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31. 二人の覚悟と切り札

「この林を抜けて、小さな川を渡ればフルフの町までもうすぐです」


 オレの前に座っているセイラが、林の先を指さしながらそう言った。


 オレ達が進む街道は、林の中に続いていた。

 あいかわらず人の姿は全くないが、林の中には小さな動物がいるみたいだ。

 何匹か、木々の間を駆けまわっている姿や枝の上にいる姿が確認できる。

 上を見上げれば、木々の隙間からこぼれてくる日の光がまぶしい。

 そんなのどかで平和な景色の中、セイラのような若い女の子と二人きりで馬に揺られている。


 こんな状況滅多に無いだろう。

 そもそもあっちの世界では経験したことが無い。

 オレは、思わず顔がにやけてしまいそうになっていたが、必死にポーカーフェイススキルをフル稼働させていたよ。


 だが、そんなオレにとっての至福の時は、リオの念話であっけなく終了してしまった。


『トーヤ。林の向こう、小さな川の対岸に人がいる。……人数は二人。これは、たぶん……』

『あの二人か』


 本当に来たのか。

 兎人族の少女ラヴィと、猫人族の少女ファムが。


 オレは、そのまま馬を進めた。


 前回の戦いで、オレの方が強いということは分かったハズだ。

 それでも来なければいけない理由があるのならば、何かしら勝つための準備をしてきたということかもしれない。


 林を抜けた時、目の前には岩場を流れる小さな川があった。

 水量も少なく、十分馬に乗ったまま渡れる。


 しかし、その先には、やはりいた。

 二人の獣耳を持つ少女、ラヴィとファムが。


 セイラも気付き、「やはり……」と言葉を漏らしていた。


 彼女たちもオレ達が林を抜けてきたことに気付いてこちらを見ている。

 二人とオレの目が合う。


 オレは二人から視線を外さずに、リオに念話で確認をした。


『リオ、周りに伏兵や罠があるか分かるか?』

『伏兵は無し。二人だけだよ。罠に関しても、ボクが感知できる範囲では無いみたい。どういうつもりだろうね。特に工夫もなくやってきたように見えるけど』

『そうか……分かった。ありがとう』


 リオに礼を言って、オレは馬を降りた。


 そうなのか? 本当に?


 リオの言うことを疑うわけではないが、それではあまりにも無鉄砲が過ぎる気がする。一体どういうつもりなのだろう。


「セイラはここにいてくれ」

「……はい」


 セイラに一言声をかけてから、オレは二人に向かってゆっくりと歩き始めた。


『リオ、セイラを頼む』

『分かってる。気を付けて』

『ああ』


 オレは、ゆっくりと二人ほうへ進む。


 足元は大小様々な石がごろごろしていて、決して戦闘がしやすい場所ではない。

 オレは進みながらも周囲を確認し、動き回るために必要な足場について、およその把握をしておいた。

 そして、比較的大きな石の上で、オレは歩みを止めた。

 視線を、彼女たちと交えながら。


 二人が無表情のままオレを見ている。

 武器を構えるでもなく、睨むでもなく、ただ黙ってオレを見ている。


「どういうつもりだ。お前たちではオレには勝てない。それはもう、分かっているだろう?」


 オレの問いに応えたのはネコ耳の少女ファムのほうだった。


「……そうね。残念ながら、あなたは強いわ。でも、だからといって、ワタシたちは引くわけにはいかないの。《雷の宝珠》を渡して頂戴」

「渡してどうする? 換金でもして大金を手にしたいのか?」

「……あなたには関係の無いことよ」

「それとも、カミーリャン商会の《黒蜂》として、主の元に届けるか?」


 ファムはそれには応えなかった。

 ただ、二人の瞳に力がこもり、あきらかに雰囲気が変わったことを感じた。

 少なくとも平穏ではない方向に。


 ラヴィが長槍を構えた。


「ファム、やるよ」


 ラヴィの紅い舌が上唇を一度舐めるのが見えた。


 まるで肉食系のようだ。

 ウサ耳なのに。


 オレは彼女の動作に、そんな変な感想を持ちながらも腰の剣を抜いた。

 同時にリオからの支援魔法がかけられたことを感じる。


 ファムもまた、一度手を後ろに回し、戻したときには両手にトレンチナイフが装着されていた。


 どうやら前回の戦いで、一人では敵わないと知り、今度は二人がかりで戦うつもりらしい。


 だが、本当にそれだけなのか?

