10000ユニークpv記念 赤髪の快男児と銀髪の魔女 その8
その日、私はどことなく落ち着かなかった。
ただカイト様に日々のお礼にチョコレートを渡すだけ。
そう思ってはいるものの、どこか足取りが重い。
それもこれもリシア様とレベッカ様のせいだ。
私は学園での生活ももう少しで終わりだし、最後にリシア様とレベッカ様と一緒にチョコを作ってお礼に差し上げたいと思っていただけなのに。
不意打ちのようにカイト様の分まで作らされてしまった。
どうせ、あの人はここにいるのでしょうね。
学園にある競技場に向かう。
芝生の上で馬と座り込んでいる彼がいた。
「よぉ、シンシア。会いに来てくれたのか?」
「そんなわけないでしょう。近くを通ったので様子を見に来ただけです。」
「そうか。だとしても嬉しい。」
カイト様がぱっと笑顔になる。
先ほどまで授業で教室で会っていたばかりだろうに。
「…良かったら今から一緒に馬にでも乗るか?」
「今日はスカートなのですけど。」
「あ、あぁ。そうだったな…。」
彼も少し緊張しているのだろうか。
らしくない提案に少し心が軽くなる。
「今週末でよろしければお付き合いしますが。」
「本当か?」
「私の馬は涼風をお借りできればありがたいです。」
「もちろんだ。涼風も喜ぶぞ。」
私たちは狩猟大会以来こうして週末は遠乗りに出かけることが増えた。
乗馬とは貴族女性らしくない趣味ではあるが、これが中々に面白い。
同様に料理というらしくない趣味を全力で楽しんでいる淑女もいるのだ、これくらいは許されるだろう。
「楽しみだな。週末。」
彼は嬉しそうに芝生に寝転がる。
週末に出かけるのも珍しいことではないのに、大げさなものだ。
「あの、ですからスカートなのですけど。横になられたら見えてしまうでしょう。」
「あっ、その、すまない。」
彼は慌てて起き上がる。
今日はつくづく彼らしくない。
「あなたの前ではスカートよりズボンを履いた方が良さそうですね。」
「かもな。でも、その姿のシンシアもとても綺麗だ。」
「なっ…そうですか。」
突然のほめ言葉に少したじろぐ。
この人はこういうことを真っ直ぐ言ってくるので苦手だ。
「先週末はリシア嬢たちと遊んでたんだろ?楽しめたか?」
「ええ。もうすぐ卒業だから、といつもより盛り上がってしまいました。」
「そうか、もう卒業だな…。」
後1ヶ月。卒業してしまうと皆バラバラだ。
リシア様たちの結婚式には呼ばれるだろうが、中々会う機会は持てないだろう。
もちろん、カイト様とも。
「すまない、シンシア。」
「何がですか?」
「また待たせてしまうと思ってな。」
「まぁ、いつものことでは。」
カイト様は卒業後、自分の領地に帰って領主見習いとして父親の下で働くことになる。
そのためすぐに結婚、とはいかない。
とはいえ、私への告白もずいぶん待たされたのだ。
今更だろう。
「待っててくれるか。」
「さぁ、どうでしょう。」
少し冷たかっただろうか。
私は不安になる。
「そうか、そうだな。シンシアなら引く手あまただろう。」
「はぁ。」
一人で得心がいったという風に頷くカイト様を見て、そうではないと言いたくなる。
だが、言葉が出ない。
「ああ、そういえば。これ、余り物ですが。」
私は何でもないようにチョコを差し出す。
カイト様はガバッと立ち上がる。
「これって…チョコだよな?」
「リシア様とレベッカ様と作ったら余ったので。」
「本当に嬉しい。今日一日、気が気でなかったんだ。わかるだろ?」
「確かに、集中には欠けているように見えましたね。」
「ありがとう。ちゃんと礼はするからな?」
「余り物です。大袈裟です。」
人なつっこいようなそんな笑顔。
カイト様のその笑顔を横で見ていると、私まで笑顔になりそうで。
「なぁ、早速開けていいか?」
そこで私の背筋が凍る。
ダメだ、中には。
「ダメです。開けないでください。」
「なら家に帰ってからにするか…」
「それもダメです。開けたら死にます。」
「何が入ってんだよ…。」
カイト様は悪いことを思いついたという風ににやりと笑う。
そのまま後ろを向いたと思うと、チョコの包みを開ける音がする。
「ダメだと言っているでしょう!」
「貰ったからもう俺のもんだからな!!」
もみ合いになるも、カイト様の身体能力には敵わず止められない。
ああ、開けられてしまう--
「これは…。」
カイト様が中身を見て固まる。
そうだ、中はハート型のチョコと、その上に乗ったチョコで書かれたメッセージボード。
『カイト様へ お待ちしております。 シンシア』
「は、ハート型を選んだのはレベッカ様ですから…」
蚊の鳴いたような声で言い訳をする。
「シンシア!」
「やめてください人前で。」
強くカイト様に抱きしめられた私は抵抗しようとしたが、どうせ勝てないと悟りただされるがままに抱きしめられていた。




