真の幸せ者
レベッカ視点です。
王都に戻り、滞っていたもろもろの業務に目を通す。
基本はローエンリンデ家に何代にもわたって仕えてくれている代官が代わりを務めてくれている。ありがたい限りだ。
ただ、私が目を通さないといけない業務もそれなりにはあって、当主代理としての責務を果たさなければならない。
自分にそう言い聞かせて、書類の山へと向かう。
「シンシアかリシアから手紙は来ていないか?30分前にも聞いた?その前は一時間?…すまない、どうしても気が急いてな。」
私の業務をサポートしてくれる文官たちには多大な迷惑をかけている。
集中力を欠いていることは私自身自覚しているし、何度も手紙が来ていないか聞いてしまう。
「え、サインが違う?リシア・エヴァンスに?…本当にすまない。」
ついには自分の名前のサインに間違えてリシアの名前を書いてしまったほどだ。あの時はいたたまれなかった。
結局、今日本当に必要な書類に絞って渡されそれを済ませたあと、気分転換してきてくださいと執務室を追い出されてしまう羽目になる。
◆ ◇ ◆ ◇
「エヴァンス子爵家によって行くか…。」
王都に戻ってから、リシアの養子先であるエヴァンス子爵家に立ち寄るのは習慣と化してしまっている。
向こうもリシアが王家の庇護で治療を受けている、ということだけしか把握しておらず、訪ねても新たな情報があるわけではない。
「申し訳ありません。リシアは今日も戻っておらず…」
リシアの養父、ニド・エヴァンス子爵が対応してくださる。
身分の差はあれど、私はただリシアが心配なだけなので、毎回対応いただかなくても良いという旨は伝えたのだが、「娘がとても大切にしている方だから」と毎回わざわざ出迎えていただき談笑してくださるのだ。
「娘は、何かにつけてすぐお姉さまが!といつも話しておりました。この前も、お姉さまが好きなハニートーストの追いハチミツとやらを食べれるようになりたい、とハチミツだけを貪る奇行にでまして…」
「全く…私もハチミツをそのまま食べているわけではないのですよ?少し多めに掛けはしますが。」
「心得ておりますとも。娘が言うようにハチミツにハチミツ掛けてるなどということは無いかと。」
リシアの奴は両親にいったい何を吹き込んでいるのか。
帰って来たら厳しく問いたださねばなるまいな。
帰って…来るのだろうか…
「しかし、娘は幸せ者ですね。こんなに良い方に想っていただけるのですから。」
「誤解があるようですが、私はエドワード皇子殿下の婚約者で…。」
「でも、娘はローエンリンデ公爵令嬢のことを想っており、ローエンリンデ公爵令嬢も娘のことを想っておられる。違いますか?」
「…それを否定するわけにはいきません。しかし、肯定してしまうと、それは我が家だけでなくそちらの家にもご迷惑をお掛けすることになる。」
リシアと私が結ばれるということは、ローエンリンデ公爵家だけでなく、エヴァンス子爵家も王家の要請に逆らうことになる可能性が高いのだ。
死罪とならずとも、領地を持たない子爵家なら取り潰しは容易だ。
「実は、あの子がエドワード皇子殿下に狩猟大会で暴力を振るったと王城勤めの息子より聞いたとき、それは覚悟しておりました。聞けば娘の大切な人であり、エドワード皇子殿下の婚約者でもあるローエンリンデ公爵家令嬢をないがしろにし、それに怒ったのだと。」
「そんなこともありましたね。」
狩猟大会でのことは、今もよく覚えている。
私がお姉さまの代わりに怒らなければいけない、という言葉は今も脳裏に蘇る。
「事情を伺ったとき、娘以外の家族で話し合いました。娘は何一つ間違ったことはしていない。戦争にて身一つで家を立てたエヴァンス子爵家らしく、大切なものを守る為に立派に戦ったのだと。だから、娘が咎を受けることがあれば全力で戦おう。家が取り潰しになっても、また曾祖父のように身一つで家を興せばいいじゃないか、と。家族もそれに同意してくれました。」
「エヴァンス子爵殿…。」
「ですので、王家に仕えるものとしてあるまじき発言ではありますが、娘の正しく、やりたいことが王家に逆らうことであれば、私たちは王家とも戦うつもりですよ。」
エヴァンス子爵家は養子の、血のつながりのないリシアを実の娘以上に大切にしてくれている。
その事実に涙が禁じ得ない。
「リシアは…子爵家に想っていただけて、幸せですね。」
「真の幸せ者とは、娘のことかもしれませんなあ。」
リシア、今何をしているんだ?
お前を想って待ってくれる人は、たくさん居るぞ。




