□□side
病室で眠ったままのお姉さまの手を握り、静かに祈る。
神様、どうか麗香さんを助けてください。
そうしていつものように祈るが、何だか今日は手が冷たい気がする。
途中でとあることに気づいた私は、すぐさま脈をはかる。
…脈がない。呼吸も。
私は急ぎナースコールを押し、心臓マッサージを始める。
いかないで。私を置いていかないで。
お願いだから。お姉さま。
ガタンッ
電車が大きく揺れて目覚める。
いつもの夢か。どうやら寝てしまっていたようだ。
今は…良かった、まだ寝過ごしてはいないようだ。
最近はよく寝過ごしてしまうので、ここからは起きて帰らないと。
通勤ラッシュもとうに過ぎて、人もまばらになった電車内で一人立ち上がり、つり革を持つ。
明日は何を作って持って行こう。
お姉さまの好みだと、麻婆豆腐とかかなあ。
うーん、持って行くのが大変だ。
…とりあえず、スーパーに寄ってから考えよう。
明日は食べてくれると良いな。
◆ ◇ ◆ ◇
龍斗さんも紫杏さんも優しくしてくれる。
それが本当にありがたい。
麗香さんは頭を打ってアホになった、治るまではこらえてやってくれ。
龍斗さんの言だが、紫杏さんも同じようなことを。
最近のお姉さまは冷たい。そのことを言っているのだろう。
でも、良いんだ。お姉さまはそれでも私を恋人の立場から下ろしはしない。
それだけで、お姉さまのそばにいてられる。
もう二度と、失うようなことがないように。
私は出来るだけお姉さまのそばにいたい。
それが私の幸せだ。
◆ ◇ ◆ ◇
目の前が真っ暗になる。
ついに、私は別れを告げられて。
お姉さまの恋人という立場を失ってしまった。
家まで、どうやって帰ってきたのかもわからない。
ああ、明日のお弁当は――そっか、もう私がお姉さまの元に訪れる理由なんてないんだ。
お弁当の支度をしようと起き上がった私だが、また崩れ落ちて地に伏す。
私はまたあなたを失って。もうどうすればいいか解らない。
翌朝なんてもう来なければ良いのに。
そんなことを思いながら私はそのまま眠りについた。
翌朝、祈りもむなしく目覚めた私は、鏡台で落としてなかったメイクを落とそうと何とか起きあがる。
…酷い顔。疲れがたまっていたのか、どうしようもないくらい酷い顔だ。
こんな顔では、ふられても仕方ない。
メイクを落とした私は、何もする気になれなくてそのままベッドまでのろのろと歩き、倒れ伏す。
そうして横になったまま、スマホを開いて通知をみる。
紫杏さんからだ。
『数日リフレッシュしてからまたお出でなさい。私のおすすめのヘアサロンとエステを紹介するから、良かったらそこでバッチリ決めてからおいで。』
また行く?どこへ?
私がまたお姉さまの病室に行って良いんだろうか。
…うん、ダメとは言われていないな。
そうか、そっか。
また、一から惚れ直して貰えればいいんだ。
惚れてもらえなくても、ただそばに居る理由さえもらえれば。
そのために、私はがんばらないといけない。
とりあえず、もう一度寝よう。
まずはしっかり睡眠を取って。
起きたら、紹介されたところへ行ってこよう。
◆ ◇ ◆ ◇
「私って解らないくらい変えてください!」
今の私が好みでないというなら、全く違う私になるところから。
そう思って、そんな言葉を口にしながら紹介された美容サロンを全てハシゴして。
普段とは全然違った私が鏡の中にいる。
明日は、会いに行こう。
思いの丈をぶつけて、またそばに居させてもらえるように。
また、魅力的だなと思ってもらえるように。
ありとあらゆることをしよう。
私は今まで集めたグッズ類を売って得たお金を封筒に入れる。
こんなことしか、思いつかないけど。
◆ ◇ ◆ ◇
好き、好き、好き、好き。
ただそれだけが頭いっぱいになりながら、お姉さまと口付けする。
何だかお姉さまは少し余裕があって。
口付けしながら目を開くと、暖かい眼差しでこちらを見てくるのがちょっぴり悔しくて。
私でいっぱいにしてやりたくて、また想いをぶつけながらキスを続ける。
好き。好き。好き。
あなたはもう全て私のものだ。
好き。好き。好き。好き!
