□□の誕生日 その5
「お姉さま。変なことをお伺いするのですが…」
「うん。何だ?」
いや、プレゼントをもらっといて本当に変なことなんだよな。
本来私に聞く筋合いないし。
「実はその、プレゼントがそこにあるのは把握してて。」
私はトレーニンググッズの塊に目をやる。
「それで、その。もう一つのプレゼントはどういう方に差し上げるんですか?」
「…何のことだろう?」
お姉さまはすっとぼけるようにそう答える。
だが、もう一つ袋があの中にあるのも知っている。
「別に良いんですよ?どなたに差し上げたって。私には関係ありませんし。」
言ってて何故か少し悲しくなって、手持ち無沙汰にかゆくもない腕をかく。
「リシア。」
「私だっていただきましたし、他の人はダメなんてそんなことは言いませんし。そんなのバカみたいじゃないですか。」
なのに、言葉が止まらない。腕をかく指が止まらない。
「リシア!」
「それでも気になっちゃったから仕方ないじゃないですか。私と同じように祝ってもらえる人って誰なんだろとか思っちゃったんで仕方ないじゃないですか。文句あります?」
ダメだ。言葉が止まらない。
そんなことを言いたかったはずじゃなかったのに。
「落ち着いて、ほら。」
お姉さまはギュッと私を抱きしめる。
お姉さまの匂いが鼻孔をくすぐる。
落ち着く。
「妬いてくれてるのか?可愛いなリシアは。」
「そういう…わけじゃ。」
「ああだこうだ言葉を重ねるのは逆に不安になると思うから。はっきり言おう。あれもリシアのプレゼントとして選んだものだよ。」
「え?」
お姉さまはトレーニンググッズの塊まで歩み寄ると、袋を取り出しこちらに持ってくる。
「プレゼント。最後まで悩んだんだ。本当はこっちを渡したかったんだけど、まだ早いかなって。」
お姉さまは袋からいくつか取り出す。
これは…
「こっちがピアッサー。ファーストピアスをつける為の奴。」
ライターサイズの長方形に四角い穴が開いたような物体。
「ファーストピアス、ですか?」
「リシア、ピアスホールが開いてないから。ピアスホールを開けるときはなるべく無菌でアレルギーを起こさないモノが良い。ファーストピアスはそのためのモノだ。」
「そっちは何ですか?」
「こっちはセカンドピアス。穴が安定してきたらつけるノーマルのピアスに近いものだね。」
お姉さまはぱかりと箱を開けると、中から私がイメージするピアスが出てくる。
真ん中には茶色い宝石があしらわれている。
「□□。私に最初のピアスホールを開けさせてくれないか?」
お姉さまはジッとこちらの目を見る。
その愛おしいものを見る目つきが私を温める。
「…それは構いませんけど、こんなものまでもらって良いんですか…?」
「まださすがに引かれてしまうかなと日和って別にプレゼントを買ったのは私だ。もしリシアが良いのならこちらも貰って欲しい。」
「はい、とても嬉しいです。」
そう答えると、お姉さまが満面の笑みを見せる。
何故プレゼントを渡す方まで嬉しそうなのか。
「良かった。ふふ、リシアならいくらでも妬いて欲しいけど、でも言っておくね。私がこうして個人的にプレゼントをするのは家族の二人と…君だけだ。約束する。」
最強に格好いいお姉さまの顔に、優しい声、愛おしそうな目。
私は声も出せず、ただコクコクと頷く。
「ね。ここで私がリシアのピアスホールを開けても良いかな?」
「それは、もちろん。」
「よし、じゃあ準備しよう。一応体に傷をつけるのだから消毒もしっかりしないとな。あ、そこに座ってて。」
怒涛の展開に未だついていけてない私はぽつんとそこに座る。
その間にも着々とお姉さまは準備を終え、私の後ろに立つ。
「耳たぶ、触るぞ?」
「はい。」
