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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
10万pv記念 二部四章 君の全てを
239/321

明日、帰ります

スーパーで買い物をしてまわる。

明日はお姉さまが帰ってくる日だ。

少し豪華なご飯を作って待っておこう。

そんなことを思いながら雑誌コーナーの前を歩いていた。


キス特集。

そんな字面を見かけてつい立ち止まり、その雑誌を手に取る。

そこにはキスの仕方ではなく、キスするにあたって目の行くところへのメイクの仕方が綿密に書かれている。

最初に思っていたものとは違う情報だが、大変興味深い。

なるほどなるほど。

顔を近づけるからこそ近くで見てがっかりされないようにというのは大切だ。

ひとしきり読み、購入を決意する。

帰って試そう。

雑誌をかごに入れ、再び歩き出す。


「待ちなさい!」


大声にびっくりしてつい立ちすくむ。

私の横を小さな子供が猛ダッシュですり抜けて行く。

なるほど、今の大声はこの子にかけられたものか。

ん?ということは。

振り向いた矢先、大人がこちらに向けて勢いよく走ってきて--


◆ ◇ ◆ ◇


『今日もお疲れ様でした。』

『そちらこそ、お疲れ様。』


今日もお姉さまとビデオ通話を繋ぐ。

会えないながらも、こうして二人夜を過ごす。

そんな時間も良い。


『今日も夕食はうどんなのか。』


うどんを啜っているとそんなことを言われる。

だって手軽だし。


『お姉さまは晩ご飯何食べたんですか?』

『今日は仕出し弁当があったのでそれを。…少し物足りないが。』

『あはは、一つじゃむしろ全然足りないんじゃ?』

『ああ、だから二つもいただいたのだが…それでもな。』

『ふふ。相変わらず大食いさんですねぇ。』


帰ってきたら、心ゆくまでご飯を食べさせてあげたい。

明日はしっかり食材を買って帰ろう。


『ん?待て。リシア、その左手はどうした?』

『あー、大したことじゃないですよ。』


湿布を貼ってガーゼで包んだ左手を見てお姉さまは問う。


『何があったんだ?大丈夫なのか?』

『そんなに心配されなくても…』

『心配だ。』

『そう、ですか。』


お姉さまが私の目を見てそう断言する。

気恥ずかしくて顔が熱くなる。


『だから教えて欲しい。リシアは良かれで誤魔化そうとしてるのだろうが、私は解らない方が心配で仕方ない。』

『…実はかくかくしかじかで。』


スーパーであったことを軽く説明する。 


『それでぶつかられて怪我したのか!?』

『いえ、ぶつかりはしなかったんですけど…すぐ目の前を通ったので驚いて尻餅ついちゃって。そのときについた左手をちょっと痛めたみたいです。』

『なんと。病院には?』

『向こうがすぐ謝って連れて行っていただけたので。ちょっと筋を痛めただけみたいです。』

『ならば良かったが…守れず申し訳ない。私がいれば…』


なぜかお姉さまが謝り始める。


『どうしてお姉さまが謝るんですか?』

『守ってやりたかったからな。』

『全部は無理でしょう?』

『それでも万難を私は排してやりたい。』

『オーバーですねえ。でも私ももっと気をつけます。』


お姉さまの真剣な表情に私もこれ以上心配かけないようにせねばと決意を改める。


『ん?明日の話かな?ちょっと出てくる。』


部屋の戸を叩く音を聞きつけたお姉さまは立ち上がる。

こんな時間に大変だ。


『…』


話は聞き取れないが、どうやら男の人のようだ。


『…ずるずる』


うどんを啜りながら待つ。ちょっと長いな。もう三分くらいなる。


『…楽しそうですねえ。』


笑い声が聞こえてくる。待ちぼうけを食らっている私は一人つぶやく。


『……はぁ。』


なんだか暗い気持ちがぐるぐるしだした私はそのまま通話を切り、器を洗いに立つ。

そうしてぼけっと洗い物をしていると、食卓に置いてたスマホが鳴る。

…自分から切ったくせに、掛かってきたら慌てて出に行ってしまうんだ。

ああ、好きだ。


『もしもし?すまない、切れてたみたいだな。』

『ええ。』

『ふむ。これは、妬いてた顔だな?自分で切ったろ?』

『どうしてそうだと?』

『観察力かな?リシアの顔はずっと見てるから。』


すぐ調子の良いことを言う。

それに嬉しくなってる私も私だが。


『そうですよ。仕事の連絡にも妬く私なんて扱いにくいでしょう?』

『はは、どんどん妬いてくれ?私はリシアにいっぱい妬かれたい。ああ、もちろんそうならないように努力はするがな。』


