夏祭り その3
麗香視点です。最近書き忘れてる気がする。
「…今日はなんだかいつもよりテンションが高いんだな?」
仕切りにビールを飲ませようとしたりと、その後も食事をしながらリシアのいたずらに振り回され続けた私は、今日ずっとあった違和感について訪ねてみる。
「…そうですかね?」
「んー、らしくない、というのは言い方が悪いか。普段のリシアならしなさそうなことも良くするから、少し違和感があったんだ。」
「嫌です、か?」
「そんなことはない。今日のリシアもとても素敵だ。」
そう、別に咎める為に言っているわけではない。
ただシンプルに不思議なのだ。
普段のリシアからするとテンション限界突破みたいなことがちょくちょくあると、無理をさせていないか新馬戦にもなるし。
「ただ気になっただけだ。リシアが無理をしてなければそれで良い。」
「あははは、お姉さまにはかないませんねえ。」
リシアはそうつぶやくと、少し息を吸って話し始める。
「実は私、和服が嫌いなんですよ。」
「そうなのか?こんなに良く似合っているのに。」
「うち、こういうことに関する躾がとても厳しくて。お姉さまはさっき私の立ち方とか歩き方を褒めてくれましたけど、親が求めているレベルじゃないみたいです。私なりに努力はしたんですけど…まぁ、向いてなかったんですよねえたぶん。最後の方は呆れられてました。」
リシアの語り口は空元気とわかるくらいに明るい。
私は寂しそうなリシアの気持ちを慮ると、一つ近寄って頭を撫でてやる。
少しうれしそうにしてくれる。
「加えて、着物を着なきゃいけない時って嫌な用事が多くて…お客様を迎えて親とお客様に一挙手一投足を観察されたり、分家の人にひたすら嫌みを言われたり…。」
「それは、辛いな。」
「でも、私の性格を知ってるお姉さまならわかるでしょ?こんにゃろー、負けないぞって。変に反骨心が燃え上がっちゃって。何時からですかねえ、和服を着ると心が無敵になるようになって。あんまりその、恥じらいとか、人の目を気にしても無駄だーって思うようになるんですね、自然と。」
リシアは力こぶを作るようなポーズをする。
「今日はお姉さまにも褒めてもらえたし、本当に楽しかったんで…なんだか逆の方に無敵?というか、テンション上がっちゃって…変でしたよね。」
「リシア、ちょっとそのまま座ってて。」
私は立ち上がって、リシアの後ろに回ると、その小さな身体を思いっきり後ろから抱きしめる。
愛おしいという気持ちを籠めながら。
「きゃ、お姉さま?」
「リシア…とっても可愛い。リシア。」
「急にどうしたんですか?」
「和服が嫌いなのに今日は浴衣を着てきてくれたんだよな。私のため?」
「お、お祭りですから、浴衣くらい着ないとだめかなって。」
「ふふ、私のため?」
「…あー、そうですよ。お姉さまのためです。」
ちょっと不貞腐れるような表情が照れ隠しだと理解できる。
私はそのままリシアの頬をつつく。
「リシア、可愛いなあ。リシア。なぁ、ありがとう、おめかししてきてくれて。とても似合ってるし、美しい。」
「でも、まだまだ未熟で…」
「リシアの動き一つから、今までのたゆまぬリシアの努力が見て取れる。素敵だ。リシアの努力が私の気持ちを幸せにしてくれる。」
「私、上手に出来てますか…?」
「ああ、良く頑張っているな。素敵だよ、世界一。」
そう告げると、だんだん抱きしめた小さな身体が震え始める。
しゃくりあげる声が聞こえてくる。
私はただ静かに片腕で抱きしめながら、もう片方の手で頭を撫で続けた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ここまでで構いませんよ。お姉さま。」
お祭り会場から一番近い駅。
リシアはそこで振り返って告げる。
本当はバイクで送りたかったのだが、今日はアルコールが入っている。
「リシアの家まで送り届けたい。ダメか?」
「ダメじゃないですけど…そこまでしてもらわなくても。」
「私が、まだリシアとそばに居たいんだ。家に送り届けるまでの時間を私にくれないか?」
「もう、お姉さまったら。」
リシアは振り返るとそのままicカードをかざし改札に入る。
私は了承と取って、同じく改札に入る。
横並びに歩くと、リシアが腕を絡めてくる。
私はリシアが歩きやすいように歩幅を調整しつつ歩く。
電車内は満員というわけではないが、座ることは出来ずそこそこ立っている人も居た。
私は空いていたドア横のスペースにリシアを導くと、向かい合うように立って壁になる。
今日のリシアは素敵だ。痴漢などにあったらコトだ。
そう思ってなるべく近くに立ったのだが…
リシアが鼻を寄せてすんすんと私のにおいをかぐ。
「今日は酒臭いだろ。リシアが飲ますから。」
「いや、酒臭くはないですよ。なんだか安心できるなって。」
「それでもダメだ、恥ずかしい。」
「えー。」
前の世界のリシアもにおいフェチなところがあったが、これはどちらかというと□□の側面だったらしい。
私の脱いだ衣服を嗅いでる分にはまだ笑えるのだが、さすがに直では気恥ずかしさが勝る。
電車が揺れる。私は体幹を鍛えているのでものともしないが、においを嗅ごうと鼻を寄せていたリシアはそのまま前につんのめる。
私にギュッと抱きついて倒れるのを回避したリシアは、そのまま抱きつき続ける。
「リシア、人前だぞ?」
「今日の私は無敵なんで…くっつき続けようかなって…。」
「明日後悔する奴だ、やめとけ?」
私はリシアを引き剥がす。
ちょっぴり寂しそうな顔をしながらも素直に従う様子に、私が抱きしめたいくらいだった。
◆ ◇ ◆ ◇
一方そのころ、同じお祭り会場にて
「なぁ、紫杏。あそこでかたぬきしてるでかい女、麗香じゃねえ?」
「あら、本当ね。ということは、横に居る女の子が麗ちゃんが今恋してるっていう…。」
「あーあ、だらしねえ顔で横見てやらぁ。」
「麗ちゃん、すっかり恋する乙女ねえ。」
「しっかし、あの距離感で付き合ってねえのか?」
「そうなったら報告はあるはずだしね。でも、綺麗な子ね?一つ一つの動きが特に。」
「…紫杏の方が綺麗だぞ。」
「あらあら龍ちゃんたら。」
紫杏はクスクスと笑う。
「ま、麗香の邪魔になんねえように俺たちは去るか。」
「どうせ麗ちゃん、感覚が鋭いから気づくだろうしね。」
「あー、また『見てたろ?』って難癖つけてくんだよな…。」
「私にはしないから問題ないわよ。」
「ずりぃ…。」




