ある大晦日 その2
夜。
年越しそばもあるため軽く夕食を済ませた私たちは、いつもの格好でテレビを見る。
「みかん、貰っても良いか?」
「えー…自分で剥いてくださいよ。」
私が剥き終えたみかんを取ろうとしたお姉さまの手の甲をぺちっと叩く。
「リシアが剥いたみかんが食べたいんだ。」
「でしたら、お姉さまが剥いた分と交換で。」
剥く前のみかんを差し出すと、しぶしぶといった風にお姉さまは剥き始める。
「これでいいか?」
「ええ。では交換です。」
私たちはみかんを交換しあうと、摘まんでいく。
「2個目は…」
「私はひとつでいいので、自分で剥いてくださいね?」
「リシアの剥いたのが食べたい…。」
「私が剥くと何か変わるんですか?」
「愛情の味がする。」
「残念ですね、一つ目から自分のために剥いたので元々愛情は籠もってません。」
「むぅ…。」
そういうとお姉さまは自分でみかんを取って剥いてゆく。
どうせ三つ目も食べるだろう。仕方ないからひっそりと剥いておいてやるか。
「そういや、今年は笑っちゃいけない奴みないんですか?お姉さま好きですよね?」
「あれか。今年は無いらしいぞ?」
「そうなんですか!?」
「リシア、世間から隔絶されてるのかというくらいそういうの知らないよな…。」
「お仕事が忙しくて…。」
「…まぁ仕方ないとは思うが。」
そういうとお姉さまはそっと私の頭を撫でる。
こうしてもらえるだけで活力になる。
「代わりに何を見るかな。リシアは見たい番組はあるか?」
「お姉さまは格闘技とかも見てて楽しいのでは?」
「嫌いじゃないが、私はやる方が好きだ。」
「あそこに出られてる方とお姉さま、どっちが強いですか?あ、はい、みかんです。」
「私だな。間違いない。」
「まぁ、お姉さまが負けるところは見たこと無いですからね…」
負けるところ?そもそも現代日本でいつ?
「あっ、これって…」
「ああはい、うるさいんで剥いておきました。」
「ありがとう、リシア。美味しいよ。」
やっと手渡されたみかんに気づいたのか、お姉さまはうれしそうに口に運ぶと、そのまま強く抱きしめて私にお礼を言う。
「オーバーですねぇ。」
「嬉しいから仕方あるまい。」
少し照れくさい。
嬉しそうなお姉さまを横目にテレビをザッピングする。
「明日は休みなのか?」
「明日だけは。2日から仕事始めですね。」
「何と。短いな。」
「お姉さまはどうなんですか?」
「私か?私は5日からかな。」
「本当にホワイトで羨ましいですね…。」
「リシアとゆっくり出来ないなら、休みに意味はないんだがな…。」
「お姉さま、私と出会う前はどうやって生きてたんですか?」
「はて、どうだったかな…。」
「これ、本当に思い出せない奴だ…。」
そんな雑談をしながら夜は更ける。
「もう一時間もありませんね。そろそろ年越しそばを用意しましょうか。」
「ふふ、これを楽しみにしてたんだ。」
「お姉さまは餅を焼いててもらえますか?かちんそばにしましょう。」
「かちんそばとはなんだ?」
「え?餅をいれたそばのことをかちんそばっていいません?」
「力そばと言うな、うちは。」
「地方差なんですかねえ…。」
少しカルチャーショックを受けながらもそばの用意を始める。
「リシアの故郷か。聞いたことがなかったな。」
「関西です。たこ焼き焼けますよ?」
「そうなのか。…行ってみたいな。」
「ええ、良いところですよ?」
「案内してくれるか?」
「それだけの休みが取れたら良いんですけどね。最近はコミケすら行けてないからなあ。」
「コミケ。それも興味があるんだ。リシアの様な情熱のある人たちがいるんだろ?」
「そんないいところじゃないですよ。お姉さまの作品は私くらいしか居ないですし。」
お姉さまの、作品?
なにかを思い出しそうになりながら、諦める。
「おそば、出来ましたよ?」
「こちらもいい感じに焼けたようだ。食べるとしようか。」
餅の分増えるのを忘れていた。おかげで少し多く注ぎすぎたようだ。
二人、そばをこぼさないようにそっと慎重に運ぶ。
その様子が何だかおかしくて、お互い笑いあう。
「こういうの、何か良いですね。」
「何なんだろうな。」
そのままコタツまで運び終え、また二人並んで座る。
「では、年越しを祈願して。」
「いただきます。」




