お節作り その2
「さてさて、どんどん行きましょうー。」
「これは田作りか?」
「こっちではごまめと呼びますね。」
私はごまめをフライパンで炒め、砂糖醤油を絡めていく。
お姉さまは甘めの味付けが好きなので砂糖多めで。
炒めあがったごまめをお姉さまの口に入れておく。
「うみゅ、うみゃいな。」
「ボリボリ言いながらしゃべるのやめてもらえます?」
食べながら話すものだからボリボリ言うわ言葉になってないわ。
とりあえず静かに咀嚼させて飲み込ませる。
「美味い!」
「はいはい。」
お姉さまは食べ終わるとにこやかに笑いつつ親指を立てる。
ごまめ一つでオーバーなものだ。
「ではこのごまめの由縁は?」
「田作りって名の通り、よく田を作れるように、だろ?」
「そうなんですよね。だから田作りってあまり呼ばないうちの地方だと入らないこともありますね。」
「美味しいのにな。」
「そういう問題ですかね…。」
ちなみに田作りの名称は、肥料として田に埋められたことから来ている。
どうやらこいつは良い肥料になるらしい。
あっ、確かに美味しい。我ながら美味く作ったものだ。
「さてそちらも出来ました?」
「ああ、見てくれ、完璧だ。」
「良いですね。ではフライパン洗っておくので鍋に入れて火をかけてもらえますか?」
お姉さまに任せたのは昨夜茹でておいたサツマイモのマッシュだ。
まずは裏ごしをかねてざるに入れて押し出すようにして粉砕し、その後ボウルにいれたそれを細かく潰す。
ある程度潰せたら砂糖と塩とみりんを入れ混ぜ、混ざったら水を入れてまた混ぜる。
そうして出来た物を、次はとろ火にかけてゆっくり混ぜてゆく。
だんだんお好み焼きの液みたいな堅さになってくる。
そうすればみりんのアルコールをとばしておしまいだ。
「美味しそうな匂いになってきましたね。」
「味見していい?」
「良いですよ。」
「やった。んむ…熱い!」
「そりゃそのまま口に含めたら熱いでしょうよ。」
私はため息をつきながらお水を差し出すと、お姉さまは必死にお水を飲む。
「熱かった…でも、美味しくできてるぞ?」
「何よりです。ではきんとんの中に甘露煮を突っ込んでもう一分混ぜてくださいな。あ、シロップは切ってくださいね。」
「はーい。」
そうして出来上がったのは、栗きんとんだ。
あの栗きんとんのきんとんはサツマイモから出来ている。
幼少期は栗きんとんと言う名前から栗のきんとんなのだと思っていた。
意外とそう言う人も多いんじゃないかな?
「栗きんとんって、サツマイモ使うんだな。」
「ふふっ…そうですね。」
同じ様なお姉さまのリアクション。
やはりみな考えることは同じか。
「さて、栗きんとんの由縁は?」
「んー…んー…?金運とは聞いたことがある気がする…。」
「そうですね。きんとんって金団って書くそうで。金が集団で来るように、ですね。」
「そもそも金団という字を知らないな…。」
物知りのお姉さまも知らない領域がある。
それが面白い。
私はお姉さまの作業中に粗くすりおろした炒りゴマに醤油とみりんを混ぜ、茹でてあったごぼうを引き揚げ絡めてゆく。
「よっし、たたきごぼうも完成。くわいはそのままでいいし…お姉さま、今まで出来上がった分重箱に詰めて行ってくださいな。」
「任された。」
お姉さまは素直に従って重箱に詰めていく。
その間に私は片付けられるものは片付けてゆく。
後はもう調理が済んでいる物ばかりだからな。
半分くらい片付けが終わったところでお姉さまから声がかかる。
「終わったぞ?」
「では残りも詰めましょうか。」
私はまず三口コンロの奥の口に鎮座する鍋に手を伸ばす。
「お姉さま、黒豆ですよー?」