普段中々他人に触られることはないんじゃなかろうか、私の耳たぶをお姉さまはぴとりと触る。
そのままむにむにと優しく力を入れてくる。
「ふふ、たぷたぷだ。福耳さんだな?」
「それって喜んで良いんですかね…?」
いまいちどう感想を言ったものかわからない。
まぁたぶん喜んで良いのだろう。
「少し冷たいぞ?」
ひやりと少し冷たい消毒液が耳たぶに触れる。
お姉さまの手も冷たいからなあ。
あまり驚かない。
その後のペンでちょんちょんとされたほうがくすぐったくて少しドキッとする。
「では、開けるぞ?心の準備は大丈夫か?」
「はい、いつでも。」
しかし、怖いものは怖い。
思わず目をつぶって身構えてしまう。
パチンという音とともに、耳に針の刺さったような感覚がする。
そこまで痛いわけではない。
「開けたらしっかり消毒して…」
「お姉さま、消毒液のが染みて痛いです。」
私がそう苦情を入れるとお姉さまは笑って流す。
もう片耳も同様に穴を開ける。
「出来たぞ。今鏡を…」
「お姉さま、似合ってますか?」
私の一番の関心事はそれだ。
自分で見る前にお姉さまの印象を聞く。
「ああ、とても素敵だ。」
「良かった。」
私は鏡をのぞき込み自分で確認する。
セカンドピアスもだが、こちらにも小さいが茶色い宝石があしらわれている。
「この宝石はなんですか?」
「ガーネットだな。」
「ガーネットって、赤いイメージがあるんですが…。」
「…一般的には、そうだな?」
どうやら、わざわざこの色のものを選んだらしい。
先ほどから思っていたが、わざわざ茶色い宝石を選んだ理由がわかった。
「どうして茶色のものを?」
「…なんとなくだな?」
「本当ですか?」
「何となくだ。」
素直じゃないんですから。
私は少し助け船をだす。
「そうですか。残念だな。お姉さまの目の色ってことなら素敵だなと思ったのに。」
「……」
「残念だなぁ、でもお姉さまの目の色ってことには変わりないしなあ。私が一人でそう思ってようかなあ。でもなぁ、お姉さまの口から聞きたかったなあ。」
「ああもう!そうだ!茶色いスーパーボールも大切にしてたくらいだから、喜んでくれると思ったんだ!」
お姉さまは照れくさそうにそう語気を強めて言う。
可愛いなあ、もう。本当に。
「あ、やっぱりそうだったんですか?良かった。でも理由はそれだけですか?」
「それだけだ。」
「本当に?」
「……」
「お姉さまの口から聞きたいなあ。」
私は後ろを振り向く。
顔を逸らしたお姉さまのほっぺをつんつんとする。
もう察しはついているのだから、素直に言いなさい。
「…リシアが他の人にちょっかいかけられないように、ちょっとしたアピールだ。」
「お姉さまの言う、名札の一つですよね?」
「それで私のことを連想する奴が居れば、だけど。」
「私の大学で、私の横で目立ちまくっているお姉さまが言います?」
普段からずっとそうして悪い虫を寄せないようにしてるくせに。
私はくすくすと笑う。
「まぁでもなぁ、ネックレスにコスメにピアス。全部お姉さまのしるしだもんなぁ。今更、私を気になる人が出てきたとしても、中々ちょっかいかけられませんね?」
「……それが困るなら、外してくれても良いんだぞ?」
「ファーストピアスは1ヶ月半、セカンドピアスも同じくらい外しちゃダメなんですよね?」
私はお姉さまのわき腹をつんつんする。
楽しい。
「まぁ、私の意志で着けてますから。お気になさらず。むしろ、こんなに熱心にありがとうございます。嬉しいですよ。」
「…うん。」
耳まで真っ赤にして、ただそれだけ絞り出す。
あんなにアピールしてくれるのに、返されると弱い。
そんなお姉さまが、ただ可愛いなと私は眺めていた。




