから、これからもなにをしてくるか解りません。もっと酷いような何かを仕掛けてくる可能性もあります。気をつけてください。」
「なるほど…。忠告、ありがとうございます。」
「ええ。リシア様なら、何があってもレベッカ様を信じられると思いますけど、気をつけていただくに越したことはないかと。」
「はい、注意しておきます。」
どうかこのまま、レベッカ様とリシア様が幸福になれますよう。
そこから私たちは他愛のない話で盛り上がった。
◆ ◇ ◆ ◇
「では炊けたお米でおにぎりを握りましょう!」
「はい。」
私はリシア様が取り出した釜の前で手を構える。
「おにぎりを握るときのコツは、食べてほしい人の顔を思い浮かべて握る。それだけです。」
「はい?」
「後は慣れですからね。はい、思い浮かべて?」
そう言われるが私が食べたいだけだ。私の顔を思い浮かべたらいいのか?…どうして、こんなときにカイト様の顔が。私の顔だ、私の顔。
「思い浮かべたら、握っていきましょう。中身は何が好きですか?」
「昆布が美味しかったです。」
「ふふ、それでは昆布と梅干しにしましょうか。どちらも私の贔屓の東洋商人が扱っているので、後で連絡先を教えますね。」
「なぜ梅干しを?」
「いえ、カイト様がお好きだなあと。」
「どうしてそこでカイト様の名前が出てくるんですか!」
再び脳内に蘇ったカイト様の顔を一生懸命かき消す。
「ふふ。どうしてでしょうね。…ああ、そう言えば彼は今日、お姉さまの家でともに鍛錬をされるらしいですよ?きっとお腹を空かせてるかと。私もお姉さまの分を作るので、シンシア様はカイト様の分をお願いしますね!」
ハメられた。リシア様は油断ならない。
でも、どうしてだろうか。お友達とのこういうやり取りも、私は好きだなと思った。
リシアは、あー物語の強制力かと納得していますが、上手くそれを説明出来ていません。
未だにレベッカにも話していない訳なので仕方なくはあるんですが。




