月に願えば
レベッカ視点です。
体が動かない。悪い物が体内で暴れ狂っているのがわかる。
それはしきりに内からの痛みを引き起こす。
気を失ってしまった方が楽なほどの痛みに、私は声をかみ殺して耐える。
痛みで声を出してしまうのは、負けたようで嫌だったから。
どことも知れぬ建物の地下、私は傷に対する本当に最低限の治療を受け、床に転がされている。
拘束など要らぬとばかりにそのままにされているのが、この体内の毒への相手の理解が知れる。
「やぁレベッカ。元気かい?」
「…いい気分で寝ていたのに、お前の顔を見て最悪の気分だよ。エドワード。」
「つれないなあ。僕たちは婚約者同士じゃないか。」
そう言って笑顔で私を見下ろすエドワード。
二度と見たくない面だったが。
「とはいえ、さすがに今回のことは庇いきれないよ。神託の聖女襲撃事件の首謀者さん?」
「ふん、それは王家の調査か?」
「そうだよ?だから僕がわざわざ来たんだから。」
「どうだか。陛下はお前と違って耄碌されてないからな。」
今回の件はエドワードの独断専行の可能性が非常に高い。
陛下と話をする前の私なら、ローエンリンデごと消してしまう王家の意志ともとれなくはなかったが…。
「まぁ、今のままなら王家に確認取る前に死んじゃうんじゃない?しんどいでしょ。君。」
「はて。お前の毒はそろそろ体から抜けてきたようだ。恋人が毎日デトックス効果のあるマッサージをしてくれてたからかな。」
「僕が毒を打ち込んだみたいな言い方は止めてくれないかなあ。無関係だからね?」
「だとしたら、お前より弓が上手い奴が私以外にも居ることになるな。落ちたものだな?」
「うるさいっ!僕はお前に負けてなど居ないっ!」
「剣で私に負けて逃げ、自分で選んだと言う弓の道でも負けていれば立つ瀬がなかろうからな。」
「このっ!」
エドワードの蹴りが矢傷の残る胴体に入る。
この程度、リシアに叩かれた方がずっと痛い。
「…はぁ。まぁいいよ。そんな天才様が今僕の前に這いつくばっている。気分が良いから許してやる。」
「慈悲深いんだな。知らなかったよ。」
「ああ、僕は慈悲深い。だからお前の命もリシアと引き換えに助けてやるつもりだ。」
「リシアにモテないから助けてレベッカちゃんだって?無様だな。」
「僕がリシアを選んでやると言っているのにその選択の価値も解らない愚か者だからね。リシアにはお前じゃなくて僕を選ばせてやる。」
ああ、なるほど。
こいつは自分が選んだ道でずっと私に負けてきた。
それが許せなかったのか。
伴侶には私ではなくリシアを選ぶ。そうして私に当てつけようとしたら、まさか私にリシアを取られてしまった。
そうなれば、確かに奴のプライドはズタズタだろう。
「ふふ。リシアはお前を選ばんよ。」
「あぁ!?」
「私の命を助ける為にリシアの命を差し出せ、と言えばリシアは受けるかも知れない。でも、私の命を助ける為に私と別れてお前と付き合えと言って受けるようなタマじゃないよ、リシアは。」
「普通逆だろう。頭がおかしいのか?」
「さてな。でも、愛とはそういう非合理的なものだ。だからモテないんだよ、お前は。」
「黙れ!」
エドワードがまた蹴りを入れる。図星をつかれて怒る姿は無様でしかない。
「そもそも、ここまで独断専行でやった以上、証拠隠滅してどうにか私が悪かったという形にするためには、私の死しかない。お前は元々私を生かして返すつもりはないんだよ。違うか?」
「…どうだろうね。」
「言葉を濁したところでそれは明白だ。ああ見えて、リシアは聡い子だよ。リシアと話し合いをするなら、その事実は気づいているものとして考えておいた方がいいと思うぞ?」
「お前に言われなくたってそうするよ。」
エドワードは捨て台詞を吐くと、これ以上話すことはないとばかりに背を向けこの場を去る。
体中を這い回る毒の痛みに、また歯を食いしばり、声を堪える。
昨晩からこの痛みで一睡もできてはいないが、それでも目を瞑り眠ってしまおうと努める。
まぶたの裏には何故か月がぽっかり浮かんでいるように見えた。
リシアと見たあの秋の月だろうか。リシアは今何をしているのだろう。きっと彼女なりに何か解決出来ないか、全力で取り組んでいるんだろうな。
また、リシアに会えますように。私はまぶたの裏の月に願う。
不思議と少し痛みが楽になった気がして、また痛みで目覚めるまでの数刻、私は眠りにつくことが出来たのだった。




