あだ名
「麗香さんの恩人ってどんな人なんですか?もう会えないって…。」
二人の会話が一段落した頃、私は気になっていたことを聞く。
麗香さんが少し悲しそうに語るその人が気になる。
「あー、別に死んだとか、そう言うわけじゃない。もう二度と会えないところに行ったというか…説明が難しいな。」
「じゃあ、その人に何をしてもらったんですか?」
「私が死にかけた時、命を賭して助けてくれた。…本当に、ありがたいことだ。」
よほどのことがあったのだろう。
声に親愛以上の何かが籠もっているのがわかる。
「…どんな、人だったんですか?」
聞きたくないけど、聞きたい。
「強い人だったよ。強くて、優しい。…だからかな。いつも私の為に一人で突っ走って、抱えて。守りたいのに、いつも私は置いてかれて。いつか居なくなってしまうんじゃないかって、ずっと心配だった。彼女には、言えなかったけどな。」
「麗香さん…。」
そう述べる麗香さんの表情はとても辛そうだ。
「だから、□□も一人で抱えないで欲しい。今日みたいに、何かあったら相談して欲しい。□□は私にとって一番の友人だから。必ず。」
不安そうに麗香さんは私の手を握り、さする。
その様子はどこか甘えるようでもある。
「わかりました。約束です。」
「ああ、約束だ。」
一気に麗香さんの表情がぱっと明るくなる。
まるで花火みたいな変わりようにクスりと笑うと、麗香さんは小指を差し出してくる。
私はその小指に自分の小指を絡めると、麗香さんは指切りげんまん…と口ずさみ出す。
ちょっと子供っぽいその様子に私もつられ、共に口ずさむ。
「ふふ。楽しいな。」
「楽しいですかね?」
今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい、上機嫌だ。
「後は、そうだな。彼女も□□と同じオタクだった。好きなものに対してはとことん情熱的で、一生懸命だった。私はそんなところが好きで、□□のそういうところも…いや、良くないな。私は先ほどからまた□□と彼女を重ねてしまっていたみたいだ。」
先ほどまでと打って変わって、少ししょぼくれた感じになる。
そんな麗香さんの百面相が可愛いなと思う。
だけど、いつまでもそんな表情をさせるわけにもいかない。
私は思っていたことを勇気を出して告げる。
「…あの、麗香さん。」
「なんだ?」
下げていた顔をパッと上げ、私の目を見る。
きっと麗香さんなら変に思わずちゃんと聞いてくれるのだろうな、と思うと勇気が溢れてくる。
「その恩人さんと私をむしろ、重ねて欲しいななんて思ってたりして…。」
「どうして?」
「恩人さん、麗香さんにとって大切な人なんですよね。そんな人と重ねてもらって、でも私だけの良いところもたくさんある…それなら、なんだろ?恩人さんプラス私、みたいな感じで勝てちゃうかなー…って。いや、あの、麗香さんの自然な心の動きを押さえつけて欲しくないってのもあるんですけど…。」
言ってしまった。
そう、結局、私はヤキモチを妬いていたのだ。
その大切な恩人さんに負けたくなくて、重ねられてでも上になりたかった。
そんな醜い感情を麗香さんに告げてしまった。
蔑まれるだろうか?嫌われてしまうだろうか?
