第8章 第3話 婚約者
ユファイン騎士団は、3班に分かれ、それぞれ守衛・巡回・訓練を行う。ところがこの訓練の内容は、サラたちが考えた情け容赦もないものだった。
まさに地獄。なぜなら、騎士団の演習場に餌を抜いたラプトルを放ち、これを騎士たちが複数で連携しながら制圧するというものだからだ。しかも、サラたちはこの訓練に昇級制を導入したという。その詳細は、以下のようなもの。
10級:10人以内の人数で、1匹のラプトルを制圧できる。
9級:5人以内の人数で、1匹のラプトルを制圧できる。
8級:3人で、1匹のラプトルを制圧できる。
7級:2人で、1匹のラプトルを制圧できる。
6級:2人で、2匹のラプトルを制圧できる。
5級:1人で、1匹のラプトルを制圧できる。
4級:2人で、3匹のラプトルを制圧できる。
3級:1人で、2匹のラプトルを制圧できる。
2級:2人で、5匹のラプトルを制圧できる。
1級:1人で、3匹のラプトルを制圧できる。
初段:2人で、1匹のディラノを制圧できる。
2段:1人で、1匹のディラノを制圧できる。
3段:1人で、2匹のディラノを制圧できる。
名人:1人で、3匹以上のディラノを制圧できる。
ちなみに騎士団長たちは、すべて2段。サラは小型のディラノならば、3段の自信があるそうだ。そして、団長に次ぐ副団長や隊長に昇格するには、1級以上でかつ誠実な人柄が必要だという。
もちろんこの訓練には、騎士団長たちをはじめ実力者がいつでも助けに入れる体制と整えておくことが前提の上、騎士団長の許可がなければ実施できないことになっている。
ユファインの騎士たるもの、最低5級以上というのが、騎士団本部からの至上命令。
成績不振者には、多数のラプトルとポーションが用意され、ケガをしようが気を失おうが延々と続けられる地獄の特訓が待ち受けている。これは過激だ。
サラたちは、今の騎士団員を将来の軍の中核とすべく厳しい訓練を行っているのだ。そんな彼女たちの思いが通じたのか、第1回採用試験に合格した騎士たちは、半年で全員が5級に合格することができた。
俺は、騎士団の事はサラたちに全面的に任せるといった手前一切口を出さなかったのだが……。
しかし、まさかまさか……俺のこの判断が、後に世間に対して大きな誤解を生む一因となることなど、この時点で知る由もなかったのである。
◆
ユファインの工事がほぼ終わり、俺はようやく政庁の建設に取り掛かる。設計図を基に、俺とフミで基礎工事を行い、後は山エルフとドワーフに任せる。
その後はソフィのアドバイスに基づき、人造湖に浮かべる人工島とコテージの基礎工事に従事する。使用する材木に少しこだわったせいかもしれないが、この工事には1週間くらい費やした。
フミが手伝っていた教会は、ようやく神父一行が到着しスタッフが充実。併設された治療院や保育所と小学校の運営も順調らしい。俺も視察に行ったときは、多くの子どもたちの笑顔が見れて嬉しかった。
ちなみに、小学校の隣には中・高一貫校も建設中である。
領主屋敷が出来るまで、俺たちは、温泉旅館暮らしだったが、やはり領主としては、自分の館を持たないことには格好がつかない。領主屋敷には、俺とフミだけでなく、グランやソフィを含めた多くの使用人たちが生活する場所となる。
せっかく造るのだから、いざという時の為に、重厚で、それでいて機能的で快適なものにしたい。俺は、夕食後、自室にフミやララノア、更にはグランやソフィを集めて意見を聞きつつ、構想を練ろうとしていた。
「私は、純白のお城がいいです。」
フミの希望は、シンデレラ城の様なもの。
「私は、木と緑にあふれたものを希望します」
ララノアの希望は、いかにもエルフ好み。ウスホールドの王宮の様なイメージだろうか。
グランはあくまで防御と避難、そして実用性を重視した無骨なものを希望。
そして俺は、メイド長として、ソフィに意見を聞いてみた。
「はい、私は……。」
「良いから遠慮せずに言ってみて。」
「私なんかが意見をしてもいいんでしょうか……」
「当然だよ。いいから、遠慮せずに言ってみて」
「はい、私は……私は……」
ソフィは顔を少し視線を落とし、フミとララノアに遠慮するように、小さく答えた。
「……ロディオ様と2人で過ごせるお部屋があれば、何でもいいです」
本当に遠慮してないよ!
俺は、びっくりして、フミとララノアの方を振り返ったが、何と彼女たちは落ち着き払っていた。
「え……?」
「ロディオ様のお気持ちはわかっています」
落ち着いた口調のフミ。
「かくれてこそこそされるくらいでしたら、いっそのこと、堂々としてください」
ララノアもいつも通り。
……。
「……ところで、ララノア。その、かくれてこそこそとか……。私はそのことは初めて聞きましたが……」
……。
そして、俺はまたしても正座させられてしまった。
◆
その夜、皆と別れて俺が部屋で一人でいると、部屋をノックする音がする。
「夜分に失礼します」
グランが訪れてきた。この時間にしては珍しい。
◆
「スタイン家としては、ソフィ様との婚姻は喜ばしい限りです」
「うん」
「ユファインの慢性的な人手不足と、相次ぐ開発にかかる財政難がこれで一気に解決します」
確かに言われてみれば、ソフィとの婚約は、大商会の身代乗っ取りの様なものだ。商会の莫大な財力と人材は、正直言って、喉から手が出るほど欲しいのは事実なんだが……。
「商会側も、バランタイン侯爵の顔を潰すことなく、本拠地をトライベッカから、ユファインに移すことが、容易になることでしょう。これは、両家にとって、まことにめでたい事です」
「グラン、分析ありがとう。だけど俺は、ソフィの美しさと、その優しくて奥ゆかしい性格に惹かれて……何かこう、守りたくなったんだ。もし、彼女が一文無しの冒険者だったとしても、俺は絶対に好きになっていたと思う」
「いくら、商会が金を持っていようが、俺は、ソフィの事を利用しようなんて少しも思わないからな」
「……お館様、申し訳ありません」
「……ん?」
「実は私が今、お館様にお話したのは、ソフィ様より懇願されたからでして……私としてはお館様を試すようなことはしたくなかったんですが……」
「ああ、わかっているよ。恐らくそんなことだろうと思ったさ」
「そこにいるんだろう、ソフィ」
「はい……。すいません」
ソフィが恐る恐る俺の部屋に入って来た。
「今まで私に近づいてくる男の人は、財産が目当ての人ばかりでした。私は、自分の容姿が優れていないことも承知しております。ですから、どうしても、ロディオ様のお心が本当かどうか、念押しで確かめたかったんです」
「なるほどな。だからグランに頼み込んだのか」
小さくなって震えるソフィ。
「もし俺が、財産目当てだとグランに伝えていたら、ソフィはどうしていた」
「……やっぱりそれも信じられないので、自分で確かめに行ったと思います」
「じゃあ、最初から、グランは必要なかっただろ。ソフィは、もっと自分に自信を持つように。例え世の中の美の基準が10等身だとしても、俺の美の基準は、ソフィだから」
「……!」
ソフィの両目から涙があふれる。
「……ロ、ロディオ様!」
ソフィはその場で泣き出した。激しく嗚咽し、過呼吸気味になるほどで、慌てた俺は、一瞬、この世界にあるはずのないAEDの場所を探そうとしたくらいである。
しばらくしてようやく落ち着いた彼女は、俺とグランによって、自室まで送られ、そのままぐっすりと眠りについた。