私もお姉さまもくっついてしまったのではないかというくらい長いファーストキスを済ませた私は、その想いの半分も伝わってないのではないかと思って口を開く。
「…ふぅ。難しい、ですね?」
もっと、想いを伝えたいのに。
「これからいくらでも練習したらいい。もうずっと君のものだって、約束する。」
「当たり前です、手放しませんよ?」
想いが全部伝わるまで。いや、伝わっても。
あなたはもう、私のものだ。
◆ ◇ ◆ ◇
一歩、また一歩。
お姉さまはこちらに向けて歩いてくる。
時折こけそうになりながら、それでも耐えて一生懸命歩いてくる。
駆け寄って支えたくなるのを我慢して、少し涙が出そうになるのを我慢して。
ただ私はお姉さまを待つ。
そうして待っていると、お姉さまはちゃんと自分の足で帰ってきて。
私の元に来ると、倒れ込むように私を抱き締める。
それをしっかり受け止める。
事故の直後、お姉さまは私の名を呼びながら体を引きずって動いていたそうだ。
その時の話を思い出す。
やっと帰ってこれましたね。
涙がまたぶわっと出てきそうになるのを必死にこらえて、にこにこ笑うお姉さまと顔を見合わせ、私も笑った。
◆ ◇ ◆ ◇
そうして、ついにお姉さまは退院することになって。
しばらくの間、私の部屋に居候する事になった。
私がお姉さまの部屋に居候する事も考えたのだが、まだしばらくお姉さまは大学には通えなさそうなので、それなら私が大学に行きやすい方がいい。
…でも、二人だと手狭だから。これからを考えたら、いつか引っ越したいな。
「立てますか?」
「ああ、ありがとう。」
タクシーからお姉さまを引っ張り出し、補助するように腕を組んで歩く。
部屋の前にたどり着く。
ついに。
少しまた泣きそうになってしまう。
涙腺が脆くなった。
私は誤魔化すためにドアを開けお姉さまを先に招くと、ドアの裏で涙を拭って入る。
「手すり、作ったのか?」
「ええ。うちの玄関ちょっと段差があるでしょう?」
数日前つけた手すりにお姉さまは反応する。
お姉さまが帰って来やすいように。
こけたりしないように。
「まぁ、今の治り具合ならすぐに要らなくなると思いますけど。」
「それでも嬉しい。ありがとう。」
ああ、そうだ。
私がお姉さまの為に何かをすると、必ずめざとく拾ってこうして礼を言ってくれる。
私はあなたのそんなところも大好きで。
ひさびさの感覚に思わず感極まる。
本当は、もっとムードを作って。
帰ってこなかったあの日の続きをしたかったんだけど。
もう、我慢できそうになくて。
「お姉さま。」
「なんだ?」
「ちょっとそちらに座ってもらえますか。」
「ん?」
「お姉さま。」
私は呑気に座ってこちらを見るお姉さまをギュッと抱き寄せると、キスをする。
約束したファーストキスではないけれど、それはあなたにあげたので許して欲しい。
好き。好き。好き。好き。好き!
あなたの全てが欲しい。あなたになりたい。
いっぱい、いっぱい想いをぶつけるようにまたキスをする。
やっぱりあなたは余裕があって。
それがやっぱり私にはちょっぴり悔しくて。
だから鼻の呼吸だけじゃしんどくなるくらい、長く熱烈に。
キスをするのだ。
「おかえりなさい。お姉さま。」
「ただいま。」
またそう言い合えたことが幸せだ。
本当はすぐ昼ご飯にあの日食べれなかったハンバーグを作るつもりだった。
「お昼ご飯、ハンバーグにしようと思うんですが…」
「うん。」
「その前にもう一度。」
これにて二部四章「君の全てを」完結となります。
四章では、一度麗香を失いかけた□□が、己の気持ちを強め、再度失いかける最中でその気持ちを全面に発揮し、「君の全てを」欲しい!となるまでを描かせてもらいました。
小説には山あり谷あり、キスから始まるラブストーリーは三秒で終わるなんて言いますが、個人的に辛い展開はこちらも書くのが辛いです。
特に麗香が□□に辛く当たるというのは私としても二人に本当に申し訳なくて何度も筆を置いては頭を抱えてました。
大怪我を負って失意の麗香と、それでも献身的に麗香を支える□□、という構図自体は書き始め当初からあったんですが、内容自体はかなり変化していて、これも筆を重ねるにつれ私の彼女らへの理解が深まったおかげかなあと思います。
さて、最終章となる五章では、ここまで頑張った二人へのご褒美のような、とあるお正月編までの甘々な二人のお話を書く予定です。
もちろん温泉もありますよ。
プチ二部と銘打った本編も、ついに96話目と正月編含めば100話を越えるプチ笑な量となりました。
自分はキャラメイクがあまり得意ではなくて、そこに居る必要のないキャラを作るくらいなら話を構成する二人で良いとなってしまう性質なのですが、今回もシンシアとカイトに近いポジションのキャラは用意したいと作った紫杏と龍斗。
二人も二部で良い動きをしてくれて、二人に出会えたのも二部を書いたならではだなあと。
こちらの話ももう少し掘り下げたいところですね。
そんな二部を書くモチベーションになっているのも、重ね重ねにはなりますが、日々いいねをいただける方、ブックマークや評価をくれた方、そしてこの作品を読んでいただける読者の皆様です。
これからも共に二人の歩みを見守っていただければ幸いです。




