第6章 第1話 領地経営
我がスタイン家も、多少のすったもんだはあったものの、今は落ち着いて平常運転中である。
そして、ユファインでは新しいギルドが完成し、人材もそろった。ここから領地の開発が本格的にスタートすることになる。
そして……。
『アイアンハンマー』さんたちは、俺とフミが作った広大な農地を見て言葉を失っていた。
この土地は使い放題ということを告げると、更に驚き、1か月ほど前に植えた作物が、たわわに実っているのを見て倒れそうになっていた。土を少し掬ってにおいを嗅いでから、一口舐めるや、互いに顔を見合わせている。
「こんないい土は見たことがねえ。しかも、1か月で作物がここまで実るなんて」
「ここの農地を耕すんなら、俺たちだけでは無理だな。ものは相談なんだが、一家ごと移住してもいいか?」
「こちらこそ大歓迎です。家は何処でもいいですよ。希望の場所を教えてくだされば、早速基礎工事をしますので」
皆さんそれぞれ大所帯で、5家族合わせると100名以上になるそうだ。小さな子もいるだろうし、学校兼病院としての、教会の設立を急がないといけない。
「皆さんの家族や身内の方なら大歓迎です。農地や住居は賃貸ですが、賃貸料は出来た農産物の現物で納めていただいても構いません。我が領で最初の農業をしていただけるのですから、農地はいくら使っていただいてもいいですよ。収穫出来た作物は、希望された分はすべて買い取りますので」
「ずいぶんいい条件だが……。逆に聞くが、領主としてやっていけるのか?」
ボルグさんが不審そうに聞いてきた。
「大丈夫ですよ」
今のところは、赤字経営だが、ボルグさんたちの移住は、先行投資の様なもの。何としても来てほしい。
「税は買い取り額の1割です。レートは、トライベッカとハウスホールドの平均値でいいですか」
「そ、そんなんでいいのか……」
俺の示した条件は、この世界では破格の好条件。大体、売り上げの2~3割の税を課すことが多いらしいが、ウチの領土は、そこまでしなくてもやっていけそうだ。
グランの試算では、今抱えている負債は、このまま開発が進めば2年~3年で完済できるという。
『一の湯』では、店舗が館内のテナントとして続々と入居が始まり、オープンを1週間後に控えての最終調整を迎えている。
俺やフミ、グランといった経営陣だけでなく、ギルドの職員をはじめ、領内で働くエルフやドワーフのみなさん方にも実際に泊まってもらい、問題点を洗い出していた。
「いやー、こんないい宿はないって。風呂上がりのサイダーもいいな」
「露天風呂も広くていいですね」
「浴衣も色んな柄から選べるのが素敵です」
「入り口で靴を脱いで、後はスリッパと下駄ですから、足湯に入るのもスムーズです」
「値段が少し安すぎるように思うが」
皆さんからは、概ね好評で何よりである。これで、領内で農業が本格的に始まれば、コストはさらに下がる。グランも太鼓判を押してくれた。それより、今後別館を立てる必要があるかもしれないとのこと。
それは俺も考えている。『一の湯』が軌道に乗り次第『二の湯』『三の湯』と、どんどん増やしていくつもりだ。
ギルドには、セレンからの紹介を受けたエルフや、セリアから紹介されたドワーフが連日詰めかけている。希望者は我が家の専属のメイドや使用人として働いてもらうようになった。
商店も続々とオープン予定。急速に発展を遂げるユファインに、サンドラから待望のシスターの一行が到着した。総勢3人なのだが今後増やしていきたい。俺の領地経営として、医療と教育はおろそかにしたくないのだ。
何でも元の世界の日本でも、明治維新を成し遂げた新政府が最も力を入れたのが、医療と教育だったらしい。
◆
この世界では、医療は治癒魔法やポーションが主流。俺はこれに加えて湯治をメインとしたリハビリ療法を普及させたい。実際、治癒魔法やポーションでは、骨折は直せてもすぐに元通りに動けるようにならない場合が多い。長期の療養が必要なこともある。
今は、平均寿命が短いせいで大きな問題にはなっていないが、ウチの領地が発展して領民の平均寿命が延びれば、リハビリは大きな問題になることだろう。
教育は、小学校程度のものについては、教会が行うのが一般的である。江戸時代の日本における寺子屋に相当する機関である。
できれば将来、保育園や幼稚園に相当する保育施設や幼児教育、中学・高校に相当するような教育機関が出来ればいいのだが……。それは、俺の領地がかなり発展した後になるだろう。
「初めまして。シスターのマリ―です」
