第6章 第7話 国境運河
新国家の独立宣言はまだ先として、俺は、ユファイン内の工事があらかた終わり次第、国境運河の工事を始めると約束する。
「すみません。1か月ください。何しろ国境や農地はウチにとって緊急事案ではないのです。ですが、今私が行っている工事がたとえ終わらなくても、1か月後にはすべての仕事を切り上げて運河の造成に向かうことをお約束します」
「報酬はどうしますか?」
「早く頂ければありがたいのですが、工事を始め次第、手付に半分、完成後に残りの半分ではどうですか」
「いいでしょう。お約束します」
そう言いながらも、執事から何やら手紙を受け取った侯爵は、笑顔を見せる。
「ハウスホールドへは、明日出発しても間に合いそうです。今日はゆっくりさせてください」
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その後、ついさっきまでのピリピリした雰囲気がうその様に、侯爵とクラークさんは俺と一緒に『一の湯』の大浴場に浸かり、入浴後は浴衣でエールを飲みつつユファインの新作料理に舌鼓をうった。
「ところで、ハウスホールドへはどういった御用ですか」
「今は無理ですが、いずれ包み隠さずお話しします」
そう言いながら、エールの入ったジョッキを傾ける侯爵様。クラークさんは、飲むときも控えめだが、ワインとは違い、公爵のエールの飲みっぷりは豪快である。
「ユファインは、来るたびごとに発展を遂げていますね。まるで、会う度ごとに、背が伸びている甥っ子の様だ」
「このユファイン領は、国家に成長しても、私から見れば親族の様なもの。独立の暁には、是非お祝いを贈らせてくださいね」
確かに……もともとユファインは、第三国と言おうか独立した領土ではあるのだが、正式に独立国を名乗り、諸外国の承認されて、外交を結ばないといけない雰囲気だ。
はっきり言って面倒。そもそも成り行きでここまで開発してしまったが……。国王なんてやりたくないぞ。
後でこっそり、クラークさんに“お祝い”について聞いてみると、侯爵様は、およそ〇〇〇億くらいを考えておられるらしいとのことだった。どんだけ小遣いくれるおじさんだよ!
もちろん、俺も国境運河の工事が終わった後は、草原の開墾と農道や用水路をサービスするつもりではいるが。
◆
翌日、俺はバランタイン侯とクラークさんを、クルージングに招待した。
料理人兼バーテンダーはグラン。メイドはフミが担当する。前回、ララノアの時にフミが俺に協力してくれたのは、この様な時のための予行演習という事で納得してもらっていたのだ。
クルージングは大きなトラブルもなく、昼過ぎには船着き場に到着した。
「すごいですね。このような趣向は、なかなかありません」
「まったくです。いい経験をさせてもらいました」
他にもシュノーケリングやカヤックを紹介すると、大いに興味を持ってもらった。
「是非、商都でも貴族連中に宣伝します。『一の湯』の来賓スペースはまだ少ないので『四の湯』のオープンを進めておいてくださいね」
「はい。全室スイート仕様の『四の湯』は、オープンの準備が整い次第ご連絡します。今の状況ですと、およそ1か月後になりそうです。商都での宣伝、よろしくお願いします!
俺は二人を見送った後、フミと共にギルドに向かった。
「まあっ、ロディオ様!」
ララノアが飛び出してきた。
「ありがとうララノア、だけど仕事中は控えめに。俺を見てもせいぜい笑顔で手を振る位にしておいてくれ」
「はい、すみませんでした」
俺はしゅんとするララノアの頭を優しくぽんぽんした。ちなみにフミからつねられていたのは言うまでもない。
……い、痛いって!
「それより、ギルド長はいるか」
「奥の執務室にいらっしゃいます」
ララノアの案内で執務室へ。そこには腕組みをしたハープンさんの姿があった。
「おう、ロディオか……」
「何か浮かない顔ですね」
「そうなんだよ、はっきり言って、求人に対して、求職者が足りねえ。大体、高ランクの求人がないくせに、細々としたものばかり……」
それ、俺のせいです。ごめんなさい。
「では、こうするのはどうですか」
俺は、ハープンさんに、『オープン記念』として、期間限定で、1~2割ほど料金を上乗せし、サンドラやトライベッカ、更にはハウスホールドに宣伝してもらう案を持ち掛けた。
「もちろん、割り増し分は、我がスタイン家が負担します」
「おい、本当か。それなら、すぐにでも人が集まりそうだ」
「……あ、ところで、相談だったんだろ」
「はい、実は……」
俺は、バランタイン領との国境運河の話をする。
「今回は大平原の大森林寄りに、出来る限り長い運河を建設予定です。当然ドラゴンを警戒しながらの土木作業となります。ぜひとも高ランクの冒険者を斡旋してください」
「これは、ユファインギルド始まって以来のA級の仕事依頼だな」
急にハープンさんが生き生きとし出した。別に自分の報酬が増えるわけでもないのに、何だかうれしそうだ。
「『竜の庭』に接する運河建設のサポートと、仕上げか……。それなら、あいつらしかいねえんじゃないのか」
ハープンさんはそう言ってにやりと笑った。
「心配するな、1か月後の仕事だな。俺が話をつけてやる。『サラマンダー』と一緒なら大丈夫だろう」
「はい、それは俺としてもうれしいですが、男が俺だけで肩身が狭いというか……」
「何だ、贅沢な子爵様だな。それじゃあ、バランタイン侯を通して、レインにも頼んでみよう。どうせ、マリアとセットみたいだしな」
『サラマンダー』の力を十二分に発揮できるのは、レインと一緒が望ましいらしい。何でもマリアのモチベーションが違いすぎるのだとか。そして、彼女らは、山籠もりの秘密特訓を経て、ますます強くなったということだ。
ほどなくして、ハープンさんから連絡があった。レインと『サラマンダー』の都合がついたらしい。工事に関する細かな計画と手配は、バランタイン家でしてくれるそうである。




