第8章 第15話 猫耳メイドその2
その日の夜、ケーニャは、フミたちに呼び出されていた。
「ひいっ~」
どうしてこうなった? 私はお館様にあんなことを……。しかも公衆の面前で……。
昼間お館様を守るため、仲間のメイドや執事と力を合わせて獣人の女の子たちを押し止めていた。時期が時期だけに獣人は私一人だけ。エルフのメイドが体調を崩したとかで、人数合わせで呼ばれたみたい。
「どきなさいよ、もう」
「見るだけならいいじゃない」
「何よこのメイド、邪魔」
「ロディオ様あ!」
「きゃーっ!」
こんな不埒な子たちを、大切なお館様に近づけてはいけない。自分なりに頑張っていたのだが、犬人族の女の子から突き飛ばされ思わずよろめいてしまった。
……えっ。
転びそうになった私の腰を支えてくださったのは、他でもないお館様。
「大丈夫か? 俺のためにすまないな」
お館様に腰を抱かれた状態で、初めてお声をかけてもらった……。
きゃああああああ……!
……ごめんなさい、私、もう、無理です……。
“プツン”
私の中で、何かが切れる音がして、気付いたらあんなことになっていたのだ。もちろん、私は、即座に引きはがされ、お館様の今回の外出は中止となった。
え、え、えらいことをしでかしてしまった……。
やばい、やばい、やばい。
……遺書を書いておこう。お母さん、お父さん、先立つ不孝をお許しください……。
◆
「何やっているのです! 余計にお怒りを買うでしょうが!」
怖くて、メイドの支度部屋で頭を抱えて震え続けている私を、副メイド長のリーナさんが迎えに来た。リーナさんは、普段からどこか刺々しくて、私は苦手である。当たり前だが、今、とっも機嫌が悪い。
「は、はいいいい~」
私は、リーニャさんに、引っ立てられるように、フーミ様のお部屋まで連れていかれた。
◆
「しっ、失礼します……」
「ケーニャだけ、入りなさい」
フーミ様の声がして、私が部屋の中におずおずと入ると、後ろでドアがそっと閉められた。
3人の奥様たちは、こちらを向いて、しばらく無言。
……。
フーミ様が、私の事を睨んでいる。
怖い、恐い、こわい……どうしよう。
「あなたがしたことを、正直に答えなさい」
フーミ様に言われて、私は自分がした過ちを、そのまますべて告白した。
………………。
「こちらに採用されるまで、ロディオ様の事は知っていましたか?」
もうだめだ……。
そういや、スタイン家のメイド募集のとき、面接で思い切りロディオ様に対する熱い想いを語ってしまったんだった。確信犯だと思われたらどうしよう……。
私は覚悟を決めて、自分が、ハウスホールドの大通りでロディオ様を初めて目にしたときから、ファンクラブを経て、ユファインに来るまでの経緯を正直に話した。
………………。
「事情は分かりました。帰りなさい」
「明日からの仕事は後ほど連絡しますわ」
私は、五体満足で何とかソフィ様の部屋から出ることが出来た。メイドの支度部屋に帰るまで、足が震えてうまく歩けなかったが。
◆
フミは、自分の部屋のなかをうろうろと歩き回り、怒りに震える体を懸命に鎮めつつ、思いを巡らしていた。
今回のケーニャの行為は許しがたい。例えそれが獣人特有の発情期だったとしても、やっていいことと悪いことがある。私のロディオ様に何てことをしてくれたのだ。
これだから、ロディオ様はいつも私が側に居てお守りして差し上げないと、とんでもないことになる。もう、教会の手伝いなんかしている場合じゃない。
しかも、ロディオ様はケーニャのことを許してやって欲しいとおっしゃっている。相変わらず女の子に甘すぎると思う。だからこんな不祥事が起こるのだ。
私は、報告を聞いてすぐにララノアとソフィを呼んだのだが、2人の意見は私と少し違っていた。
「この時期に、ケモ耳メイドをロディオ様に近づけるような配置をしたことこそが、そもそもの間違いでしょう」
「そうですわ。もし私が獣人族で、ロディオ様のお側にお仕えさせてもらった場合、同じことをしていたような気がしますの」
2人の意見を聞き、少し頭を冷やすことにした。
「何より、メイドの不祥事は長たる私の責任ですわ。フーミ様、お許しください」
ソフィにまで頭を下げられたら、何も言えない。
「分かりました。今回の件は、ソフィが1週間ロディオ様に近づかないことを条件に、水に流すことにしましょう」
ふうっと大きく息を吐き、頭に上った血を鎮める。
「でも、それはそれとして、ケーニャを呼んで話を聞きたいです」
もう、かつての様に、ロディオ様に近づく女子を直接懲らしめるような事はしていない。けれど、一対一なら自分がどうなってしまうかわからない。ララノアとソフィにも同席してもらおう。
私は副メイド長に、怒りに震える気持ちを押し殺して、ケーニャを連れてくるように命じたのだった。




