次こそ君を
レベッカ視点です。
「リシア、馬から降りて、その岩を背にして待っていろ。渡していた小刀はあるな?」
「はい。…お姉さま、ご武運を。」
リシアは私の指示に従い、不慣れな手つきで小刀を構え、私の後ろに岩を背に立つ。
「ざっと、三十人と言ったところか。アランの方も含めれば五十くらいだろう。舐められたものだな?」
アランは強い。今すぐとは言えずとも、必ず自分で窮地を抜け返り討ちにするだろう。
しかし、わざわざ私の領地の中に刺客を放った理由はなんだ?
そもそも買った恨みなど…ああ、エドワードが居たか。
罠を効果的に張っている理由も納得が行く。奴は、婚約者として何度もここに来たことがある。
奴の狙いは何だ?私か、リシアか。
私をわざわざ狙う必要性が感じられない。となると、神託の聖女であるリシアを政治的に狙ってきた可能性は高い。
「さて。やろうか。好きに掛かってくると良いぞ。ただし、私の横を抜けられると思うな?」
刺客たちにそう声を掛けて、私は剣を構える。
ここより先は一歩も通すものか。
「おっと、私が言っていたことを聞いていたか?」
遠回りして私の横を抜けようとした刺客の眉間に、小刀を投げ命中させる。
今は、相手の生死を気にしている余裕はない。
「言葉が通じないという事はあるまい?それとも解する脳みそもないのか?」
私に切りかかってきた相手につま先に鉄板の入った靴で股間に一蹴り入れ、地に沈める。
「まさか、対アランを想定して用意していた小物がここで役立つとはな…。」
大量に携帯している小刀や鉄板入りの靴は元々はアランとの果たし合いの為に用意していたものだ。
その後ももしもの時に役立つだろうと思って常備していたが、そのもしもの時が来るとは。
「以前の私ならともかく、今の私に対して30人程度で足りるはずがない。計算も出来ないのか?」
一番注意すべきなのは、指先のしびれから起こる握力の低下だ。
しかし、小刀や鉄板入りの靴がそれを解決してくれる。
「まどろっこしい。全員まとめて掛かってくると良い。」
私は無敵だ。リシアを守れなかった夏のあの日、次こそ私がリシアを守ると誓ったのだから。
◆ ◇ ◆ ◇
私を抜いてリシアのところに到達するのは難しいと判断したのか、刺客は私を遠巻きに囲み、距離を取ったまま隙をうかがう。
この場所を動くわけには行かない私にはなかなか鬱陶しい。
アランの方も窮地こそ脱したものの、武器を失ったようで膠着しているようだ。
これは長丁場になりそうだな。
異変を察した屋敷から援軍が来ると良いのだが。
「おーっと。その手は食わんぞ?」
一人の刺客が捨て身で私に切りかかってくる。
肉を切らせて骨を断つと言いたいところなのだろうが、つきあってやる必要は一切ない。
私は咄嗟に屈んで、軽く足払いをしてやると、倒れた刺客の胸にしっかりと剣を差し込む。
「何やら、剣士の矜持は無いのかと言った視線を感じる気がするな。獣を倒すのに剣士の矜持は必要なかろうさ。」
私はしきりに刺客を挑発して誘い込もうとするが、そう簡単には掛からない。
まぁいいさ。何時間だって付き合ってやる。
◆ ◇ ◆ ◇
日が暮れてゆく。刺客の数もそろそろ指折り数えられそうな感じだ。
援軍が来ていないということは、何かしらの足止めを食らっている可能性は高い。
が、地の利はこちらにある。闇夜に乗じれば罠があると言えど刺客では追いつく前に援軍とは合流出来るだろう。
さらにアランの方もそろそろ片づきそうな雰囲気がある。アランも加われば遊撃も可能になる。
それが刺客にもわかっているのか、攻撃が激化していく。
「とは言え、私に勝てるはずがないと解らんものかね?」
3人の刺客が息を合わせて上段中段下段と切り込んでくる。
私はつま先で下段に切り込んできた剣を蹴り上げると、上段の剣を小刀で、中段の剣を剣で受け止め返す。
剣を失った一人の眉間にまた一本小刀を投げ突き刺した。
「ふぅ。距離をとれ距離をとれ。」
残りの刺客が一旦距離を取る。そうするしかないだろう。
さて、次はどんな手で来るものか。
私は警戒を緩めないまま、リシアの様子を伺う。
リシアは目に涙を溜め、不安そうな顔をしながら剣を構えている。
私のリシアを泣かした罪は重いな。死罪で良かろう?
