旅路の続き
-あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。
「リシア、父上たちの墓に挨拶に行こうと思うのだが。」
「そうですね。準備も大方済みましたし、先にご挨拶に参りましょうか。」
私はお姉さまの乗る馬に跨がり、背に掴まる。
お姉さまが馬を操る様子はいくつになってもとてもサマになっており、素敵だ。
「いつからか、馬上でお前が背に居ないと落ち着かなくなってしまった。」
「馬に乗られる時は、大体お供しておりましたからね。」
私達はいつものように二人で馬に乗り、墓へ向かう。
◆ ◇ ◆ ◇
私はローエンリンデ公爵家の墓の前に座ると、祈りを捧げてご挨拶をする。
それを済ませると、待っていたかの様にお姉さまがふらりと墓の前に出て座る。
「父上、母上、兄上。昨日の叙爵式は見てくれたか?」
もう幾度も訪れた、ローエンリンデ公爵家の墓の前。
お姉さまはゆったりと座り、滔々と墓に向かって話しかける。
「これで、私の役目も終わり。ふふ。短いような、長いような。気づけばあの日の父上たちの歳を越えてしまったよ。」
私たちは、特に私は見た目的にはあまり歳をとらなかった。
それは聖女の癒しの力がなせる業なのかもしれない。
「見ただろう、リックのあの様。もう、問題はないだろう。」
リック。
私たちの息子、リチャードのことだ。
ヒューバート皇子が婚約なされてすぐ、双子の男の子が産まれた。
そのうちの一人はリチャードと名付けられ、産まれてすぐに私たちの元へと養子に出された。
血の繋がらない子ではあるが、私たちは我が子同然に接し、育てた。
育児は決して簡単ではなかった。
お姉さまとも、リチャードとも何度ぶつかり合ったことだろうか。
「あの小さかったリックが、あそこまで立派になってくれるとは。…血のつながりは無いが、奴も立派なローエンリンデの人間だ。父上たちもそう思うだろ?」
ああ。
あの子は私たちの立派な息子だ。
誇れるような、そんな子に育ってくれた。
もう、私たちに出来ることはないだろう。
「じゃあ、行くよ。父上、母上、兄上。これからは私たちではなくリックを見守ってやって欲しい。これからは奴がローエンリンデの当主だ。私たちはこれから好き勝手するだけだから、加護は要らないぞ?」
そう、昨日は叙爵式。
それはリックがローエンリンデ公爵の立場を継承するものだった。
私たちは隠居の身となったのだ。
そして旅立ちの日でもある。
◆ ◇ ◆ ◇
私たちは墓に挨拶を済ませ、領主館に戻る。
すると、玄関からあわてて駆け出す人影が二人いる。
「母上、公爵様、どちらに行かれてたのですか!?」
「あら、リック、アランさん。ちょっとお祖父様たちのお墓に行ってたのよ。」
「リック。お前は昨日から公爵になったんだ。公爵ではなく、そうだな。またおっきい母上って呼んでくれないか?」
「嫌です。いくつだと思っておられるんですか?」
「お嬢様、それは少し無理があるかと…。」
まだリックが小さい頃、私のことは小さい母上、お姉さまのことはおっきい母上と呼んでいた頃があった。
いつしか、お姉さまを公爵様、私のことを母上と呼ぶようになったが。
懐かしいものだ。
「しかし良かった。もう出られたのかと思い慌てて探しましたよ。」
「ふふ、リックに何もいわず出て行くものですか。」
「…いつまでもここに居られて構わないのですよ。」
「ええ、お嬢様はいつまでもローエンリンデのお嬢様なのですから。」
「口うるさい元公爵の私が居ても面倒くさいだけだろ?」
「今後何か口出しされても力でねじ伏せて黙らせるだけですので構いませんよ。」
「何だと!?やるか!?」
「公爵様こそ私にまたやられたいんですか!?」
「あれはまぐれだろう!!まだ十回やれば八回は勝つね!!」
「いーや今の私なら公爵様だったら十回やれば九回は勝てます!!」
「公爵様じゃないって言ってるだろ!?お前は何度言えば解るんだ!?」
「私にとってはいつまで経っても公爵様なんですから仕方ないでしょう!?」
「二 人 と も ?」
「「すいません…。」」
お姉さまは元々が勤勉で学園でもしっかり勉強していたように、とても教育熱心だった。
剣についても小さい頃から手ほどきし、それはそれは厳しいものだった。
私とお姉さまは特に剣の指導に関しては教育方針が一致せず良く揉めたものだ。
だが、リックにも剣の才はあったのだろう。
お姉さまの厳しい教育にも食いついていき、叙爵式の前日、ついにお姉さまに勝ったのだ。
お姉さまと結婚してから二十年。真っ直ぐ剣で勝負して負けるところを私は初めて見たのだ。
そんなリックとお姉さまだ。
どちらかというとぶつかり合いながらコミュニケーションを取ってきた親子で、未だに喧嘩が絶えない。
どうせ私に二人まとめて怒られるのが解っているのに、だ。
「…ですから、二人ともここに居てくださいよ。寂しいじゃ、ないですか…。」
「…すまない。これは私たちの昔からの夢だったんだ。」
「それにもうリックにはリリィが居るでしょう?」
リックにはリリィという妻がいる。
「ああ、リリィが先ほど義父上たちを迎えにいきました。もうすぐそばまで来られているそうですよ。」
「ああ、そうか。シンシアたちももう来るか。」
そう、リリィはシンシア様とカイト様の子だ。
