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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
第六章 次こそ君を
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表情の、記憶

お姉さまとのタンデムでの乗馬にも少しずつ慣れて、徐々にスピードを上げていく。

お姉さまは顔や言葉には出さないが、もっとスピードを上げたくてうずうずしているのが解る。


「私も慣れてきたので、スピードを上げて貰っても良いですよ?」

「本当か?いや、しかし…」

「ちゃんとジョゼとお姉さまに掴まっておりますから。ね?」

「…私も十分に気を遣うが、危ないと思ったらすぐに言うんだぞ?」

「もちろんです。」


返答と共にどんどんジョゼのスピードが上がっていく。

まるで風と共に吹きすさんでいるかのようだ。

ふと見上げてみると、そこには無邪気に楽しんでいるお姉さまの顔がある。

…この時の、お姉さまの顔はとても良く印象に残っている。


◆ ◇ ◆ ◇


目的地の丘がもう目視出来る頃、私達は近くの川にいた。


「ジョゼ、よく走ったな。ゆっくり水を飲んでくれ。」


お姉さまは川で水を美味しそうに飲むジョゼの背を愛おしそうに撫でる。

自分でも意外に思うが、それに少し嫉妬している自分がいた。

私はその思いを振り払うように顔を振ると、お姉さまの元へ向かう。


「お姉さまもお水をどうぞ?」

「ありがとう。気が利くな。」


胸に忍ばせていた水筒を差し出すと、非常に美味しそうにその水を飲み干す。


「ふふ、私は解っているぞ。リシア。」

「何がですか?」


まさか、先ほどの大人げない嫉妬を察されてしまったか。

私は気恥ずかしさを隠しながら、そう訪ねる。


「ジョゼにつるしていた竹の葉の包み。あれはお弁当だろう?」

「ああそれですか。きっと良く動かれると思ったので、形が崩れても良いようなおにぎりを少し。」


私はそうではなかったことに安堵し、答える。

それを聞いたお姉さまは、とても嬉しそうにニカッと笑った。


「おにぎり!それは良いな!おーい、アラン。確かここらへんにうちの使ってない小屋があったよな。」

「それでしたら北に少し歩けばございますよ。」

「リシアが昼食におにぎりを作ってくれているらしい。そこで食べよう!」


言うが否や、そのまま軽い足取りでジョゼを引きながら歩き始める。

私もついて行こうと横に並ぶと、すっとお姉さまが背に手を回す。


「リシアはヤキモチを妬かないタイプと思っていたのだがな?」


そう悪戯っぽく笑う、…その表情も良く、覚えている。



◆ ◇ ◆ ◇


小屋で昼食を摂った私たちは丘へ向かう。

そこは小高い、だが何の変哲もない丘だ。

ジョゼを放し自由にさせ、私たちは丘のてっぺんに座り、お姉さまの思い出を聞く。

お姉さまの語る思い出を一つ一つ聞いていく度にその丘は特別なものとなっていく。


「っと、すまない。私の思い出話ばかりだな。」

「もっと聞きたいです。たくさん。」

「いつか、リシアの思い出の地にも連れて行って欲しい。きっと、そこで聞くリシアの思い出話は、楽しいのだろうな。」


未来を心待ちにするような、そんな笑顔。…そんな表情も、私は良く覚えている。



◆ ◇ ◆ ◇


帰路、私達は馬を駆けさせ屋敷へ向かう。

今日も1日、幸せだった。帰ったら、夕食を作ろう。お姉さまは、それを笑顔で食べて、美味しいなって言ってくれる。

そんな、毎日が続くと、思いこんでいた。


道中、唐突にお姉さまの表情が曇る。


「これは…いや?」

「どうされましたか?」

「気のせいとは思うが…。」


そんな会話をしてすぐのこと。前を走るアランさんの馬がバランスを崩し、アランさんは落馬する。


「お嬢様!」

「解っている!」


張りつめた声でのやり取りが妙に野原に響く。

地面を転がりながら受け身をとったアランさんは、そのまま膝立ちのポーズになり、剣を構える。

そんなアランさんをたくさんの人影が囲む。


「お姉さま、アランさんが!」

「…アランなら自分で何とかする。足止めの罠を張っているような相手だ。このまま逃げても分は悪い、か。」


お姉さまの表情が、出会った頃の様な厳しいものに変わる。

私はまだ状況を捉えられないでいた。

だが、私たちの周りを囲む人たちがいると言うことだけは解った。


「私達はローエンリンデ公爵家のものだ!知っての狼藉か!」


地の果てまで届きそうな大音声を発する。

それに返事を返すものは、誰もいなかった。






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