第7章 第7話 開園
翌日、俺たちはトーチに到着。今回はクラークさんが同行してくれている。
領主として赴任する予定のバランタイン侯爵の弟さんや、修行中という息子さんともそれぞれ面会し、工事の協力を取り付けた。その日の晩餐会では、レインや『サラマンダー』の面々も楽しそうで何よりである。
侯爵の息子は俺と同い年で中々気が合いそう。俺も楽しい一時を過ごすことが出来た。
この日の宴会では、サラだけでなく、セレンまで陽気に飲みすぎた様で、セリアに担がれる始末。何があったのか詳しいことはわからないが、とにかくみんな楽しんでくれていたようだ。
トーチの街はますます発展している。俺としては、もっと源泉を増やして温泉施設を充実させたいが、それは後回し。今は要塞化が先決である。まずは、トーチの温泉に浸かって英気を養い、工事に向けての打ち合わせを行った。
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「この設計図では一辺が約5キロ程ですが、この地域を調べると7キロの規模でも出来そうですが」
「いや……。それでは守る兵士の人数が倍近く要ります。できれば当初の計画通り、5キロでお願いします」
「でしたら、トーチの防御態勢として、外側に更に広い範囲で石壁か運河を築いてもいいですか」
「完成後に、人手がかからない防御施設なら大歓迎です」
…………。
こうして、工事の詳細が決められた。明日から実際の工事に入れそうである。
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一週間後、ユファインから大船団がトーチに到着。積み荷は全てドラゴンと熱帯植物である。
「キューィ」
「ギャギャギャギャ!」
「ウモーオ」
ラプトルの甲高い叫び声と、ライリュウたちののんびりした声。
あの後、俺たちは喧々囂々、歯に衣着せぬやり取りをした。俺からしてもバランライン側に付く以上、最前線のトーチの防衛は緊急の課題である。
俺が最も懸念しているのは、今回のこのトーチの大改修で、周囲からあからさまな要塞化を警戒されること。そこで、要塞の周囲を大きく運河で囲い、ドラゴンを放し飼いにしてサファリパークを造ることにした。ユファインから大量のドラゴンと熱帯植物を運び込み要塞を隠す計画である。
何も知らない人たちからすれば、ドラゴンサファリはいかにも遊び好きのバランタイン侯爵らしい趣向だと思われるだろう。
要塞の城壁は熱帯植物で覆い、運河を張り巡らして、観光客が遊覧船で放し飼いのドラゴンサファリを楽しむ。そんなアクテビティーの為の大工事なら、何とかごまかせるんじゃないだろうか。
当初は、幕を張り巡らし極秘に工事を遂行していく予定だったが、逆にドラゴンや熱帯植物を先に搬入し、ここにドラゴンサファリを造ることを内外に宣伝することにした。
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俺とフミ、レインが、フル回転で石壁を造る。セリアには仕上げ、セレンには魔力の供給、サラとマリアには、警戒に当たってもらう。
3日かかって、当初の予定通り正方形を2つ斜めにかけたような五稜郭モドキが出来た。その後、城壁を植物で覆う。このカモフラージュにはサラとマリア率いる作業員にあたってもらい、俺たちは次の行程へ。
レインもかなり土魔法が使えるようになっていたが、レインはフミの魔力に驚いていた。
「はっきりいって、フミちゃんの魔力量なら、魔法騎士団のエースにもなれるんじゃないか」
「えへへへ……」
褒められてフミは嬉しそう。
「あとは、この周囲の堀ですね」
「ああ、これなら、すぐにでもできそうだな」
俺たちは運河を造る要領で周囲を掘り固めていく。堀といってもかなり広めで湖に近い。全体の大きさは、ユファインの人造湖並みである。この作業は3日で終わった。
後は、トーチを囲う運河の建設である。
「この周りを大きく運河で囲い、内側の牧草地帯にはラプトルを放す。そうすれば、誰がどう考えても、運河を越えて、ここを攻めようなんていう発想すら、わかないんじゃないか」
なぜ、肥沃な大森林『竜の庭』が、誰からも領有されず、今まで空白地帯だったのか。それは、この地帯に生息するドラゴンたちがそれほどまでに危険だったからだ。このトーチの周りが『竜の庭』レベルの危険地帯になれば、誰も軍を進めようなんて思わないだろう。
繰り返すが、そこで、俺が考えたのは、トーチ要塞の大規模なカモフラージュである。城郭都市の周りに『ドラゴンサファリ』を造ることで要塞を隠蔽しつつ、いざ戦争になれば、ラプトルたちには、こちらの戦力として機能してもらいたい。
トーチの周囲を広大な運河で囲う工事の総距離は何と300キロ。この運河で囲まれた草原地帯を突破しないと、バランタイン領には入れない仕組みだ。
その後、俺たちは、大運河の建設と、ユファインからのドラゴンの搬入や植物の移植など、多忙を極めた。
しかも俺は、グランにユファインの状況に関して連絡を寄越すように伝えていたから、ユファインのことは、手に取るように分かる一方、こちらからも指示を出したりして、文字通り寝る間もない日々を過ごした。
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延べ3か月かけて、トーチの要塞は完成した。俺としては、今回の工事は無料だったが、ユファインから大量にドラゴンを輸出できたおかげで、少しは元を取れた格好である。
「いや、これ、やばいよ」
完成した要塞の全貌を見渡したバランタイン侯爵は、思わず声を漏らした。
最初、侯爵から依頼されたものは、それはそれは物々しい要塞だった。しかしそれが、本来の無骨さを隠して、一見ほのぼのとした、あくまで平和に見えるエンターテイメントの施設に変貌していたからだ。
ドラゴンが放し飼いされた大自然を船で回る巨大アクテビティー『アドベンチャーサファリ』が、公開するなら、ファミリー向けの大規模施設として認識されるに間違いない。
まさかこの施設が有事になれば、バランタイン領の最前線を守る鉄壁の要塞に変貌するとは、誰にも想像できないだろう。我ながら、とんでもない要塞を造ってしまったものである。
ちなみに、共和国からバランタイン領へ軍を送る場合、例えトーチの街を素通りして、直接トライベッカに向かう場合も、必ずトーチの外運河を渡って草原地帯を抜けなければならない。
しかもこの草原地帯のドラゴン密度は『竜の庭』の数倍。内側の湖の様な広い堀には、ライリュウをはじめとする、多くの草食ドラゴンがほのぼのと寛いでいるが、その外側には毎日飢えたラプトルやディラノが運び込まれているのだ。
クラークさんやクリークさんも大忙しで、侯爵が視察に来た翌日、トーチのサファリパークは開園を迎えた。船で運河をめぐる『ジャングルクルーズ』は迫力満点で、共和国内だけでなくわざわざ北の王国やユファイン、それにハウスホールドからも観光客が来ているほどである。
城壁の内部も、商店や住宅が立ち並び、観光客だけでなく工事の職人さんや商人で大賑わい。この分では、すぐにでも10万人を超える都市になりそうである。