「んむっ、今日一番美味しい。」
でしょうね。お姉さま好きだと思いました。
私は昨夜から煮ておいた黒豆をお節に入れる分取り分ける。
「残りはタッパに入れて冷蔵庫にしまっておきますから、いつでもどうぞ。」
「すぐ無くなりそうだ…」
「でしょうね。」
でしょうねとしか言いようがない。
「黒豆は?」
「マメな人間になるように、だな!」
「ダジャレは得意なんですね?」
「何だか酷い風評被害を受けた気がするぞ…。」
お姉さまは肩を落として黒豆をお節につめる。
そりゃダジャレぽいかけことばは即答出来たらそうなるでしょうよ。
私は冷蔵庫を開けて残りの物も出してゆく。
「まず、かずのこ。」
私はかつおぶしと醤油とみりんを煮詰めたタレに漬け冷蔵庫に寝かせておいたかずのこを取り出し、お姉さまに渡す。
「子孫繁栄、だな。」
「まぁその子孫の塊を私たちは食べるわけですが…」
「それは言わぬが花、というやつだ。」
私は更に煮物類を冷蔵庫から取り出してゆく。
「そして手綱こんにゃく。」
「これは…なんだろう?」
「手を繋ぐ、夫婦円満って奴ですね。」
「それはたくさん食べないとな?」
お姉さまは軽く私に寄りかかってくる。
「それからサトイモ。」
「くわいもあって、サトイモもある…。でもサトイモは芽がないしな…」
「一つの種芋を埋めるとたくさんの芋が取れるので、子孫繁栄ってやつですね。」
「また子孫繁栄。」
「まぁ大事ですからね。」
お姉さまが微妙な顔になる。
さて、その心持ちはと。
「それからはい、こぶ巻き。」
「よろ昆布!」
「ぶぶー。お姉さまほど昔の人はダジャレ脳ではないです。」
「私がダジャレ脳みたいに言わないでくれるか?」
お姉さまは頬を膨らませる。
「こぶ、子産、ですね。子孫繁栄。」
「子孫繁栄…。」
お姉さまが更に微妙な顔をして背ける。
ちっ、読まれてたか。
でも、逃がしませんよ。
私はそのままお姉さまをキッチンの端に追いつめてゆく。
「子孫繁栄は大事ですね。」
「ソウダナー?」
「なので、私たちも子孫繁栄しちゃいましょっか!」
「待て待て待て、私たちに子孫は出来ないから!」
「わかりませんよー?」
「むしろどうやって子孫繁栄するんだよ、卵と卵だぞ!」
「そこはこう、気合いで?」
「そう言うときだけ根性論やめ…あっ…」
◆ ◇ ◆ ◇
「ということでお節の完成ー、後は焼き鯛は元旦に焼きますので。」
「途中要らぬ行程があった気がするんだけど…」
「むしろ一番重要だったと思いません?」
お姉さまは全力で首を横に振る。
そんなに嫌がらなくても。
「しかし、お節って温かい家族の象徴みたいなイメージがあってな。」
「そうなんですか?」
「ああ。施設くらい人間がいるとたくさんのメニューを少ない量で、というのはあまり向かないからそもそもお節が出なかったのもあるが…こうして色んな願いが籠もった物を何人かで正月にわいわい食べる、というのはまさしく温かい家族、じゃないか。」
「なるほど…。」
「だからこう、なんだろう…これは、“私の“家族のお節なんだな、と思うとじーんと来る物があってな…。」
「ふふ、良いじゃないですか。」
私は感慨深そうにお節を眺めるお姉さまを見てすすと歩み寄りくっつく。
「来年も、そのまた来年も。ずっとずっとこうしてお節を作りましょうか。多少面倒でも、手作りで。」
「…うん、そうしよう。」
お姉さまは嬉しそうにはにかむ。
私はそっとお姉さまの手を握って並んだお節を眺めた。
由来は諸説あります。
書いた後で調べたら昆布をよろ昆布と言うのはあながち間違いではないそうなので、麗香さんには謝っておきます。




