第6章 第9話 奴隷買い取り
『二の湯』は『一の湯』を補完するものになった。そして、俺が次に作る『三の湯』は、発想がそれまでのものとは根本的に違う。
『三の湯』は、教会が管轄する病院にリハビリ施設を併設したもので、長期の療養者用のものがメインとなる。
温泉の様々な効能を、医療として使えないかどうか研究する機関でもある。
『三の湯』の利用者は、病人・けが人・老人が多くなることが考えられるため、できるだけユファイン入り口の城門の近くに造りたい。
結局、『三の湯』は大通りに面して『二の湯』の向かいに造ることにした。何より教会に隣接している点が利点だ。俺がこの世界で楽しく暮らしている恩返しと言っては何だが、自分でも何かできることをしたい。偽善者と呼びたいなら呼べ! 俺は平気だ!
オープンしてしばらくは、格安の『三の湯』に勘違いした観光客が流れてきたが、しばらくすると、次第にこの『三の湯』の意義が浸透していった。
農業部門では、『アイアンハンマー』による大規模農業が軌道に乗ってきた。それでもユファインの農業用地の半分も耕せていない状況である。とにかく農民の期間労働者を雇えるだけ雇って『アイアンハンマー』さんの所に預けているのが現状だ。
現状では、自領の生産力だけで、必要な分は賄えてはいるが、近い将来は足りなくなるのは明白。何せ、現在ユファインは、急激に人口が増加している。現在2千人程度の人口だが、来月には倍になってもおかしくない。領主、つまり俺が認めれば認めるほど人口は増えそうだ。
そんな中、トライベッカのバランタイン侯から連絡があった。何でも、共和国の最北の村の住民のほとんどが、借金を払えず奴隷落ちになる予定らしい。人数は約200人程度。負債総額10億円。全員トライベッカに移送されてくるそうだ。
俺はすぐ返信をした。内容は、彼らの内善良な人は全てユファインが買い取りたいこと。だからせめて、負債総額は少し負けてくれれば、すぐにでも即金で奴隷商人に払う用意があることなど。
「ロディオ様、用意は万端っす」
俺はすぐさまトライベッカへ向かうことにしたのだった。
少々心もとないが、お供はサドルのみ。フミもグランもソフィも忙しすぎてユファインを離れることが出来ないのだ。
何だか少しホッとするのは、俺の気のせいだろうか……。
とにかく俺とサドルは、ユファイン領主専用の船に急いで乗り込む。
帆には大きくスタイン家の紋章が入っており、小型ではあるが豪華なもの。
俺にしては贅沢品に思えるが、「ご領主様はこのくらいにしませんと」と、グランに押し切られて造ることになったのである。
「うっわ~。すげ~っす、やべえ~っす!」
さっきから聞いていれば、サドルは、「すげー」とか「やべー」とかしか言っていない。
元の世界で教職課程を履修していた俺としては、改めて教育の重要性を再確認させられた次第である。
「ロディオ様!」
出発直前にフミが、慌てて駆け寄って来た。
「おう、フミ」
「とにかく、ご無事でお戻りください。ロディオ様にもしもの事でもあれば、フミは、フミは……」
俺が今回、初めてフミを置いて遠出することに、不安な様子。
「大丈夫。そんなに心配しなくてもいいよ」
「絶対にですよ……サドル! 今回の出張は、私の代わりにロディオ様のことをお願いします。わかりましたか!」
「はいっす!」
「悪いエルフやケモ耳の女からロディオ様をお守りするのですよ。本来なら私がお側につきたいのですが、今回に限り、あなたにそのお役目が回ってきました」
俺は心の中で、少し呆れる。フミにとっての“もしもの事”って、要するに女性関係のこと“だけ”らしい……。
そしてフミも、俺が人間の女の子にモテるなんて、思ってもいないようだ……そこは、少しだけ寂しい気がするぞ!
こんな時は断言するのが大切だ。
「例えフミが傍にいなくても、俺の鉄の心は、誰にも溶かされないからな!」
俺の言葉を聞いて、ようやくフミの顔が和らぎ、笑顔で手を振ってくれた。何も、血の涙を流しながら言うことでもなかろうに。
◆
俺たちはトライベッカに無事到着し、バランタイン侯のはからいで200人の奴隷を総額9億で買うことが出来た。
中にはけが人・病人・老人も含まれている。俺が奴隷商人に出した要件は“善良”であることで、“健康”や“年齢”ではない。そして、この条件に当てはまらない者は、奴隷として買い取らなかった。
この、条件に当てはまらない者とはまずは情状酌量のない犯罪者。次に性格が悪かったり、あまりにも独特過ぎてコミュニティーの和を乱す者、そして、明らかに常軌を逸していたり、周囲に嫌われ過ぎているわがまま者。
要するに根性が悪そうな奴隷はいくら若くて健康な者でも買わなかった。第一、今はとても全ての人に手を差し伸べる余裕もない。先ずは出来る範囲からやっていこうと思う。
元村長のトレイルは50代で、ロマンスグレーの渋いおじさん。
「この度はありがとうございます。我ら一同、ロディオ様の為に粉骨砕身して働く所存です」
どことなく堅い。
恐らく今後、自分たちがどんな過酷な境遇になるのか戦々恐々としているのだろう。奴隷として買われ『竜の庭』へ送られるのだから、怖がるのも仕方がない。
「いやいや、そんな緊張することないって。要するに、俺がみんなの借金を肩代わりするから、その分、ウチで農業して欲しいというだけだ。今回、俺が買い取った金額は9億だから、農業で働いて9億の純利益が出来次第、解放するよ」
俺は笑顔でトレイルに言っているんだが、彼はどう受け止めているのか渋い表情を崩すことはない。
「村長は引き続きトレイルに頼む。ユファインに着いたらけが人と病人は教会へ行くといい。後、温泉はいつでも無料で入り放題だから」
「はい、ご領主様には今後とも良しなにお願いします」
俺はトレイルに微笑みかけるのだが、トレイルは、若干顔を引きつらせたままである。
◆
「これからも、ごひいきに」
「ああ、こんな調子で、これからも頼む」
揉み手をしながら笑顔を作る奴隷商人に見送られて、商館を後にする。
奴隷たちの移送手続きはサーラ商会に代行してもらい、俺はトライベッカで久々の休日を満喫する予定だ。久々にレインと男同士で飲み明かしたい。
そして、俺は知らなかった。レインとの再会が、あんな恐ろしいことになるなんて……。