小柄な人間の女の子が、可愛らしくぺこりと頭を下げて挨拶する。彼女が3人のシスターのリーダーらしい。後の2人もマリーに続いてあいさつしてくれた。それぞれ、ハイエルフのシェリーとドワーフのローレル。
サンドラに本拠を置く聖教会もユファインへ布教を広めるため、ずいぶん協力的である。
あらかじめ教会の建物を無償で作り、家賃と食費の完全補助・温泉入り放題・一人当たり月20万以上の給金という条件を出すと二つ返事でOKしてくれ、早速シスターを派遣してくれた。
人間と亜人との領域の中間点であるユファインという事で、数少ないハイエルフとドワーフのシスターを寄越してくれたようだ。
「今日はお疲れでしょう。お湯に浸かってゆっくりとしてください。明日はグランが宿舎と建設中の教会を案内します。設備や間取りなどの相談をしましょう。使っていただく人に使いやすいものにしたいのです」
「ただ小さなケガや軽い病気で、シスターたちのところに治療を頼みに来る者もいるかも知れません。その時は診てくれますか」
「はい。もちろんです。しばらくしますと、神父も何人かシスターを連れてくる予定です。そうすれば、この地で結婚式も挙げられますよ」
フミとララノアが二人ともポーッと顔を赤らめる。
…………。
……ていうかララノア! あの後、本当にサンドラに帰りはしたものの、用事が終わればすぐに帰って来たよね。意味深な発言すんじゃねえ! 俺は、あの後、罪悪感で一週間以上、落ち込んでいたんだぞ!
この二人、最近は少しずつ打ち解けてきたようで、けんかもほとんどしないどころか、俺そっちのけで2人で食事をしたりする仲になっている。
何やら将来について色々と相談しているらしい。俺が聞いても「こっちの話です」と、つれない返事をされることも多くて少し寂しい。
「ララノアはギルドの仕事はいいのか?」
「はい、ロディオ様がお決めになられた労働法により、今は休憩時間です」
ユファインの労働者には、1日8時間で、週40時間労働を適用している。ギルドや外国資本の商店などには強制しにくいが、出来るだけ守ってもらえるようお願いしているところだ。とはいえ、ギルドは今、オープン前の忙しい時期だというのは、俺もサラリーマン時代に実体験としてわかっている。ハープンさんは俺に遠慮してくれているのかも知れない。
人材はそろって来たのだが、まだ足りないのが執事。グランが様々な仕事を抱えすぎている。いくら何でも最低限の給料に見合うような仕事量ではない。彼の下に何人か執事や使用人が欲しい。ギルドに執事と使用人の募集をかけておくことにした。
そして、いよいよ『一の湯』がオープンを迎えた。
◆
「押さないでください、並んでください」
「最後尾はこちらです」
「お待ちのお客様はまず、この足湯にておくつろぎください」
「冷たい炭酸水です。もちろん無料ですよ」
ユファインには入場制限がかかっているはずだが、この盛況ぶりである。浴衣姿のエルフたちがてきぱきと接客している。
オープンに備えて各地のギルドで温泉旅館の従業員を大募集していてよかった。今後、『一の湯』の状況を踏まえて、『二の湯』、『三の湯』と続々オープンさせる予定である。
オープン初日、午前中に『一の湯』本館は全室埋まり、昼には別館も満室。その他、素泊まりのホテルも一杯となった。
何度もシミュレーションを繰り返したおかげで『一の湯』の接客は万全だが、受け入れられないお客が多数出てしまったことが問題である。
「仕方ない。『二の湯』のオープンを早めよう」
翌日、俺は予定を変更し、朝から『二の湯』の予定地に向かった。『二の湯』は基本的には『一の湯』と同じ様な作りで、内装の一部を残してほぼ完成済みである。
後は内装担当のドワーフの数を増やして、完成を早めるだけだ。
『二の湯』は特に趣向を凝らしたものではなく、あくまで『一の湯』に入りきらない客向けの施設だが、今日の混雑ぶりを見るとフル稼働は間違いない。
ドワーフたちが『二の湯』の仕上げをしている間、俺とフミは『三の湯』の基礎工事に向かう。もうしばらく、ユファインの入場制限を続けた方がよさそうだ。
グランによると、ユファインへの入城(入場?)税を取らないと、この混乱は収まりそうもないという事である。俺はやむなく、大人200アール、14歳以下100アールを取ることにしたのだが、それでもお客が多すぎる。嬉しい悲鳴だが、このままでは、受け入れの許容量を超えている。
とにかく、『二の湯』のオープンを急ぐことにしよう。