母親譲りの銀髪に、父親譲りの明るく社交的な性格。
とても素敵なお嬢様なのだ。
「噂をすれば、リリィが戻ってきたみたいですよ。」
「お義母さまに公爵様!ごきげんよう!父と母を連れて参りました!」
「よぉ、リシアにレベッカ、それから我が息子よ。元気か?」
「リシア様、レベッカ様。お久しぶりです。」
そこにはナイスミドルになったカイト様と、歳を綺麗に重ねてより妖艶になったシンシア様がいた。
「お二人とも、来てくれたんですね!」
「カイトは来なくて良かったがな。」
「いきなりご挨拶だな、おい。」
「結局一度も私に勝てなかった腑抜けがリックの義父になるとは、私は頭が痛いよ…。」
「なんだお前、やんのか!?」
「「二 人 と も ?」」
「「すいません…」」
この二人も相変わらずこんな感じだ。
私とシンシア様に怒られるのが解っているのに、顔を合わすと喧嘩する。
私たちはいつも呆れながら喧嘩している横でお茶をするのだ。
「寂しくなりますね。」
「ええ。手紙を書きますからね、シンシア様。」
「母上、私にも。」
「もちろんですよ、リック。」
「私も書くぞ?」
「リック、レベッカ様の手紙は要りますか?」
「いえ。シンシア義母様は必要ですか?」
「私も必要ありません。」
「お前等…。もう帰ってきてやらないからな!」
「もう、またお姉さまが拗ねるじゃないですか。」
義理の父親と母親になるカイト様とシンシア様はリックに良くしてくれる。
カイト様はリックのことを我が息子と呼ぶし、シンシア様はこんな風にリックと軽口を言ったりする。
尤も、軽口を言われる立場のお姉さまはたいてい愉快そうではないが。
私はまたいじけているお姉さまの背をさすって機嫌を取りながら話す。
「今日は集まっていただいてありがとうございます。私たちの為にわざわざ来ていただいて。」
「当然ですよ。私たち友達でしょう、リシア様。」
「ふふ、そうですね。シンシア様。」
「ああ、今日こそとっちめてやっからな!?レベッカ!!」
「私に勝てるようになってから言うがいい。」
「「二 人 と も ?」」
なんだかんだ、カイト様とお姉さまも寂しいのだろう。今日はいつもより絡み方が激しい。
「では、皆さん集まっていただきましたし、時間も時間です。お姉さま、そろそろ。」
「…ああ、そうだな。」
お姉さまはすっと気持ちを切り替えると、精悍な顔つきになり口を開く。
「私、レベッカ・ローエンリンデは昨日を以て公爵を辞しました。これまで恙無く勤め上げられたのも、皆様のご協力あってのことでした。心よりお礼申し上げます。」
私とお姉さまは皆に向かって一礼する。
皆はそれを静かに見守ってくれている。
「今後はリチャードをローエンリンデ公爵としてお支えいただければ幸いです。良いか、リック。困ったらカイト、シンシア、アラン、リリィ。それから私たち。誰でも良いから相談すること。…まぁ、お前のことだ、心配していないがな。」
「…ありがとうございます…。」
リックは大粒の涙を流しながらもそれを止めようと頑張っている。
横にはその涙を拭うリリィの姿。二人ならきっと大丈夫。
「そして今日、私は最愛の人であるリシア・ローエンリンデと共に長い旅に出ます。長年の夢であったこの旅路を実現出来たのも、同様に皆様のお支えあってのことです。重ねてお礼申し上げます。」
私たちは再度一礼する。
いつだっただろうか。
お姉さまは「隠居したら二人でのんびり旅にでも出たいな。」と言っていた。
私も、何となく同じ様な夢を一緒に抱いていた。
そして今日、その日が来たのだ。
「と、まぁ堅っ苦しい話はここまでにして。最後は私たちらしく挨拶させてもらおう。なぁ、リシア。」
「ええ。それでは…」
「「みんな、行ってきます!」」
これにて後日談も完結です。
書きたいことを一つ一つ潰して行って、潰していく中で書きたいことがまた増えていって。
たぶん、ふとまた書きたいことは増えるのでしょう。
でも今は二人についてそろそろ書ききった、という気持ちが強く、そろそろ終わらせるときが来たのではないかと思います。
今後はふと思いついた時に追加エピソードを書ければと思っていますが、今までの様な1日1更新ペースで更新することはもうありません。
リシアと、レベッカ。二人の物語はお楽しみいただけましたでしょうか?
ここからの旅路は二人だけの物語。
どう紡いで、どう終わりを迎えるのか。
それを知りうるのは二人しかいません。
詩的な表現になりますが、きっと二人は私という創作者からも旅立ったのだと思います。
我が子の様に思っていた二人が、私から旅立ち、二人だけの物語を紡ぐ。
寂しさと嬉しさが混在していて、とても不思議な感情が渦巻いているのが解ります。
本当に、本当に、二人を描くのは楽しい時間でした。
今後は数日中に新作(「恋した相手は武力99の姫でした」https://book1.adouzi.eu.org/n5635hh/)の更新から始めていきたいと考えております。
こちらもよろしければ応援いただければ嬉しいです。
それでは最後になりましたが、今までご愛読いただけた読者の皆様方、二人の物語にここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




