第9章 第1話 トンネル開通
ユファインの船着き場で俺たちを迎えてくれたのは、執事見習のサドル。領主屋敷に入ると、一週間分の報告をしてくれた。
「この一週間、大きな変化はなかったっす。ただ、『一の湯』で、スキンヘッドの酔っ払いが暴れたのと、立ち飲み屋で、禿げたおっさんがくだを巻いているせいで、他のお客が寄り付かないと店から苦情がきたっす」
それ、どう考えても同一人物だね。
「それから、ご存知とは思いますが、正面城門前に入国を希望する商人や観光客、それに移住希望者が列をなしています。毎日少しずつ増えて来てるっす」
「わかった。そろそろ入国制限を緩和しよう。観光客は全員入れてくれ。商人に関してはグランとソフィに任せる。申請してもらって、しっかりしていそうな者から面接して問題なければ許可を。移住希望者は、まずギルドで手続きを済ますよう伝えてくれ」
「はいっす」
サドルは満足そうにもふもふ尻尾を振っている。口調は少し残念だが、随分立派になってきた。
◆
住宅地では、多くの職人に混じってボアが宅地造成に熱中している。……ように見えた。
「お疲れボア。一休みして、俺がいない間の報告してくれ」
何とボアは、毎日、気絶するまで土魔法を使い続けているらしい。そのせいか、目覚める度ごとに自分の魔力が以前より増えていることを実感しているのだとか。
レインによると、一部の適性のある者の中には、魔力を使い切ることによって、その量を少しづつ増やせる者がいるらしい。ボアはその適合者だったといっていいだろう。何しろ、今ボアがしている工事のペースは、俺とさほど変わらないのである。
このことは、ハープンさんも我が甥ながら、びっくりして自慢もしているとの事だった。ボアが魔法に集中でき、かつ、いつ倒れてもいいように、サラの騎士団と共にギルドの職員を毎日つけているほどである。
「正直、伯父と伯母さんからのプレッシャーがきついです」
涙目のボア。頑張れ若人よ、君には将来、ユファインの土木工事部門を背負ってもらいたいと、期待を寄せているのだ。
「わかった。ハープンさんやサラには俺から話をしておく。近い将来、お前は俺の直属として働いてもらおう」
「お、お、お、お館様あ!」
号泣して平伏するボア。何だか思い切り感謝されてしまった。ただしその後、しばらくは、このままボアをユファインに残して工事を続けてもらうことにした。
もちろん、伯父さんたちには、あまり無茶な働き方をさせないよう、言い含めておいた。いくら可愛い身内とはいえ、我が領内で、こんなブラックな働かせ方はあり得ない。
そして俺はフミを連れて、ダブルウッドへ―――。
ここでは、巨大施設『山の湯シティ』が完成間近。このコンパクトシティーが完成すると、3万人ほどの街になる。それに伴って、外側の農地は更に拡張し、新規の住人を受け入れのため、住宅地の造成を急いでいるのだ。
◆
そして3日後、ついに『山の湯シティ』が全面オープン。この日に合わせ、トンネルの工事にも取り掛かることにした。今回は、トンネル内に街道と運河をそのまま通すという大規模工事で、全行程は、およそ20キロである。
俺は、ユファインからボアを呼び出し、フミと3人で、工事に取り掛かる。土砂は穴の周囲の壁に押し付けるイメージで固め、石垣を組んで補強していく。これがなかなか複雑な作業なので、ボアとフミには俺に魔力を供給してもらうだけにしてもらった。
さすがに、街道や運河を造るのとは勝手が違う。1時間して3キロ程すすんだ時点で、ボアがダウン。魔力供給はこれが初めてだったそうだ。少しずつ慣れて行ってもらおう。
魔力を使い果たしてひっくり返るボアを、素早く山エルフが介抱し、テントまで運ぶ。そして2時間後、5キロ地点でフミがダウン。俺も一休みすることにした。
俺たちがいない間は、入れ代わりに職人たちが入って、土砂の運び出しや、トンネル内壁の補強と仕上げなどを行ってくれる。
これと同じような工程を毎日繰り返し、途中硬い岩盤に阻まれながらも、1か月かけてトンネルは無事開通。
「これで最後だ。2人ともよくやってくれた」
「はい」
「つらかったですが、伯父の所に比べて天国でした」
最後の岩盤をぶち破ると、大森林が目の前に広がっていた。
とりあえず、トンネルが開通したという事で、俺たちは『山の湯』で打ち上げを行うことにした。出来たばかりの大ホールに、集められるだけの人を集める。外でも盛大なバーべキュを行った。
ソフィは、あまりお酒は強くないそうだが、俺が試しにウイスキーをすすめてみると、ぐいぐい飲みだした。お、お、おい! ドワーフでもそんな飲み方しないぞ!
