何もしない日 その3
「…すっかり夕方だな。」
「お腹、空いてきません?」
私はお姉さまに抱きかかえられて、西日の差し込む室内のコタツでのんびりと二人きりの時間を過ごす。
まだ普段の夕食の時間には少し早いが、昼前にブランチを取った関係上ちょっぴりお腹が空いてきた。
「何か作ろうか?」
「良いんですか?」
「リシアに怒られたばかりだし、少しは機嫌を取っておかなければな。」
お姉さまは機嫌よく立ち上がってキッチンへ向かう。
あれ、でも、確か。
私はとある事を思い出し、よっこらしょと起き上がって追いかける。
キッチンを覗くと、案の定お姉さまが冷蔵庫を眺めながら難しい顔をしている。
「そういえば、今日買い物に行く予定でしたね…。」
「うん。何も無いな…。」
今日は1日暇だし、お姉さまもいるし、重たい物もたくさん買えるなと昨夜思っていたのを完全に忘れていた。
全部使い切るぜ!なんて思って食材空っぽにしたことが今更悔やまれる。
もはや卵すらない。
「買い物…行きますか…?」
「今日は1日家でゆっくりするつもりだったのもあって、気が乗らないな…」
「ですよねぇ…。」
もう全く家から出る気が起こらない。
服も最低限だし、顔はすっぴんだ。
ここから出かける用意はちょっとしたくない。
「…本当にろくでもないメニューでも大丈夫か?」
「何作る気なんです?」
「私と龍斗が深夜に食べるのに開発した、白ご飯にマヨと醤油と一味を混ぜた物だ。」
「それ、よく紫杏さんに怒られませんでしたね?」
「いや、怒られるからこっそり、な。美味いんだあれが。」
まぁ、そうだろうな。
私も調味料、特にマヨなんかをご飯に掛けるのには微妙に抵抗がある。
お姉さまと龍斗さんはそこらへんの感覚が割と緩そうだが、間違い無く紫杏さんは私寄りだ。
「まぁ、お姉さまが言うならそれで…。」
「ふふふ、後悔はさせないさ。」
抵抗があるとはいえ、他に何か作れる物があるかというと。
二食連続トーストというのもちょっと。
ここは素直にお姉さまに従っておく。
相互理解も大切だ。
「よーし、じゃあ米2合半炊いちゃうぞー。」
「よく食べますね…。」
「私と龍斗だと三合ぺろりだ。食べ過ぎて紫杏とは別に園長に叱られるところだったよ。」
お姉さまは愉快そうに笑う。
「米が炊き上がるのを待つ以外、何も調理することなどないしな。のんびり待つか。」
「最近流行りの3分間アニメでも見てます?ハムスターが飛行機になるってアニメなんですけど、妙な中毒性があるそうです。」
「はは、何だそれは。逆に気になるな。」
◆ ◇ ◆ ◇
「お姉さま、心なしか顔がハムスターになってません…?」
「リシアこそ、驚いた時のハムスターの顔になってるぞ。」
妙な中毒性のあるハムスター系アニメを一挙12話全部見た私たちは、二週目に入る前に炊飯器の音で正気を取り戻し、食卓に座る。
「ということで。これがその例のブツだ。」
「もうすでに掛けちゃいけない見た目していますね…」
黄色のぼろっとしたかけらとに黒い液体と赤色が浮いている。
「まぁまぁまぁ、掛けてみたら美味いから。嫌なら良いが。」
「…他に食べる物もありませんしね。」
私はとりあえずその一部を慎重にかけてゆく。
お姉さまはもうガバッと全部かけて、陽気に混ぜている。
そのまま一部分を軽く混ぜて、口に運ぶ。
「んっ…。」
「どうだ?」
「…思ってるより、全然いけますね…。」
「そうだろう?」
まぁ、思えば地元じゃソースとマヨたっぷりのお好み焼きをご飯に乗っけて食うのだ。
お好み焼き要素がなくなって、醤油になった…とも思えなくはない。
何なら玉子掛けご飯より味が濃い分ジャンキーさがでている。
「ただ、これ…」
「何だ?」
「絶対カロリー高いですよね…。」
カロリーの爆弾みたいな味がする。
むしろ、この味がカロリーの味なのではという気すらしてくる。
「まぁ、一杯500キロカロリーはあるかもしれないな。」
わぁ、ウォーキング四時間分…。
今日一歩も外を出ていない私が食べて良い代物ではない。
私が遠い目をしていると、お姉さまはニヤリと笑う。
「明日は大掃除に買いだしといこう。やることが満載だ。」
「だから、今日は食べても良い、と。」
「うむ。そういうことだな。」
その日のカロリー、その日のうちに。
お姉さまの発言は詭弁だとよくわかっている…のだが。
「そうですね!明日動けば良いんですね!」
「そうだ、今日はこの限界飯を楽しもう!おかわりはいるか?」
「あ、さすがに結構です。」
「…そうか。」
私たちの何もしない1日はこうして更けていった。