 それで、オレに勝てると考えたのか?

 それとも、まさとは思うが、リオにも察知できないトラップでもあるのか?


 二人の動きに注目しているが、特におかしな動作はない。


 ラヴィが一旦腰を落とし、オレに向かって駆け出した。

 小さな川を一気に渡り切り、オレに向かって長槍で突いてくる。


 その後ろから、ファムの放ったナイフが見えた。


 オレはラヴィの長槍の矛先を剣で払い、ナイフを避ける。


「やあああああっ!」


 ナイフを避けた際、慣れない足元の石に一瞬気を取られ、その隙をついて後ろに回ったラヴィが気合と共に長槍で薙ぎ払ってきた。


 オレは、剣でそれを受け止める。


 剣と長槍が強くぶつかり合い、重く鈍い音が鳴り響く。


 オレの後ろから、ファムが飛びかかってきた。

 彼女の右手にはめられたトレンチナイフが、オレの首を目掛けて斬りかかって来る。


 オレはとっさに頭を下げ、ファムのトレンチナイフを避ける。

 そして二人と距離を取るために後ろに下がった。


 そこへ、ラヴィの矛先が勢いをつけて追撃してくる。


 その後ろからファムがナイフを放つのが見えた。


 ラヴィの攻撃が、どんどん速度を増してくる。


 一気に片を付けようとするかのように、その体力の全てを爆発させるかのように、どんどん速く、そしてどんどん重く、彼女の長槍がオレを襲う。


 ファムもまた同様に、両手に持つトレンチナイフを振りまわす回転を上げてくる。さらには少し距離を取って、ラヴィの攻撃に合わせナイフをオレに目掛けて放つ。


 二人の攻撃が絶えずオレに襲い掛かる。


 二人の絶妙なコンビネーションが、オレに攻撃の隙を与えないよう、まさに攻撃は最大の防御とばかりに多様な攻撃を繰り出してくる。


 オレがこの世界に来たばかりの頃ならば、この攻撃の多様さと速さに押され切ってしまったかもしれない。


 でも、今は違う。


 オレは、ミリアの攻撃を知っている。


 彼女の、相手を追い詰めていくかのような攻撃の怖さを知っている。


 いくらその攻撃をかわしても、まるで先が既に確定しているかのように、徐々に徐々に追い込まれていく怖さを知っている。


 あれに比べれば、ただ速いだけ。

 あれに比べれば、ただ多彩なだけ。


 彼女たちの攻撃は、ただ躱していれば済むのだ。

 そこに怖さはない。


 さらに言えば、オレはリオから支援魔法チートを受けている。

 速さもパワーも、そして体力も、そう簡単に衰えることはない。


 じっくりと彼女たちの攻撃を見極め、隙を見付けてはオレから攻撃を出したり、または相手のバランスを崩してやればいい。


 やはり彼女たちは短期決戦を考えていたのだろうか。

 わずかながら攻撃のスピードが落ちてきたように見える。

 そして、隙も増えてきたようだ。

 彼女たちの顔にも、必死さの中に疲れが見え始めている。


 でも、一度見逃した相手だからだろうか、それともセイラから聞いた話で彼女たちに同情しているからだろうか、オレは彼女たちに決定的な攻撃を与えるつもりはなかった。


 なんとか彼女たちに諦めさせようと、そう考えていた。


 オレ達の敵は、カミーリャン商会だ。


 彼女たちはそこに属する者かもしれないが、カミーリャン商会を潰せば、彼女たちがこのように命を懸ける必要も無くなるのではないか?