「さて、この盤面。私の勝ちのようだが。」
時間を経るごとに、刺客たちの勝ち筋は減っていく。
残された道は死ぬ気で掛かってなんとかするか、撤退するかの二択だ。
「まぁ、そう来るよな。」
刺客が一斉に私に掛かってくる。
私は一つずつ、それを凌いでいく。
長時間の疲労から、ついに自分の愛剣を取り落とす。
だが問題はない。ここまでくれば小刀と鉄板入りの靴でなんとかなる、はずだった。
風景がスローになる。
遠く遠く、私たちが察知出来ないような位置から、一本の矢が私に向かってくるのが解る。
あんな位置から的確に狙撃を決めてくる射手など、私を除けばそういない。
エドワード。まさか、お前がここまで来ているとはな。何がお前をそこまでさせる?
この射角、避けてしまえばリシアに当たってしまうことは間違いない。
リシアを、神託の聖女を何とか連れて帰るのがお前の目的じゃなかったのか?
であれば、どうして。
ナイフは、刺客の剣を押さえ込んでいる。
鉄板入りの靴では、凌ぎきれない。
リシアか。私か。
ならば私しかないだろう!
「お姉さま!」
「ぐっ…!」
エドワードが狙撃した矢が私の腹にしっかりと刺さる。
射角、威力、タイミング。どれも完璧だった。
腕を磨いたな。
「お姉さま!お姉さま!お姉さま!!!」
「来るな!二射が来る前に伏せろ!!」
リシアが、静かにそこに伏せる音がする。
こんな時でも、私の言うことを信じ実行してくれる。本当に私は幸せ者だ。
もう刺さった側の半身は既に感覚がない。体全体がどんどん重く、熱を失っていくのが解る。
毒だろうな、これは。
「づっっっっ…!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
私は声にならない声をあげ、体を奮い立たせる。
隙に乗じた刺客の剣が押し寄せる。
ただ、目の前の一人一人を倒していく。
何度斬られたかは、もう解らない。
それでも、リシアを守るという誓いだけが私の体を動かした。
◆ ◇ ◆ ◇
「お姉さま!しっかりしてください!お姉さま!」
「お嬢様!今屋敷から医者を連れて参ります!」
リシアとアランが声を掛けてくれるのが解る。
どうやら、私は守りきれたらしい。
その事実に、心が温かくなる。
「リシア、次こそ君を守れて、良かった。」
私は目の前の愛しい人を片腕で抱きしめた。
第六章「次こそ君を」メインのお話はこれにて終了となります。
この作品の草案からあったシーンで、ほとんど草案から変わった中でこのシーンだけは草案通りのままです。
章タイトル「次こそ君を」は、この最終話のタイトルでもあり、最終話レベッカ最後の台詞でもあって、メインの焦点はここにあるんですが、他にも「次こそ君を」と言うテーマで書いた部分はいくつかあります。
今まで読んだもの、読み進めればわかるかもしれないもの。色々考察いただければと思います。
思えば、六章は今までの章の中で一番長いものとなりました。
まだまだ書きたいことが多く、ですが六章最終話を書いてしまうと、後戻りは出来ないというジレンマの中、迷走した部分もありました。
ですが、それでも着いてきてくれた読者の方々には感謝しております。
物語はついに最終盤を迎えます。
リシアとレベッカ。二人の物語がここからどういう結末を紡いでいくのか。
共に見守っていただければ幸いです。