お姉さまはばちっとウインクを決める。

相変わらずよく映える。


『そんなこと言ったら、どんどん束縛しますよ?』

『上等。いっぱい縛ってくれ?』


調子の良いことを言うお姉さまにいらいらする。

本当にそうされたら困るくせに。


『じゃあ、今すぐ私のもとに戻ってきて下さいよ。』

『わかった。』

『ほら、縛られて困…え?』


私はお姉さまを諭そうとして、呆気にとられる。


『構わないよ?諸々は後で何とかしよう。リシアが我慢できない、会いたいと言うなら今すぐ会いに行こう。』

『いやいやいや、さすがに大事ですよ。ダメですって。』

『今から帰るからちょっと待って--』

『大丈夫ですから!!』


私はお姉さまの剣幕に思わず大声を出す。

後で何とかすると全てほっぽりだして会いに来られても居心地が悪い。


『良いんだよ。妬いて、わがまま言って。恋人になる前は節度を気にしていたが、今ならどこまででも甘やかしてやろう。何でも言って?』

『うう…』


お姉さまが甘い声でそういうのに少しゾクッとする。

それも良いと思ってしまいそうな自分がいる。


『…あんまり他の人と親しくして欲しくないです。………支障のない程度に…。』

『わかった。努力しよう。それから?』

『薄くなったので、帰ったら名前書きます。』

『うん。私も書いて良いかな?』


私は結構かすれてきた腹の麗香の名前に目を落とす。

お風呂とか入って少しずつ消えてきた。


『良いですよ。…それから、今日も繋いで寝ていいですか。』

『ああ、私こそお願いしていいかな?』


困らせないように。でも、その範囲で。

私はわがままを考えてゆく。


『明日は、早く帰ってきて下さいね。美味しいご飯、作って待ってるので。』

『そうだな。リシアのキスも待ってるし、かっ飛ばして帰ろう。直接そっちに向かうよ。』


お姉さまはバイクのスロットルを回す手振りをする。


『お姉さまは花より団子だと思ってました。』

『どうしてそうなる?まぁ、私からするとリシアは花でもあり団子でもある。見るだけでなく、食べてしまいたい。』

『…変態。』


私は己の体を手で隠すようにしてお姉さまをジト目で見ると、『そういうわけでは…』とわたわたする。

可愛らしい。


『まぁ、今はそれくらいですかね。わがまま。』

『もっといっぱい言ってくれて良いんだぞ?』

『焼き餅妬きとは言え、何もかも度外視で束縛するのは性に合わないので。』

『そうか。』


まるでこうなるのを予想していたかのようにお姉さまは頷く。

もしそうだとしたらムカつくな。何か。

まぁでも、今日は許してやろう。


『じゃあ、私からもわがままだ。』

『はい?』

『何かご褒美が欲しいな?』

『何のご褒美ですか…』


お姉さまは物欲しそうな顔と手をすりすりさせながら強請る。

唐突だし、何が欲しいのかもわからない。


『んー、特に理由は何か思いつかないが、ご褒美が欲しい。今すぐ出来るような。』

『理由がないならダメです。』

『そこを何とか!』


お姉さまはパチッと手を合わせる。


『はぁ。何が欲しいんですか。考えてください。』

『ううん、リシアの愛を感じられるものが欲しい。』

『そもそも前提としてそれがないんですが。』

『嘘だろ!?』


オーバーに驚いてみせるお姉さまをスルーして私は考える。

ああ、その手があるか…でも、気恥ずかしい。

……不承不承ではあるが、仕方ないか。


『今からご褒美をあげるので、まばたきせず画面を見てて下さいね。』

『やった!何だろう。』


私は深呼吸をして、気持ちを整えると目をつぶる。

そのまま、スマホの画面に口付けする。


「これでどうですか…あれ!?」


どうやら、唇で終了ボタンを押してしまったようで通話が切れていた。

何だかしまらない。

その後少し待っても掛かってこないので掛け返すもなかなか出ず。

ようやっと出たかと思うと『すまない、破壊力がありすぎて昇天していた…』などとほざきだすので私はまた通話を切った。


◆ ◇ ◆ ◇


そして、今日はお姉さまかま帰ってくる日。

私は授業を終えると早々に買い物をし、家に帰り掃除などをする。

まだ少し早いだろうか。そう思っていると、お姉さまから『今から帰ります。一時間と少しで帰れると思います。』とメッセージがくる。

『気をつけて帰ってきて下さいね。』そうメッセージを返す。


そうして、一時間後。

お姉さまは…帰ってこなかった。



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