 ならば、ここは殺さずに、できるだけ傷付けずに、諦めさせたい。


 そう考えていた。


 だが、そこにオレの油断があったんだ。


 ファムの右ストーレートを左手でいなすように避けたオレは、続けざまに薙ぎ払ってきたラヴィの長槍を剣で受けた。

 その時、その隙をついてファムがオレに抱き付いてきた。


「――何を!」

「ラヴィ! 今よ。ワタシごと貫きなさい!」


 ――なんっ!


 ファムはオレの服を強く握り、必死に体を密着させてしがみ付く。


 ――まさか!


「ファムゥゥーーーー」


 ラヴィの悲痛な叫び声が響く。

 その目には涙を溜めて。

 ファムとオレに向かって長槍を突き出す。


 ――っざけるな!


「――バカやろおおお!」


 オレは左腕でファムを抱き寄せ、ラヴィの長槍を避けながら、怒りと共に剣で上から叩き落した。さらに右脚でラヴィを蹴り飛ばした。

 そして、ファムの首筋に左手を近付け、弱めの《放電スパーク》を入れる。


「がっ……あっ……」


 ファムの体が反るようにして震える。

 しかしファムは、それでもオレの服から手を放さなかった。


 ――なんなんだ。この執念は!


 そう思ったとき、ファムはオレにしがみ付きながら、頭をオレに押し付けながら、小さな声でつぶやいた。


「……我を贄に燃やし尽くしなさい! 《炎蛇の抱擁》」


 ――何だ? 呪文? 魔法? 我を贄? なんっ!


 その瞬間、オレとファムの周りに円を描くように炎が舞い上がった。


 そして耳に届くファムの微かな声。


「あと頼むね、ラヴィ……」

「――させないよ?」


 同時に、リオが舞い降りてきた。

 リオがオレの左肩に止まったとき、舞い上がった炎がすっと消えていく。


「な、なんで……そんなぁ……」


 ファムは信じられないといった顔で、茫然と消えゆく炎を見ていた。


『トーヤ、ファムの首にかかっている小さな石のペンダントだ。破壊して』

『……わかった』


 オレはファムからペンダントを奪うと、足元に落とし、剣で砕いた。


「あ、ああ……」


 ファムが力尽きたように、その場に座り込む。

 見るとラヴィも同様だ。

 小さな川の中で、手を付いて座り込んでいる。


『気付かなくってゴメン、トーヤ。これが、彼女たちの用意していた切り札、だったのかもしれない』

『呪文からして、自爆系の魔法か?』

『そうみたいだね。自分ごと相手を焼き尽くす魔法みたい』


 ――なんてものを使って来るんだ!


 よく見ると、ラヴィも同じようなペンダントをしている。


 気付かなかった。


 まさかこんな手段を使うなんて、全く想像もしていなかった。


 だってそうだろう!


 昨日は命乞いをしてきたというのに、なんで今日は自爆なんだ!


 おかしいだろう!


「……どうしてだ」


 オレは、座り込むファムに睨み付けながら剣を突き付け、二人に問うた。


「どうしてそんな手段を使う? どうしてそこまでする? どうして……」


 オレの声はだんだんと荒くなってしまった。


 ラヴィは、泣いている。

 オレに敵わなかったからだろうか、それともファムが死なずに済んだからだろうか。

 ラヴィから、小さな小さな声で繰り返しファムを呼ぶ声が聞こえる。

 だから、後者だと思いたい。


「……ワタシ達には、もう後がないの。……これが最後の機会。例えどちらかの命を失ってでもあなたを倒し、《雷の宝珠》を奪うしかないの」


 ファムが、一度ちらりとラヴィを見た後、オレを見上げてそう言った。


「何故そこまで……。どうしてそこまでする!」

「そんなことを聞いてどうするの? あなたには関係の無い……」

「うるさい! 話せ! 全部だ!」


 ファムは一度オレを睨んだが、すぐに俯いて、そして話し始めた。


いつも読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただけていますでしょうか?

ぜひぜひ忌憚ない感想などお聞かせください。


次話は1/21(土)夕方投稿予定です。

引き続き、どうぞよろしく~

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