盤外戦術
「何か大きい袋持ち帰ってきたな?」
「バイト先から将棋セットもらってきたんですけど、お姉さま将棋出来ます?」
ある日。バイト先で要らなくなった将棋セットを持って帰ってきた。
将棋は好きだ。
実家でお客様の相手をさせられることもあって少し打てるようになった。
真剣に相手することを望む方が多く、なにも考えず真剣に将棋にのめり込める時間は憂鬱なお客様の相手の時間でも唯一好きな時間だった。
使わないから破棄されそうになっていた将棋盤を見て、お姉さまとやれたらなと持ち帰ってきたわけだが…よくよく思えば、お姉さまが出来るとは限らない。
「おお、施設に置かれてたから昔は龍斗や紫杏なんかとよくやったぞ。」
「それは良かった。後でやりましょう。」
お姉さまはさらっと私の手から将棋セットをもぎ取る。
別にこれぐらい重くないんですがね。
「しかし、何故また。」
「面談なんかのときの順番待ちの時にお客様を待たすところにいくつか暇つぶしを置いてたらしいのですが、現状待たすほど過密にスケジュールを組まないし要らないなってなったそうです。」
「なるほどなぁ。」
お姉さまはそのまま私の横を歩きこたつに将棋セットを置く。
私はその間に着替えなどを済ませておく。
今すぐやりたいところだが、さすがに夕食が先か。
「リシア、夕食は将棋しながら片手間で食べれるものにしない?」
「良いですね。おにぎりにでもしましょうか。」
どうやらお姉さまも気持ちは一緒だったみたい。
あらかじめこの時間に炊きあがるようにしていた米を使っておにぎりを作り、大皿に乗せてこたつへ持ってゆく。
「さぁ、やろうか!」
「…いやおかしいでしょ。」
一旦お姉さまの導くがままに膝間に座ってみたが、当然向かい合う形ではなく同じ向きだ。
これで将棋が打てるか。
お姉さまの膝をぺしりと叩き、私は立ち上がって対面に座る。
「将棋はそこそこ自信があるぞ?」
「奇遇ですね。私もです。」
二人ニヤリとにらみ合う。
「なら、賭けでもしようか?」
「良いですね。何を賭けます?」
「んー、そうだな。じゃあ、その場で実行出来るものに限り何でも一つ言うことを聞く、でどうだ。」
「なるほど。」
それならお姉さまに新たな筋トレグッズを置かれることもない。
もっとも、負けはしないが。
「ではそれで。先手はどうします?」
「じゃんけんで良いだろ。」
最初はグー。じゃんけんぽん。
私の勝ちのようだ、先手いただきます。
最初は軽く、定石通りに。
サクサクと手が進んでゆく。
「んー。お姉さま、本当に将棋がお得意そうですね。」
「リシアこそ。」
私が打った定石を、お姉さまはそのまま定石通り返してくる。
空手の型のごとく、決まった動きを疎通しながら作り上げていくのはなかなか楽しい。
だが、このまま行くのも癪だな。
ちょっと崩してみようか。
「ん?」
「どうぞ。」
お姉さまは崩れた展開を見て少し考え込む。
私はその間におにぎりを食べる。
ん。おいしい。
「じゃあ、こうかな?」
「ふーん?」
ここから先は型ではなく私たちの作る領域。
お姉さまとのコミュニケーションだ。
「お姉さま。」
「うん?」
「楽しいですね。」
「楽しいな。」
どんどん手が進んでゆく。
お姉さまの打ち筋はシンプルで堅実。
タダでは駒をやらず、最低限しっかり交換してくる。
無難な囲いを作り、一歩一歩にじるように攻めてくる。
「お姉さまらしいですね。」
「リシアが意外と性格が悪いなと思ったよ。」
そんな堅実な打ち筋に、お姉さまらしさを感じる。
天才肌で破天荒。なんでも出来るように見えるが、その実努力の人だ。
人より数倍努力を難なくこなし、見えるところではそれを見せない。
私はともに歩いてきてそれをよく知っている。
だから、この堅実なスタイルも努力の積み重ねとその性格から来たものだ。
そんな打ち筋が愛おしく見える。
「ですが、そうされるのが一番鬱陶しいですねっと!」
「リシアに翻弄されるのには慣れてしまったからな。」
私が如何に揺さぶり崩そうとしても、それに乗ってこない。
時間制限も決めなかった為、一手一手じっくりと考え慌てず返してくる。
考え込むその顔も端整で美しい--
「リシア?」
「あ、はい!」
「君の番だぞ?」
「え!?」
いつの間にか見とれていた私は気がそれてしまっていた。
「…今、どの駒を動かしましたか…?」
「この桂馬だな。」
「ありがとうございます。」
全然次の手を考えていなかった。
お姉さまのせいだ。
私は長考を重ね、やっと一手繰り出す。
ちょっとやり返してやりましょうかね。
「お、おい。」
「ごめんなさい、足が当たっちゃいましたね。」
こたつに突っ込んであるお姉さまの足の裏を私の足の親指でつつとなぞってやると、お姉さまが慌てて足を引っ込める。
「盤外戦術とかズルいぞ?」
「最初に仕掛けてきたのはお姉さまなんですけどねー?」
「何もしていないが?」
「してたんですぅー。」
そんな口喧嘩をしている時間も、なんだかとても楽しく感じられた。




