目覚めて
麗香視点です。
ある日、目覚めるとそこは知らない場所で。
涙を目いっぱいに湛えたリシアが私を覗き込んでいる。
泣かないで。リシアの涙を拭おうと手を伸ばすが何故か手が上手く動かせない。
そうこうしているうちにリシアがどこかに人を呼びにいこうとする。
引き留めようとするが、喉が枯れていて声がでない。
「□□ちゃん、ナースコール。私が一応人を呼んでくるから、□□ちゃんは麗ちゃんのそばに居てあげて。」
少し遠くから紫杏の声が聞こえてくる。
声の出ない私は、頷いて意思表示しようとするが、それすらもまともに出来ず困惑する。
だがどうやら伝わったようで、リシアが涙目のままクスりと笑う。
しかし、どうしたことだろう、私の体は全くと言って良いくらいに動かない。
『どうされました?』
『患者が目覚めました。』
『わかりました!今から担当の先生と伺います!…良かったですね!』
そんなやり取りをナースコールでしたリシアは、そのままこちらに振り向くと笑いかける。
「お姉さま、何があったか覚えてらっしゃいますか?」
いや、全く。リシアが愛おしいということしか思い出せない。
そんな冗談を飛ばそうとするが、やはり声は出なくて。
リシアの目をただ見つめる。
リシアは私の頬に手を当てると、静かに話し始める。
「お姉さまは撮影からの帰り道、転んだバイクの運転手を助けようと無理をして崖から落ちたんです。で、今は病院というわけですね。」
なるほど。それは心配をかけたようだ。
「本当に…本当に、心配したんですからね…!あなたが私を置いていったら、私は絶対に着いて行ってやるなんて、覚悟まで決めて…!」
リシアはひしと私に抱きつくが、不思議とそれが肌で感じられない。
しかし、着いて…行く?
なんだか物騒なことを。
もしかして、私は。
そう思考しているとノックの音が聞こえてくる。
「…どうやら、先生が来たみたいです。お姉さま二週間も寝てたんですから、検査検査だと思いますよ。覚悟してくださいね?」
待て、二週間?
やはり私は、生死の境を彷徨っていたのではないか?
そう問おうとするもやはり乾いた喉では発声も上手くゆかず。
そうこうしてる間に私は多くの医療スタッフに囲まれて。
良かったですねと何度も声をかけられるリシアを横目に私は検査室へと運ばれていった。
◆ ◇ ◆ ◇
それから私は飽きるほど様々な検査を受けて。
紫杏といつの間にかやってきていた龍斗の横に寝かされるようにして医者から説明を受ける。
「どうやら、事故の後遺症で右半身が麻痺されているようですね。」
「治るんですか?」
「まだ何とも。外傷が完全に治ったらリハビリの先生とご相談されながらになりますかね。」
「言葉も話せていないみたいですが…」
「言語障害の方はないようです。長い時間寝たきりでいらっしゃったので声が出ないだけで、少しすれば自然に話せるようになるかと思われます。」
医者がそう淡々と説明するのを、私はただ聞いている。
まだ上手く話せない私は、これからどうなるのだろうという不安を頭の中でぐるぐるさせる。
「ひとまずは先ほど述べたとおりゆっくり外傷を治すところからです。あれほどの状態から立ち直ったのですから、まずは焦らず、ですね。」
「わかりました。」
その他細々した話を紫杏たちは重ねて席を立つ。
どうやら、また私は部屋に戻されるようだ。
「良かったわね、麗ちゃん。あなた死ぬところだったのよ?」
「これに懲りたら二度とそういう無茶はしないことだな。」
二人は搬送される私のベッドの横を歩きながらそう声をかける。
その声の端々から暖かさがにじむ。
「それから。ちゃんと話せるようになったら□□ちゃんにしっかり謝るのよ?」
「おまえが緊急連絡先にしてねえから、□□の奴ここまでたどり着くのに大学まで来たんだからな?…あんな良い奴、もっと大切にしてやれよ?」
珍しく龍斗までがリシアの肩を持つ。
私が寝こけている間にも、リシアは二人の心まで鷲掴みにしてしまったようだ。
本当に良い子なんだ。わかってくれるか。
だけど、良い子だからこそ、私は…
「□□ちゃん、麗ちゃんが戻ったわよ~?あら。」
病室に戻ると、リシアは糸が切れたように椅子に座って寝ていた。
家族枠ではないのでずっと病室で待っている間に寝落ちてしまったようだ。
私がベッドに戻されている間にも気づくことなく可愛らしくすやすやと眠っている。
「□□ちゃんね、あなたが入院してから毎日、朝から晩までずっと見ててくれたのよ?」
「お前には勿体ねえくらいだよ。自分のこともろくに出来てねえんじゃないか?」
二人が語るのを聞くに、どうやらリシアは本当に献身的に私の元に通い詰めていたようだ。
それこそ、大学も行かず、自分のことなどかなぐり捨ててまで。
そうして張り詰めていた糸がぷつりと切れて眠っているリシアを見て、私は改めて先ほどから考えていたことを決意する。
--この子がこの先重荷になる可能性の高い私を背負おうとして倒れる前に、身を引かねばならないと。




