テスト前の週末 その1
深夜。麗香さんのトレーニングの時間。
最近は必ずといって良いくらい、この時間になると麗香さんから通話がかかってくる。
それも必ずビデオ通話でだ。
毎夜トレーニングに勤しむ麗香さんを見るのは非常に楽しいのだが、私の表情など見ていても仕方ないだろう。
そう思うのだが、必ずこちらのカメラも要求される。面倒くさい。
麗香さんに一度それについて言ってみたが「私がリシアの顔を見たいからだが。」とばっさりと切られてしまった。
そして今日も麗香さんから通話がかかってくる。
『やぁリシア。聞こえるか?』
『はい、問題なく。』
『ん?珍しいな。こんな時間まで勉強か?』
『いやー試験、近いじゃないですか。』
『ああそうか。私はあまり試験前に詰めて勉強することがないからな。』
『ぐぬぬぬ…天才がいる…。』
私は毎日授業を聞いていても今頭を抱えているのに、仕事でちょくちょく授業を空ける麗香さんは勉強しなくて済む。どうしてだ。
『リシアは経済学部だったか?今はなにを勉強してるんだ?』
『流通経済学って奴ですね…流通システムを主体とした市場構造とかなんですけど。ちんぷんかんぷんで…。』
『ああ、それなら少し昔の知識だが、多少の心得はあるぞ?』
『え、お姉さま法学ですよね?』
『ああ。ただちょっと経済は縁があってな。多少のことなら答えられる。』
私は麗香さんのトレーニングの合間合間に、理解に苦しんでいるところについて質問をぶつけてみる。
ほとんど全てについて明確に、なおかつ噛み砕いて答えてくれる。
おかげで勉強が進む。
『じゃあ、何故大規模小売店の面積を規制しなくなったんですか?中小小売店の保護の観点からだと緩和は悪手ですよね?』
『その規制は一番保護されるべき地方部、特に過疎地ではあまり意味がないからだ。規制すればそういった場所では一つ大きな小売店が出来てしまうと、後続が続き辛く寡占が起きてしまう。大規模小売店にも競争させ、その周りに中小小売店が大規模小売店の集客を見込んで集まるくらいの形が良い。実際スーパーマーケットの周りには色々な小売店が集まるだろ?』
『ああ、確かに横に八百屋や魚屋があったりしますね。たまにそっちのが安かったり。』
『そういうことだ。これが大規模小売店が競争にないと、まず不当な値下げで周囲の中小小売店を潰した後高値で売ると言うことが出来てしまうからな。』
麗香さんの手伝いもあり、テスト範囲の内容はだいたい理解出来たようだ。
私はチラッと時計を見る。
『わっ!?もう二時!?』
『ああ、よく頑張っていたな。』
見れば麗香さんのトレーニングも終わっているようだ。
私の勉強に付き合ってくれていたらしい。
『こうやって、誰かが見てくれてる間は良いんですけどね。一人だと色んな誘惑に負けちゃって。』
『なるほど。じゃあ次の週末はリシアの監視に行こう。』
『へ?』
『お昼過ぎくらいにそちらの家に行くぞ。ちゃんと昼食は摂ってから行くからそこはお構いなく。』
『あっ、はい。』
◆ ◇ ◆ ◇
土曜日。午後1時。
「勉強しているか?」
「本当に来たんですね。」
「ああ。今は何を?」
「えーっと、お姉さまを迎える準備を。あはははは…。」
「さて、では勉強と行こうか。」
「お姉さま、圧が怖い!」
午後2時。
麗香さんは勉強をしている横で静かに本のページをめくる。
黙って本を読んでいる姿はとてもサマになっており、思わず見とれてしまう。
そのまま見つめていると、目が合う。
麗香さんが微笑みかけてくるが、今の私には圧しか感じられない。
慌てて視線をノートに落とす。
午後3時。
少し集中が乗ってきた。
いい感じに勉強が進む。
麗香さんも今は見張って居なくても大丈夫と踏んだのだろう、「少しコンビニに行ってくる。」と出て行った。
午後3時半。
先ほどまでの集中はどこへ行ったのだろう。
全く勉強が手につかなくなってしまった。
その時、玄関のドアが開く。
「ただいま。」
「あら、お姉さまお帰りなさい。」
「そろそろ集中が切れる頃かなと思ってな。おやつでも食べよう。」
麗香さんの両手には大きな袋が二つ。
どちらにも飲み物とお菓子がたくさん詰まっているようだ。
「飲み物はどれがいい?カフェオレ?ミルクティー?炭酸?」
「カフェオレで。というか、お金って…」
「私がいっぱい食べるから大丈夫。残りは滞在料と思ってくれ。」
「いや、そういうわけには…もごっ」
麗香さんがスティック型のチョコを三本私の口に差し込む。
私は持ち手部分をとり、ポリポリとそのまま食べる。甘い。
「勉強は糖分を摂りながらする方が効率がいい。ひとまずおやつタイムにした後は、適当につまみながらやったら良い。」
いつもするみたいに私の頭をすっと撫でると、自分もチョコをポリポリと食べる。
いつもよりチョコが甘く感じるのは、勉強疲れからか、はたまた。
麗香が経済に詳しいのはだいたいローエンリンデの領主経験からです。
日本と剣戟の先にの世界の発展具合は違えど、基礎がかなりしっかり身についた上で今の日本の歴も長いのできっちり応用して落とし込んでいます。




