食べ放題はいいもの
「良かったらこの後食事でもどうですか?」
撮影会が終わり、依頼料を手渡しした時、麗香さんはそう言って私を誘った。
今まで同級生ですらあまりコミュニケーションを取ったことのない私だ。
初対面の人と食事というのは…ハードルが高い。
そんなことを言うと、そもそも二人でコスプレ撮影会というのがハードルが高いのだが、推し活とそれは別だ。
「あっ、はい…いいですよ。」
「良かった!でしたら焼き肉に行きましょう!焼き肉!」
内心とは逆に、つい了承してしまう。
今日半日過ごして、全く不快にならないどころか、居心地良くすら感じていたせいだろうか。
「あんまり高いのは…」
「大丈夫!ここに臨時収入がありますから!」
麗香さんはそういって依頼料の袋をひらひらさせる。
「いや、それは依頼料じゃないですか!そういうわけにはいきませんから。」
「ふふ、依頼料の使い道は自由じゃないですか?それより、行きましょう!」
そういうと麗香さんは私の手をとって歩き始める。
今までろくに人と手も繋いだことのない私だ。
思わず困惑して流されるままになる。
少しして冷静になるが、今更手をほどくのも失礼に思えてそのまま歩く。
そうしているうちに、こうしていても歩きやすい気がしてくる。
「歩くの、速いですか?」
「いえ、むしろ歩きやすいくらいで。お気遣いいだだいてありがたいです。」
「いえいえ。慣れてますので。」
私と麗香さんは身長差がそれなりにある。歩幅も違うはずだ。
それなのに歩きやすいのは、麗香さんが気遣ってくれてるのにほかならない。
「着きましたよ!ここです!」
「食べ放題なんですね。」
モデルさんだからもっと高いところに行っているのかと思えば、普通の大衆向け食べ放題だった。
そもそもモデルさんと焼き肉があわない気もするが。
「食べ放題というのは良いものですね。私大好きで。あぁ、どうぞ。」
麗香さんは入り口の戸を引くとすっと横によけてこちらに笑いかけてくれる。
手を繋いで横を歩いていたときはまだましだったが、やはり顔が良い。
推しがレディーファーストをしてくれていることにテンションがぶち上がりかけるが、目の前に居るのは麗香さんだと己に言い聞かせる。
「ありがとうございます。」
そういって笑みを返すと、今度は一瞬麗香さんが驚いた顔をした後、さらに輝きを増した笑顔でこちらを見るのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「これもう良いですかね?」
「あー…もう少しだと思いますよ?」
麗香さんは待ち遠しそうにぺらぺらと肉をひっくり返し続ける。
あまりひっくり返すのは焼き方的に良くないのでは…と思いながらもその子供っぽい仕草につい顔がほころぶ。
「そういや、注文用のタブレットにライスが無いですね?」
「ドリンクバーのところにセルフで炊飯器が置いてましたよ。」
「なるほど。やはり焼き肉には米が無いとですからね。□□さん、お酒は飲まれます?」
「実はまだ18なんですよ。」
「そうなんですね。じゃあ私の一つ後輩だ。」
麗香さんはタブレットを慣れた手つきで弄りながら話す。
スゴい量を頼んでいる気がするのだが。
「大学生ですか?私はA大学です。」
「麗香さん、スゴいですね!私はB大なんですよ。」
「ふふ、知りたいことがあってたくさん勉強してたらいつの間にか。□□さんも十分良い大学に行かれてるじゃないですか。」
「いや、麗香さんに比べれば…知りたいことは、解ったんですか?」
「ええ、検討違いの所で。でも、おかげで探しているものも見つかったかもしれないです。」
そういうと麗香さんはこちらをじっと見つめた後、にっこり笑う。
その様子が、原作では笑顔がないのになぜだかとてもレベッカ様みたいで、私は見とれてしまっていた。




