第8章 第14話 猫耳メイドその1 ☆
俺は、ユファインの執務室から外の風景を見る。外は陽気に花々が咲き乱れ、元の世界で言う所の“絶好の行楽シーズン”を迎えたといったことだろう。
しかし、俺はそんなうららかな風景とは裏腹に、暗澹とした気分である。
また、この季節がやって来たのだ……春。
理由は花粉症ではない。獣人たちによる年に一度のデンジャラスシーズンが到来したのである。
そう、それは……発情期。
この異世界においても、男なら笑って過ごせることが、女子なら一生のトラウマになるような黒歴史に名を刻むこともあるらしいのだ。
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毎年だが、この時期、俺は表をまともに歩けない。ひとたび外に出ようものなら、有名人に群がるファンを警備員が体を張って止める様に、俺に群がるケモ耳っ娘たちを、スタイン家の若手執事やメイドが押しとどめることになるからだ。
参った……。しばらくまともに外出できないじゃないか。ただでさえ、我がスタイン領は、よそより獣人が多いのだ。
しかし、こんな時に限って、道路の補修が必要との連絡が入る。生憎、騎士団の土木部隊は遠征中。今すぐ動けるのは俺しかいない。フミも教会の手伝いに行っている。気が重いが仕方ない。
◆
私はケーニャ。猫人族の18歳。15歳で成人した後、ハウスホールドでウエイトレスをしていた。その時、新しく出来た国のご領主様が、メイドの募集をしているという噂を聞き、思い切って応募した。
場所はよくわからないけど、何でも『竜の庭』と言われているところらしく両親は大反対。だけど、せっかくだし、こんなチャンス二度とないかも。
ご領主様は、黒目に黒髪だという噂で持ちきり。多分、一度だけ、ハウスホールドで見かけたことがある、あの方だと思う。
あの方を一目見たとき、全身に衝撃が走った。バチバチバチ……! と、本当に音が出るくらい。あんなの初めてだ。
かっこいいとか、強いとか、魔力量が多いとかいう、そんな事じゃなく、無条件に好きになってしまった。ああ、世の中には、こんな素敵な人がいるんだ……。
すぐに、周りの同僚や、友だちに聞きまわると、名前はロディオ様で、もうすでにファンクラブが出来ているという。私も入会したけど、すぐに、国から解散命令が出された。
なんでも、ロディオ様は、『竜の庭』に新しく出来た街の御領主様だとか。そんな方に対してファンクラブなんて不謹慎なんだそうだ。そりゃ、そうだよね。
そんな時、休日に友だちと立ち寄ったハウスホールドで流行りのカフェ。友だちの恋バナを聞き流していた私の耳に、こんな話し声が入ってきた。
「ねえねえ、知ってる?」
「どうせ、あのことでしょ」
「そう、ユファインなんだけど……」
「住民の受け入れをしているらしいけど、制限がかかっているから行けないよ」
「ところが今回、大規模な採用試験があるんだって」
「でもそれ、騎士団でしょ。私たちには無理だわ」
「ちっちっち! 何と、応募者は、執事やメイドを希望すれば、そっちに行けるんだって!」
「え……」
「まじ?」
「だって、ギルドの受付の人から聞いたって、お兄ちゃんが言ってたよ」
「!」
「ごめん、ミーちゃん、私、急用!」
お金をテーブルに置いて、席を立つ。
口をぽかんと開けて、ビックリしているミーちゃんを置いて、私はギルドに走っていった。
◆
「ケーニャ、急だけど、今日のロディオ様のお付きに加わってください」
あの日、いきなり呼びだしをされた私は、副メイド長から命じられた仕事にビックリ。私がロディオ様の外出に付くなんて初めてだ。何でも、予定外のお仕事が入ったらしく、警備の人手が足りないらしい。
「それから……今日の外出には、フーミ様、ララノア様、ソフィ様、3人共不在です」
奥様たちの名前を耳にして、ブルッと震えた。
やば……。
「これは、あなたたち、スタイン家のメイドは全てわかっていることと思いますが、フーミ様より、ロディオ様の視界に入る全ての女性に念押しするよう、言われていることですが……」
「はい」
「もし、ロディオ様にちょっかいを出すようなことがあれば、発覚した時点で、“裁判”にかけるということです。心してお仕えするように」
背筋が凍った。
フーミ様は、普段とてもお優しいのだが、ロディオ様のことになると人格が変わってしまうのは、周知の事実。あの人だけは、半端なくやばい。
「私のロディオ様に、ちょっかいをかけるような、不埒なメイドはいませんよね」
笑顔でそう言いつつ、いつも私たちメイド部隊に挨拶されるフーミ様。はっきり言ってとってもコワイです。
ところで、この“裁判”とは、フーミ様の部屋で不定期に行われているとされる秘密の会合らしいです。というのも、“裁判”についての正確な情報は、私たちは詳しく知りません。
裁判長はフーミ様で、左右にララノア様とメイド長のソフィ様が出席されるそうです。呼ばれた者は、ロディオ様にどんなことをしたか白状させられるということくらいしかしりません。
そして、今まで“裁判”にかけられた女の子が、その後どうなったのかは、誰も知りません。
副メイド長が、静かに口を開く。
「言わずもがなの事ですが、フーミ様は、相手の心を読み取る嗅覚をお持ちなので、ごまかしは通用しません」
3人の奥様たちは、私たちメイドにとって、正直『サラマンダー』より怖いよう。うっかりロディオ様に手なんて出してしまえば命はないと思います。
◆
「危ないです、下がってください」
「ここから先は立ち入らないでください」
現場に到着して馬車から降りるとケモ耳女子が、数百人集まっていた。以前に比べ、ずいぶん減ったが、それでもすごい圧である。肉食系女子というんだろうか。下手をすれば俺ごときなど、本当に食べられてしまいそうだ。
実は普段はシャイで控えめな獣人女子たちは、この1か月が終わると恥ずかしすぎて悶死しそうになるという。そう、彼女たちに罪はないのだ。
今日の工事は大したことないな。これなら後、1時間くらいで終わるか。俺は、そう思っていたんだが……
……どうしてこうなった?
俺は、公衆の面前で、ウチの若い猫耳メイドに押し倒されて、唇を奪われていたのである。