「あら、美味しい」
……いや、ウイスキーはジョッキで飲むものじゃないんだけれど……。
さすがに、俺は注意したのだが「これがちょうどです!」と、何故か怒られてしまった。ソフィは特異体質なのだろうか。
「ロディオ様、フーミ様から聞きましたよ。ロディオ様は、女の子に甘すぎますわ」
やばい、ソフィは絡み酒か。何か目が据わってないか?
「ロディオ様は、ケーニャにあんなことをされてもお許しになられたんですもの。だったら私が何をしても許してもらえるはずですわ」
ソフィはそう言うや、いきなり俺を押し倒してきた。おいおいおい、それとこれとは話が違うだろ!
「おい、誰か助けてくれ!」
周囲の者は、俺の婚約者であり、大商会の頭取でもあるソフィに気を遣ってなかなか助けてくれない。フミもこんな時に限って、お花を摘みに行っている。
何とか自力でソフィを引き離すと、今度はいきなり泣き出した。
「やっぱり、ロディオ様は、私の事がお嫌いなのですわ……」
今度は泣き上戸か!
俺は幼女のようにぐずるソフィの手をひいて、寝室まで連れていき、頭をなでながら寝かせつけていると、俺も寝落ちしてしまった。
翌朝、何も覚えていないソフィとは対照的に、フミの機嫌がすこぶる悪かったのは言うまでもない。今日は一日中、ずっと一緒にいると約束すると、少しは機嫌を直してくれた。
「私にも、ソフィにしたように、眠るまでずっと優しくして頂かないと納得できません」
まだ少し膨れていたが、何とか許してもらう事が出来てよかった。と、いうか俺はそんなに悪くない気がするのだが……。
◆
翌日、睡眠不足で眠い目をこすりつつ、トンネルを通る道の両脇に運河を造る。トンネル内は、この森に生息する「ヒカリゴケ」を植え、さらに「ツチボタル」を放す。照明とまではいかないが、これで内部も薄暗いながら、通行には不自由しないだろう。
騎士団には、工兵部隊を寄越してくれるように依頼。装備はこちらで整えられるので、勤務の都合がつき次第、身一つで来てほしいと告げると、2日後、セリアが、30人程の騎士団を連れてきた。
彼らに点検してもらうと、トンネルの内部には、いくつか補強の必要な個所があったらしい。補強してもらっている間、俺たちは次の遠征の準備。何せトンネルを抜けると、30キロ程で海に到達するのだ。
翌日、俺、フミ、ボア、エリ、そしてセリア率いる騎士団の工兵部隊は、ダブルウッドを出発。トンネルを抜け、反対側の地に到着した。ここからは、本当に誰も知らない未開地である。
俺の索敵魔法で探ると、この先20キロは、ドラゴンの反応はあるが、人影らしきものはないため、エリにウインドカッターで木々を一気に伐採してもらう。相変わらず鋭い切れ味だ。もし、人がいたらと思うとぞっとする。
その後、風魔法で、木々を両サイドに除けてもらい、ようやく俺たちの出番。先ず俺が、エリが伐採してくれた20キロ先の地点まで街道を造る。それに合わせて両端には、ボアとフミが運河を造る。一部の護衛の人数を残し、出来たところから工兵部隊に仕上げていってもらった。そして、僅か半日で20キロの運河と街道が出来上がる。
さて、後は10キロ程で念願の海だ。索敵すると、ドラゴンの他、人らしい反応がある。
「人がいるぞ!」
俺は慌てて、ウインドカッターを放とうとするエリを押しとどめた。
その後は、俺がゆっくりと、木々を押し倒すように、土地をならし、道を伸ばしていくことにした。
「すまないが、エリは、俺に魔力を供給してくれないか」
エリが俺の肩に手を置き、自分の魔力を流し込んでくれる。ゆっくりと道が延び、更に5キロ程進んだところで急に視界が開けた。
◆
まぶしい。
光が海面にきらきらと反射している。
海だ!
現れたのは、小さな漁村。
畑と小さな舟、粗末な服を着て、元気いっぱい走り回る子どもたち。サンゴ礁に彩られた美しいビーチと遠くに見える島々……。
俺たちの文明からは、隔絶した世界がそこにはあった。
人影が見える。どうやら獣人らしい。
言葉は通じるのだろうか。俺は、初めて異世界に来た時の様な気持ちで、粗末な服を着た、猫耳獣人のおじさんに声を掛けた。