不安は尽きない。
でも、きっと。
「あっははははは!□□、本当に可愛いな。私の心を掴むのにかけてはプロだな。」
麗香さんは嬉しそうに私の頭を撫でくり回す。
私は嫌そうな素振りをしながらも撫でられるままにしている。
麗香さんならそう言ってくれると、今の私はどこか解っていた。
「なぁ、□□。一つ相談があるんだ。」
「はい、何でしょう?」
「前に呼び方の発音がおかしいからあだ名を考えてくれ、と言っていたろ?」
「ああ、言いましたね。今も発音はおかしいなあって。」
「ちゃんと呼べなくてすまない。そのかわりのあだ名を今、考えついた。気に入ってくれるかわからないが。」
麗香さんが私のために考えてくるたあだ名。
その響きに胸がとくんと鳴る。
どんな名前をつけてくれたのか。
「□□が良ければ、なんだが。リシア、と呼ばせてくれないか?」
「リシア…あの、剣戟の先にの?」
「そうだ、あのリシアだ。」
リシア・エヴァンス。
私が好きなゲーム『剣戟の先に』の主人公だ。
明るく、誰とでも仲良くなれる太陽みたいな人だ。
まるで、私と真逆のような。
「どうして、リシアを?」
「私がリシアが好きなのは知っているよな?」
「初めて会ったときにおっしゃられてましたよね。」
「ああ、そして私は□□がリシアみたいな人だと思った。特に気遣いが出来て優しいところがな。」
「ううん、そうですかね?」
「後は私にとっての戒めかな。私のリシアは□□だって言う…リシアではなく、な。」
「どういう事でしょう?」
「…まぁ、ゲームのリシア以上に□□を大切にしたいとか、そういう感じだな。」
「なるほど、照れますね。」
推しより大切にしたいという気持ちは嬉しい。
私も麗香さんはレベッカ以上に大切だと、今は思っているから。
「後は、□□が私をレベッカと似てると言ってくれたから。私がレベッカなら□□はリシアかな?と。」
「でも、あの主人公と比べられると私の方が残念じゃないですか?」
「そんなことはない。□□はリシアくらい素敵な人だと思うよ。」
「すごい照れくさいんですけど…。」
麗香さんはそんな私をにこにこ見つめる。
そんな顔をされると、断れないな。
「わかりました。ではそれで。」
「ふふ、良かった。色々考えてたんだが、今日□□の気持ちを聞いて、一番しっくり来たから。」
「麗香さんが私をあだ名で呼ぶなら、私も何かあだ名で呼んだ方が良いですかね?」
「それはいいな!是非とも何か考えてほしい。なんでも、考えてくれたものなら。」
「そうですねえ…。」
麗香さんは何でも良いと言うが、とはいえ実際そういうわけには行かない。
慎重に考える必要がある。
「うーん、麗香さんはレベッカで、私はリシアなんですよね?」
「そうだな?」
「なら、もしリシアがレベッカと仲良くなったら、なんて呼ぶんだろう…。」
私は頭の中で二人を想像してみる。
リシアなら、なんて呼ぶかな。
「……お姉さま、とか?」
「ぶっ!…ゲホゲホ」
「大丈夫ですか?」
麗香さんが飲みかけていた水を気管支につめたのか、むせる。
あーあ、鼻からまで水が、美人が台無しだ。
私はティッシュを差し出す。
「…どうしてお姉さま、と?」
「いや、先ほどの通り、リシアならそう呼ぶかなって。解釈が違いますかね?」
「いや、そんなことはない。私もそう思うが。」
「でしたら、お姉さまで。ダメですか?」
「…うん。それで。」
麗香さんは目を泳がせながらそう答える。
何か思うところがあるのかもしれないが、それで良いというなら、それにしよう。
「お姉さま。」
「リシア。」
麗香さんはジッと私の目を見つめる。
どうしてだろう、少し懐かしいような気がした。
二部二章「友達」はここまでとなります。
二人が友達として仲を深め、どうしてお互いの呼び名がそうなったのか、までを描かせていただいた章でした。
□□がいわゆる一般的に言う距離感の下手なコミュ障なのを主人公リシアのコミュニケーション能力がカバーしている、というのが元々の構想だったため、どう仲良くなっていくのかな、と日々考えておりましたが、自分なりには納得の行く出来になったと思っています。
既に恋人同士の様な濃密な関係性になっている二人ですが、□□が人付き合いに関しては小学生なので、未だそういった気持ちは良く解っていません。
三章ではそこからどう変わっていくのか、を描けたらなと思っています。
また、現在時点でpvが15万、ユニークpvも二万を突破いたしました。
大変多くの方に読んでいただけてとても幸せです。
何かまた記念に企画が出来ればと考えております。
これからも、二人の関係を共に見守っていただければ幸いです。




