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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
10万pv記念 二部四章 君の全てを
243/321

□□の献身

紫杏視点です。

麗ちゃんが大怪我を負って病院に搬送されてから二週間。

まだ目を覚ましてはいないものの、体は小康状態まで回復した麗ちゃんはICUから個室の病室へと移送された。

もう通い慣れた病室の戸を開けると、そこには憔悴しきった表情の女の子が一人。


「あっ、紫杏さん。こんにちは。」

「こんにちは、□□ちゃん。元気?」

「はい、元気です。ありがとうございます。」


□□ちゃんはどう見ても疲れ切っているにも関わらず、にこりと元気そうな表情を作る。


「そっか、もししんどかったら私や龍ちゃん呼んでくれて良いからね?」

「ありがとうございます。でもやりたくてやってるので…私がやりたいんです。」


□□ちゃんは二週間、毎日面会開始時間には病院に来て終了時間になるまで病室にいる。

なるべく他の人に麗ちゃんの体を見せたり触らせたりしたくないと看護士さんに清拭のやり方を教わり、毎日必ず麗ちゃんの体を綺麗に拭いてあげる。

その後はただ静かに、手を取り麗ちゃんが目を覚ますその時をじっと待っている。

愛おしそうに取った手を撫でながら麗ちゃんを見つめるその様は、私でもドキッとさせるような色気がある。


「こーんな良い子が麗ちゃんの恋人さんなんて、勿体ないねぇ。□□ちゃん、私の恋人にならない?」

「折角ですが…私には麗香さんが居るので…」

「ふふ、頷いてくれたら龍ちゃん捨てようと思ったのにな~。」

「あら、それはちょっと魅力的ですね?」


軽く冗談を飛ばすと、にこやかに対応する。

その余裕があるだけまだ精神は憔悴しきってないらしい。

自分のことを全部かなぐり捨ててまでそばにいるのだ。

せめてこの子のケアをするのが麗ちゃんのために私たちが出来ることだろうと龍ちゃんと二人話し合った。

こうして毎日麗ちゃんの元に通い続ける□□ちゃんを、日々龍ちゃんと交代で見守っている。

龍ちゃんもこうして毎日通って麗ちゃんに尽くす□□ちゃんの様子を見続けて絆されたのか、しきりに気にかけている。

先日も「□□は…良い奴だな…。」とぽつりと呟いていたほどだ。


「麗ちゃん。こんな良い子ほったらかして寝こけてたら、私たちが取っちゃうぞ~?」


私たちの家族である麗ちゃんをここまで愛し尽くしてくれる人がいる。

そのことがどれほど私たちの救いになっただろうか。

--もしこのまま、麗ちゃんが目覚めなくても。

私たちはけしてこの子の献身を忘れないだろう。


◆ ◇ ◆ ◇


麗ちゃんが崖から落ちて病院に搬送されたとの連絡があった日。

私たちは中々その事実を受け入れることが出来なかった。

私と龍ちゃんにとって、麗ちゃんというのはいわばヒーローのような存在だ。

知力、腕力、運動神経。

何をとっても私たちは敵わず、常に私たちの目標となる。

そんな麗ちゃんがまさか崖から転落するなんてミスを犯すなど想像もつかない。

たとえそうだとしても、病室を覗いたらどこかを骨折した麗ちゃんが「やらかしてしまったよ」なんて言いながら笑って迎えてくれるような気がしたのだ。

でも、現実はただ残酷で。

医者からは「今呼吸しているのも不思議なくらい」と評されるほどの状態で、麗ちゃんは手術室に居た。


私は龍ちゃんに掴まる。


「麗ちゃんは、大丈夫だよね…?」


そう問うと、龍ちゃんは私の頭を黙って撫でる。

気休めを言えない龍ちゃんの真っ直ぐさが、この時だけは恨めしかった。


◆ ◇ ◆ ◇


手術を終え、麗ちゃんはICUへと入る。

未だ状態は芳しくなく、いつこのまま息を引き取ってもおかしくないという。

私たちは短い面会時間を終え、いつ来るともしれない時を家族控え室で静かに待つ。

大学のお友達から通話が掛かってきたのは、その時くらいだったか。

あまり出る気分にはなれなかったが、無視するのもあまり良くはない。

通話に出て、立て込んでいることを伝えて切ろうとすると、私に会いに来た人が居るという。

それが□□ちゃんだった。

思えば人と話すことがあまり得意ではない彼女が、ここまでたどり着いたのは彼女なりにかなり頑張ったのではないかなどと思う。


◆ ◇ ◆ ◇


私は同じ病院に搬送されてきた、麗ちゃんから助けられたと言う高校生のバイクの運転手の子と話をした。

彼は本当に軽傷だったが、きっと麗ちゃんに助けられなければこうして話せていなかっただろうと言う。

麗ちゃんからは本当に救われたという思いで、軽傷とはいえ怪我した体を押して崖下に落ちた麗ちゃんの捜索に加わったらしい。

そうして第一発見者になった彼が見たのは、血みどろで焦点の合わない麗ちゃんが体を引きずりながら、「リシア、リシア」と人の名前を呼んでいる姿だったという。

現場に残っている様子から、ほとんど機能していない四肢で数mほど体を引きずりながら進んでいたそうだ。

おそらく、そのリシアという呼び名は□□ちゃんのことではないか。

そう考えた私は、□□ちゃんが初めて病院に来た時にその話について触れてみる。


彼女はただ大粒の涙を流しながら、その場で崩れ落ちた。

その時、□□ちゃんは私たちと同じくらい麗ちゃんを愛してくれているのだと思った。


◆ ◇ ◆ ◇


今日も□□ちゃんは面会開始時間と共に病院にやってくる。

彼女が毎日こうして面会に来る度、不思議と麗ちゃんの容態は良くなって行くように感じた。

ついにはICUを出て、病室へと移送され。

もし、超常的なことがあるとしたら、それは□□ちゃんの愛がなしたものだろうなんて、思えるくらいに。

だから、早く目覚めてあげて。

私たちのためだけでなく、□□ちゃんのために。


そうして今日も麗ちゃんの手を静かに握り、何時間も麗ちゃんを見つめていた□□ちゃんの目が突如見開かれる。


「お姉さま!」


□□ちゃんは傷に障らないよう、でも飛びつくように麗ちゃんに近寄る。

麗ちゃんの目が、開いていた。

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