年末のあれこれ その7
「はむっ。んー、美味いな。」
「見てるだけでお腹いっぱいですね…。」
お姉さまはスパムとトウモロコシの炊き込み御飯の後は、焼き鳥缶とシーチキン缶を開けパンで挟みホットサンドにして食べている。
私はさすがにお腹いっぱいで、美味しそうに食べるお姉さまを眺めている。
「焼き鳥のタレが良くパンに合うぞ?ちょっとだけ摘まんでみないか?」
お姉さまはホットサンドをすっと差し出す。
もう限界で入らない、ほどではないので私は素直にそれにかじり付く。
「んむっ。美味しいですね?」
「だろう?なかなかの当たりだ。」
お姉さまはニカッと歯を見せて笑う。
その歯に焼き鳥のタレが少し着いていなければ格好良かったのにな、なんて思いつつもそんなところも好きだな、なんて思ってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇
お姉さまが直火で沸かしたケトルからお湯を注ぐとコーヒーのいい匂いが鼻孔をくすぐる。
いつもと同じドリップバッグコーヒーにも関わらずどうしてこうも良い香りがするのだろうか?
不思議だ。
「やはりキャンプといえばコーヒーだからな。」
「これ、キャンプだったんですか?」
キャンプの定義とは、と聞かれると私もこれといって明言は出来ないがかといってこれをキャンプなのかと聞かれるとうーんとなる。
「良いんだよ、私たちがキャンプ道具を使って楽しめば全部キャンプだ。」
「それ、その部屋でこのケトルを使ってお湯を沸かしてもキャンプになりません?」
「ああ、これ実はケトルじゃないんだよ、パーコレーターって言うんだ。ケトルみたいなものだけどな。」
「そうなんですか?」
パーコレーターとは。ケトルと何が違うのか。
「こいつ、この付属の蓋に挽いた豆を入れて沸かすとコーヒーが作れるんだよ。今日はドリップバッグだったから使わなかったけどな。」
「へぇ。どういう仕組みなんでしょう?」
「この真ん中の筒からお湯が汲み上げられて下に落ちて循環するんだ。」
「なるほど。挽いた豆はここで引っかかるから上からお湯がかかり続けるわけですね。」
「そうなるな。」
面白い。直火で対流が起こるからならではの構造だ。
「今度はこれでコーヒー作ってみたいですね。」
「良いぞ。またベランダキャンプやろう。」
「それも良いですが、またキャンプも連れて行ってくださいよ。今度は泊まりで。」
「懐かしいな。あの時君を無事に帰せて本当に良かったよ。」
お姉さまは当時を懐かしむようにそう語る。
流され助けられたとき、暗い夜をともに過ごしたとき、翌朝おぶさってキャンプ場まで戻ったとき。
ずっと私はお姉さまのことを頼もしく感じ、安心感すら与えてくれた。
思えば自覚無きあの時から、今日のこの日までずっと思いは繋がってきたのかもしれない。
「次も助けてくれますよね?」
「そもそも危ない目に遭って欲しくないんだが?」
「夜、お姉さまに抱きしめてあやしてもらえるならそれもいいかなって。」
「…今も毎晩だろ。」
「ふふ、知りませーん。」
今もずっと、夜お姉さまが背を抱きしめてくれることが日々の不安やあれこれを全て吹き飛ばしてくれる。
感謝はしてますよ。
「まぁでもこうして、私の話を聞いたり興味を持って、さらには合わせてくれることが本当に嬉しい。……別に無理に合わせる必要はないからな?」
「私が嫌いな物を無理に合わせるタイプだと思います?」
家の事情や雰囲気に合わせるのが嫌で飛び出してきた人間だぞ。
「全部全部合わせてもらって、そうじゃないかと不安になる。」
「はぁー、お姉さま、わかってませんね。」
「うん?」
不思議そうな顔で首を傾げるお姉さま。
私は立ち上がるとその唇めがけて口づけする。
「私がただ、お姉さまのことを全部好きなだけですよ。」
「今日はいつもよりずっと情熱的だな?」
「ご褒美あげたりないなと思ったので。」
ベランダキャンプはお姉さまのご褒美というより私も楽しいイベントだ。
これくらいしてあげても良いだろう。
「来年もいろいろしましょうね。また遊園地も連れて行って欲しいんですよ。」
「遊園地は…お手柔らかに…」
「後、天体観測もやってみたいと思ってて。ほらトレーラーハウスで星見て楽しいなって思ったんですよ。」
私はタープの先から見える星空を見上げる。
街中だから、あの時ほどたくさんは見えない。
それでも見える星を見て、私は指さす。
「あの星、なんて言うんですか?」
「ああ、あれはな…」
ロマンティックとは言えない街中のベランダで、二人肩を並べて空を眺めた。




